“贅沢品”のスポーツは支援の優先度低く、サッカーのため借り入れも

加藤遼也(かとう・りょうや)
love.fútbol Japan代表。1983年愛知県瀬戸市生まれ。 2011年よりスポーツを通じた国際開発を開始し、南アフリカでHIV/AIDS・薬物の問題、アメリカで移民の子どもたちの問題に対してサッカーの教育プログラムを実施。以降、子ども支援のNGOで従事。18年にlove.fútbol JapanをNPO法人化し、経済的な貧困や社会格差を理由にサッカーをしたくてもできない子どもたちの「環境」を変える活動に取り組む
(写真:本人提供)

love.fútbol Japanは、サッカーをしたくてもできない子どもを取り巻く環境全般の改善に取り組む米NGOの日本支部として、2018年に法人化された。21年度から始めた「子どもサッカー新学期応援事業」では、7歳〜19歳を対象に1人当たり5万円の奨励金給付、ウェアなど用具の寄贈、プロサッカー選手との交流会を実施。一般から寄付を募るほか、協力選手(23年6月現在、18名)が年俸・活躍給の1%を寄付する「1% FOOTBALL CLUB」を運営し、活動の財源に充てている。

代表の加藤遼也氏は、前職で貧困世帯の教育支援を行う中で感じた「子どもたちの体験格差」について、次のように語る。

「貧困を理由に、スポーツをしたくてもできない子がいる事実は感覚としてわかっていたものの、日本全体でどのくらいいるのかといった全体像は誰も把握していませんでした。生活支援や教育支援に比べると、スポーツは“贅沢品”と見なされてしまうため優先度が低く、子どもたち自身も『やりたい』とは言い出しづらく、支援活動の担い手も少ないのが現状です」

23年度の「子どもサッカー新学期応援事業」には243世帯306人からの申請があり、21年度の開始時と比べて約3倍に増加した。申請者(アンケートに回答のあった223世帯)の内訳を見ると、ひとり親世帯が87%、世帯で就労している大人が1人または0人の家庭が88%。世帯年収200万円以下が約60%、そのうち100万円以下は50世帯と全体の22%を占めた。

画像:love.futbol Japan「日本における経済・社会格差によるサッカーの機会格差アンケート調査報告書 2023 年」(2023 年 5 月 31 日公開)を基に東洋経済作成

回答からは、部活動でサッカーをする子の約9割、クラブチーム所属で約7割が仮に年間10万円の奨励金があればサッカーを継続できると推測される。子どもがサッカーを開始・継続するに当たって借り入れをした世帯は35%に上り、この2年間で最多となった。

画像:love.futbol Japan「日本における経済・社会格差によるサッカーの機会格差アンケート調査報告書 2023 年」(2023 年 5 月 31 日公開)を基に東洋経済作成

加藤氏は「ひとり親家庭はコロナ禍の今なお厳しい状況にあり、子どもたちの学校外の体験格差は拡大している」とみている。実際、39%の世帯が「食料や教育など生活インフラの支援に比べて、サッカーに対する支援を求めることに抵抗がある」と回答している。

学校外での体験機会の損失は、社会とのつながりの損失でもある。「相談したいが相手がいない」という世帯は54%に上る。周囲から「余裕がないなら身の丈に合う暮らしをしろ」「子どもの夢・希望より、今の生活が大事」と言われるのを気にして、「支援を受けてまでサッカーをしていることは知られたくない」という回答も見られ、「サッカーを続けていると贅沢だと思われるのでは」「申し訳ない」と引け目を感じて孤立するケースも少なくないという。

「ひとり親家庭のための手当や補助を、サッカーに使うわけにはいかないと考える保護者は多いです。その点、当法人の奨励金は使途がサッカーに限定されているので、引け目を感じずサッカーを続けられるという声が多く寄せられます」

画像:love.futbol Japan「日本における経済・社会格差によるサッカーの機会格差アンケート調査報告書 2023 年」(2023 年 5 月 31 日公開)を基に東洋経済作成

28%の世帯の子どもが家計に配慮して「サッカーは辞める」と言う

文部科学省が2万人以上の子どもを0歳から18歳まで追跡調査した「令和2年度 青少年の体験活動に関する調査研究」によると、小学生でよく体験活動をしていると、家庭の環境にかかわらず、高校生で自尊感情や外向性、精神的な回復力などが高まるという傾向が見られた。また、同調査の研究では「一つの経験だけでなく、多様な経験をすることが必要」との見解も示されている。貧困を理由にスポーツの機会が失われることは、子どもたちから成長の機会を奪うことにもなりかねない。

