1人1台端末を66校で一斉導入できた理由
人口約22万4000人の青森県八戸市。この中核都市で、公立小中学校に1人1台端末計1万6698台の導入が完了したのは、2020年11月末だ。同年5月に1人1台端末の研修とネットワーク工事を開始してから約半年というスピードだった。その背景を、八戸市教育委員会 総合教育センターの主任指導主事 石井一二三氏はこう話す。
「実は、以前から八戸市では、3人に1台程度のグループによる端末活用に取り組んでいました。しかし、1グループで1台の端末利用となると、順番待ちの子がどうしても出てきます。例えば、1人10分ずつ端末を使用してドリルを行う際、順番に10分ずつで合計30分かかってしまうことも。それでは思うような授業ができないという問題がありました。しかし、台数を年々増やしていくには、Windowsでは予算に収まりません。安価で子どもたちが使いやすいものとしてChromebookを検討していた頃にGIGAスクール構想の指針が公表されたのです。すでに機種選定まで終わっていたため、一気にそしてスムーズに一斉導入することができました」
市立の小学校42校、中学校24校の計66校で一斉導入し、小中一貫して同じものを使うことに決めた。しかし、66校分1万6698台を一斉に納入するとなると、時間もかかる。そこで、八戸市が取った方法は、箱に入った未開封の状態で学校に届けることだったという。
「学力テスト等がデジタル化されていくことを考えると、子どもたちには一刻も早く端末に触れさせてあげたい、整備が遅れてはいけないという思いがありました。パソコンなら業者さんに頼んで設定してもらうことになるので時間がかかりますが、Chromebookは複雑な設定が必要ありません。これも選定理由でしたね。そして、端末の箱を開ける感動を子どもたちに味わってほしいという思いもありました。そのほうが大事に扱ってくれると思いました」
とはいえ、ただ届けるだけでは学校は混乱する。そこで、段ボールや保証書はどうするかといった細かな情報も伝え、各学校に協力を依頼したという。さらに、箱を開けてからネットにつなぐまでの手順を示したPDFを教員向けに配布。教員が教室の大型ディスプレーにPDFを映しながら説明し、児童・生徒が自分で設定していくという段取りだ。
「小学1〜2年生の分は先輩や先生に設定をお願いしようと考えていたのですが、各学校が工夫を凝らし、PTAなど保護者の協力を得たケースもありました。設定を手伝っていただいたことで、保護者の理解をより得られたとともに、よりスピーディーに導入できたと考えています」
成功のカギは現場を知る人の存在
導入に当たり、保護者の不安を減らそうと保護者向けに「学習の手引き」も配布した。
「学習の手引きには整備の内容や学習効果、使い方のルール、自宅でネットにつなぐ方法、壊したときはどこに連絡するかなどを記載しました。うれしいことに、市内の全小中学校のPTA会長さんが集まる研修会でも、実際の操作体験を入れながらGIGAスクール構想の講演をさせていただきました。会長さん方の口から各校の保護者に対してお話ししていただけることになり、少しずつ皆さんの不安を減らせるようないい流れができています」
また、教職員に対しては、「大丈夫ですよ、安心してください」をキーワードに、さまざまなフォローアップを行ってきたという。
「八戸市では以前からICT環境の整備を行ってきましたが、苦手意識を持っている先生もいます。そこで、導入半年前の20年5月から研修を繰り返し行いました。実際にChromebookを触ってもらうことで、先生方もちょっと安心してくださったようです。また、新しいツールを導入する際、多くの先生が不安に感じるのは『今までのやり方を変えなければいけないのでは』ということ。そうではなくて、『これまでの指導スタイルの中でデジタルに置き換えたほうが便利なら取り入れてみましょう』ということをポイントにお話ししてきました」
今回のGIGAスクール構想の実現は、ICT環境整備担当者の中に、現場がわかる人がいるかどうかが分かれ目だと石井氏は指摘する。
「先生方が操作方法以上に知りたいのは、実際の授業でどう使うかということ。そこで、研修では活用の方向性を1.ネット検索、2.共同編集、3.画面共有、4.ドリル学習の4つに絞ってお伝えしました」
