身近なゲームは、どんなプログラムで動いているのか?

『ぷよぷよ』は、1991年の登場以来30年以上プレーされている、いわゆる「落ちゲー」の大定番だ。「ぷよ」の積み方を工夫して消去を「連鎖」させることで、対戦相手に攻撃することも可能。現在はセガによって幅広く展開されており、さまざまなハードやソーシャルゲームでも遊ぶことができる。

2020年には、アシアル社が提供するプログラミング学習環境「Monaca Education」と協力し、ぷよぷよのソースコードを使って学習できる「ぷよぷよプログラミング」のサービスが開始された。6月にこの「ぷよぷよプログラミング」講座がさいたま市立岩槻中学校で実施された。2年前のサービス開始以来、埼玉県内では初の出張授業となった。

授業を受けたのは、同校の2年生のうち希望者71人。学年のほぼ半数に当たる人数だが、自ら志願しただけあって、冒頭でセガの担当者が「このゲームを知っている人はどれぐらいいますか?」と尋ねると、大半の生徒が手を挙げた。なじみのある画面とその動きがどのようなプログラミングによって作られているか、生徒たちは身をもって体験することができるというわけだ。「落ちる」「集めると消える」という単純明快なルールは、どんな指示でプログラムがどう動くかを学ぶのにぴったりだ。

講義が始まると、まずはゲスト講師のプロeスポーツ選手であるぴぽにあ氏が華麗なデモンストレーションを見せ、一気に生徒の心を引きつけた。20近い「大連鎖」に教室は大きく沸き、生徒たちは興奮冷めやらぬまま各自の端末に向かった。

「ぷよぷよプログラミング」で使用する言語はHTMLとJavaScript。ミスの修正も動作の確認も簡単にできる親しみやすい学習教材だが、にぎやかなプレー画面とはまったく異なる黒い画面にコードを打ち込む地道な作業が必要になる。生徒たちは資料とにらめっこしながらタイピングし、都度プレー画面でミスがないかを確かめる。

「ぷよぷよ」歴は15年以上というぴぽにあ氏(左上)。画面を拡大表示してスペルミスがないか確認。生徒同士で教え合う姿も多く見られた(右下)

「あれっ、消えちゃった!」「なんでこうなるんだ?」「あ、できた!」

教室のあちこちから声が上がるたび、セガの社員や教員たちがフォローに回る。できないと首を傾げる生徒に、周囲の生徒が「ここが違うよ」とアドバイスする場面も多く見られた。

ぴぽにあ氏は元プログラマー。自身の経験から、起こりやすいミスを想定して説明する。生徒の「うわ、瞬間移動した!」という言葉も聞き逃さず、本来はゆっくり落ちてくるはずの「ぷよ」が一気に最下部まで落ちてしまったのであろうことをすぐに察した。

「瞬間移動した? その理由はプログラミングによくあるミスです。小文字と大文字を間違えるとそうなってしまう。ここを直してみてください」

正しいはずなのに動かないと言う生徒に対しては「これは、手紙を書いたけれどまだ出していないという状態なんです。手紙を出すにはどうするかというと……」と、わかりやすい例を挙げて理解を促す。

10分間の休憩時間になっても席を立つ生徒は少なく、多くが夢中になって作業を続けていた。

現地へ行けないコロナ禍、「来てもらう」という選択肢

岩槻中がセガの出張授業を招いたきっかけの1つは、長引くコロナ禍にあった。

さいたま市では毎年、中学生の職場体験事業として「未来(みら)くるワーク体験」を実施している。協力事業者を地域で募り、子どもたちに実際の業務を経験させるというものだ。もともとは県の取り組みとして始まったもので、約20年続く長期事業である。だがそれが新型コロナウイルスの感染拡大によって、大きな制限を受けることとなった。校長を務める安藤幸子氏はこう語る。

「岩槻中の2020年の職場体験はコロナ禍で中止に。翌21年も、教員のつてを頼るなど、理解を求めながらの実施となりました。地域の事業者に受け入れてもらうことが難しいのは仕方ありませんが、子どもたちの経験が少なくなることを残念に感じていました」

さいたま市立岩槻中学校校長・安藤幸子氏

その点、行けない状況でも来てくれるこの出張授業は魅力的だった。さらに扱うのはデジタル全盛の今日、子どもたちの関心も高い分野だ。

「生徒にどんな企業に興味があるかアンケートを取ったところ、プログラミングやIT関連という声が多くありました」

その希望を受けて、教員たちがこの講座を職場体験の1つとして招くことを決めた。セガのほかにもプロの声優や警察署、ケーブルテレビ事業者など、生徒の声も取り入れてさまざまな協力先を用意したという。

「子どもたちはいくつもの選択肢から2つの企業を選ぶことができるのですが、このぷよぷよプログラミングは中でもいちばん人気がありました。残念ながら全員参加させることはできず、選抜を行って参加者を絞ったほどです」

ほかの教員も「生徒たちは、いつもの授業では見せない表情を見せてくれています」と手応えを語る。社会に出てから求められるのは学力だけではないとし、「勉強以外の力も役立てられる人になってほしい。そうしたことの訓練として、この職場体験を活用したい」と続けた。

華やかな世界と、その地道な面の双方を知る機会に

授業後半、正しいソースコードでゲームが動くようになってくると、教室中が笑い声に包まれてにぎやかになった。生徒がプログラミングを勉強ではなく「ゲームにつながるもの」と捉え、気軽に楽しんでいることがうかがえる。

この講義ではさらに、背景の色を変えたり、「ぷよ」の落下速度や置ける数を変更したりする方法も教わることができる。生徒たちは事前に用意したイラストを使ってオリジナルの「ぷよ」を配置するなど、ゲームを楽しむ側にいるだけでは味わえないクリエーティビティーも満喫していた。

また、終盤にはゲーム開発やeスポーツへの質疑応答も設けられた。著作権やネットリテラシーの話、年齢や場所などさまざまな障壁を乗り越えるeスポーツの特性から、SDGsにまつわる話もあった。「難しすぎても簡単すぎても駄目。いちばん面白いゲームバランスを探るのが大切」という開発者の苦労話もあり、生徒たちはゲーム中とは一転、じっと耳を傾けていた。

授業を締めくくったのは、ぴぽにあ氏と生徒による対戦コーナーだ。「開始後4手分は操作しない」「ぷよを回転させない」「コントローラを逆さに持つ」など、重いハンディキャップを自ら負ったにもかかわらず、ぴぽにあ氏は鮮やかに挑戦者の生徒を打ち負かしていく。歯が立たない生徒たちに連鎖が起こりやすいテクニックを教えもしたが、生徒はそのテクニックだけに頼らず、何とか自分の力でぴぽにあ氏に挑もうとしているようだった。

SDGsについての講義も(左)。複数のハンデの末、生徒がぴぽにあ氏に勝利。教室は大歓声に包まれた(右)

「うまくなるコツは?」と聞かれたぴぽにあ氏は「楽しいと思えることを見つけて継続すること、うまい人のやり方をまねること」と答えた。これはeスポーツやプログラミングに限らずすべての仕事に通じることだが、生徒たちにはどう響いただろうか。

ぴぽにあ氏はさらに「年収は?」という答えづらい質問にも誠実に回答し、1日の過ごし方やフィジカルトレーニングの重要性についても語った。生徒にとっては、華やかな世界の裏側を知る貴重な機会にもなったはずだ。

(文:鈴木絢子、写真:風間仁一郎)