「申請者へのアンケートでは、82%の世帯が『サッカーへの支援は食料や教育などへの支援と同じくらい必要』と回答しました。実際、28%の世帯の子どもたちが家計に配慮して自ら『サッカーは辞める』と話していますが、それまでの居場所を失う苦しみは非常に大きいものです。しかし現状、学校や地域社会が校外の体験活動に手を差し伸べることは難しく、親にも甘えられないとなると、子どもは問題を自分で抱え込むしかありません。『自分には頼れる場所がない』という孤独感・無力感にさいなまれ、自分の存在価値そのものに疑問を抱いてしまうケースも考えられます」

体験格差による孤立を防ぐため、「子どもサッカー新学期応援事業」ではサッカー選手と子どもたちが交流する機会を設けている。2022年12月に東京で実施した交流会では、27人の子どもたちとその保護者、12人のプロ選手がミニゲームなどを楽しんだ。

交流会の様子。参加した選手名とチーム名(23年6月現在)は、富樫敬真選手(サガン鳥栖)、田邉草民選手(アビスパ福岡)、森谷賢太郎選手(サガン鳥栖)、小林悠選手(川崎フロンターレ)、家長昭博選手(川崎フロンターレ)、齋藤学選手、新井直人選手(アルビレックス新潟)、 茂木力也選手(大宮アルディージャ)、吉見夏稀選手(KSPO)、 朴一圭選手(サガン鳥栖)、下澤悠太選手(テゲバジャーロ宮崎)、尾田緩奈選手(アニージャ湘南)
(写真:加藤氏提供)

「子どもたちが心のどこかで選手やlove.fútbolとつながっている状態をつくることが、彼らの成長の支えになると考えています。参加したある子どもは、選手をニックネームで呼び、『友達になれてよかった』と話していたそうです。引っ越し先のチームでうまくやっていけるかどうか不安を抱えていた子どもに、選手が自分の移籍体験を話してあげていたこともありました。こうした交流が、その後のその子の支えとなっています」

ほかにも、中学生の男子から「これまでサッカーを続けさせてくれたお母さんに恩返しをしたい。活動で応援してくれた人たちに『あの時はありがとうございました。こんなカッコいい選手になりました』と胸を張って言える人になりたい。そしていつか、僕と同じ境遇の子どもたちを支える人になりたい」という感想が寄せられたという。

「選手と交流した子どもたちの中には、同じようなことを話す子どもたちが多くいます。『応援される体験が、誰かを応援したいという気持ちにつながるんだ』と、私たち自身が学ばさせてもらいました」

部活動の地域移行で費用負担が増える可能性も

2022年12月にスポーツ庁と文化庁が策定した「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」では、公立中学校を主な対象に、23~25年度を部活動の地域移行などの改革推進期間とする指針が示された。これにより部活動の活動主体が学校から地域クラブなどさまざまな団体へ変わることが想定され、新たに指導料や施設使用料などが発生する可能性もある。部活動の費用負担が増えれば、貧困世帯の子どもは退部せざるをえないケースも想定される。

love.fútbol Japanのアンケート調査では、「部活動の地域移行について費用負担の増加に不安を感じているか」という質問に56%の世帯が「はい」と回答。一方で44%の世帯が「部活動の地域移行について詳しく知らない」と回答しており、必要な情報が十分に行き渡っていない現状がうかがえる結果となった。

画像:love.futbol Japan「日本における経済・社会格差によるサッカーの機会格差アンケート調査報告書 2023 年」(2023 年 5 月 31 日公開)を基に東洋経済作成

現在、日本のスポーツ界の子ども向け支援は、強豪チーム・選手の強化や競技普及を目的としたものが中心だ。貧困対策への取り組みは、北海道日本ハムファイターズの「GEAR UP」(北海道在住のひとり親世帯や児童養護施設で生活している子どもに野球用具を寄贈する)など一部に限られている。この状況でスポーツ体験格差を解消するにはどうすればよいのだろうか。

「スポーツ体験格差があるという現実を、アンケート調査などで『見える化』し、多くの人に知ってもらうことが重要だと考えています。そして、経済的に苦しい状況にあっても諦めずに『サッカーをやりたい』と支援を求めてよいのだという空気感をつくりたいです。そのためには、サッカーの楽しさを知る大人たちが連携して支援体制を整える必要があると感じます」

23年度の「子どもサッカー新学期応援事業」では、ウェアなどの用具はスポーツメーカーから在庫品を譲り受けるなどして希望者の8割に寄贈できた。一方で、奨励金は申請者の約半数にしか支給できておらず、財源の確保が今後の課題だ。

「私たちの支援活動は、残念ながら知ってもらうだけでは体験格差の解消にはつながりません。いかにして行動に移してもらうかが重要です。支援が必要な世帯への情報提供、奨励金や用具寄贈といった応援事業の実施、寄付による継続的な支援など、いずれかに関わってくれるサポーターを少しでも増やせるように、地道な取り組みを続けていきたいと思います」

(文:安永美穂、注記のない写真:Ms / PIXTA)