このうち、1と3と4は負荷が少ないため、ICTが苦手な先生でも取り入れやすいそうだ。しかし、学習新学習指導要領を背景にGIGAスクールの狙いを考えたとき、共有と協働は外せないという。
「この学びを支えるのが、端末を使った2の共同編集です。端末を使ったから学びが深まるのではなく、みんなの考えを共有するために文房具として端末を使いましょう、ということ。これまでは、児童・生徒の考えを先生が付箋に書いて貼って共有していました。しかし、1週間もすると剥がれてしまいます。デジタル化すればいつでも見られますし、編集も可能なので、これまでの学習にプラスαがあります」
先生が「明日からできそう」と思える研修を
教員向けの研修で心がけていること。それは、「内容はできるだけシンプルでわかりやすく」だという。実際の授業でどう使うかは「明日からできるかも」と思ってもらうことが大切だと石井氏。
「研修では、パソコンが苦手な先生も教科書のQRコードを読み取るところから徐々にステップアップし、できることを増やしていけるような体系図を作っています。各校の校内研修では、昨年度は70回、今年度は50回の申し込みがあり、1校当たり2回は校内研修を行っているという状況です」
GIGAスクール構想を実施している自治体では、教員研修などは企業にアウトソーシングしているケースも多い。しかし、八戸市では教員として教壇に立っていた石井氏が担当してきた。石井氏は研修だけでなく、導入後の学校からの問い合わせや相談も担当している。
「機器の不具合などはGIGAスクールサポーターが対応していますが、『オンライン会議をやりたい』『授業研究会をオンラインでやりたい』といった相談はこちらで対応しています。また、ICT環境の整備や管理運用は学校の要である教頭先生の仕事ですから、教頭先生向けの研修も行っています。各学校では今もトライ・アンド・エラーで取り組んでおり、うまくいったことだけでなく、失敗したことも教頭先生経由で包み隠さずこちらに伝えてくださるので助かっています」
そう話す石井氏は、大学時代に教育学部でプログラミングやICT活用を学んでいたという。しかし、現場経験とICT知識を持つ石井氏のようなキーパーソンがいない自治体は多いだろう。
だからこそ、「困っていたら声を上げることが大事」だという。
「ICT環境整備の担当者の方に伝えたいのは、『みんな困っていますよ』ということ。だからこそ、つながることが大切なのではないでしょうか。八戸市に隣接する三戸郡※には指導主事がいない自治体もあります。また、ICT環境整備を担当するのは自治体の方なので、教育現場のことがわからないという話もお聞きします。そこで、八戸市と三戸郡で連携し、同じ機種を導入したほか、合同で勉強会を行ったり、私が近隣町村の研修を行ったりしています」
教員は八戸市と三戸郡の中で異動がある。そのため、三戸郡と八戸市を合わせた「三八地区」全域で同じ機種を導入し、同じ研修を受けられれば、どの学校に異動してもICT活用がしやすいというわけだ。
「子どもたちはもちろん、先生も、誰一人取り残すことなく、三八地区のみんながICTを使えるよう取り組んでいます」
さらに、八戸市内では、学校によっては端末の持ち帰りを行っているケースもある。しかし、家庭によってはネットワーク環境が整っていないため、貸し出し用のモバイルルーターを約1500台用意しているという。ちなみに、八戸市の各家庭のネットワーク整備率はGIGAスクール構想導入時の調査ではおよそ90%だったが、現在は98%まで上がっている。
「端末を文房具の1つとして使ってもらえるようになればと考えています。また、実際に各学校で端末を導入してみて、使い方などの課題も挙がってきていますので、今後は安全に使うための取り組みも強化していきたいですね」
子どもはもちろん、先生も、誰一人として取りこぼさない八戸市のGIGAスクール構想。成功のカギは、教員の不安やニーズを理解したキーパーソンによる、授業とICTのベストミックスを目指した取り組みにあった。明日からできるものを着実に、そして困ったことがあったら自治体の関係者はもちろん、先生も声を上げることが前進のキーワードではないだろうか。
※三戸郡は三戸町、五戸町、田子町、南部町、階上町、新郷村の五町一村で構成される。三戸郡と八戸市を合わせた7市町村は三八地方や三八地区と呼ばれている
(文:吉田渓、写真はすべて八戸市教育委員会提供)