「自律学習」の選択肢としてAIを導入
横浜創英中学・高等学校は、2021年度より、生徒が自ら目標を設定して学び方を選ぶ「自律型の学び」をスタートした。中学校の英語では、3学年縦割りのグループで行う自律学習を週2コマ展開している。
自律学習の時間は、「何を」「誰と」「どこで」「どうやって」学ぶかを生徒自身が選択する。そのための環境として、「先生から学ぶ部屋」「生徒同士で教え合いながら学ぶ部屋」「AIや問題集を使って個人で学ぶ部屋」「企業提携の英会話プログラムやプログラミングで学ぶ部屋」などを用意し、自分で選択した学び方ができる部屋に行って学べるようにしているという。
英語の授業としてはこのほかクラスごとの一斉授業が週2コマあるが、生徒が目標設定をしたり、スケジュールを管理したり、学び方を学んだりするなど、自律学習を支えていく時間として位置付けている。

AIは、この自律学習の選択肢の1つとして導入している。主にGoogle翻訳などのAI翻訳ツールのほか、AIによる発音矯正が受けられる英会話アプリ「ELSA for Schools(以下、ELSA)」、学習管理機能を持つAI型教材「Qubena」などのAIツールを使えるようにしているが、生徒たちはどのように活用しているのか。
例えば、Qubenaは、紙の問題集での学習に苦手意識を持つ生徒が「クイズ形式で取り組みやすい」という理由で文法学習などに活用するケースが多い。「AIが間違えた原因を分析して出題してくれるので復習ができ、次のステップに進む足掛かりにもなる」と、副校長の山本崇雄氏は説明する。
AIのおかげで「1人ひとりに合わせた指導」が可能に
とくにAIのインパクトが感じられたのは、昨年度の中学3年生の英語の授業だという。3学期に集大成として「5年後の自分へのメッセージ」を英語で発表するパフォーマンステストに向けて、多くの生徒がAIを活用する姿が見られた。

横浜創英中学・高等学校 英語科教諭
「生徒たちはAI翻訳ツールなどを活用しながら発表用の原稿を英文で作成していました。これまで教師が多くの時間を割いていた作業をAIが担えるようになったことで、教師の役割にも変化が生まれています。ゼロから英文を作る支援よりも、生徒自身が作成した英文をそれぞれのレベルに応じて改善するための提案や、話す内容をブラッシュアップする支援に、より力を注げるようになりました」と、英語科教諭の若尾希美氏は振り返る。
また、これまで課題だった発音の誤りがなくなったと若尾氏は言う。
「作成した英文をELSAに入力すれば、AIが正確な発音で読み上げ、それを復唱した生徒の発音を解析してイントネーションの改善点などをフィードバックしてくれます。おかげで教員が個別に指導をしなくても、生徒たちはきれいな発音で流暢な英語を話せるようになりました」(若尾氏)

横浜創英中学・高等学校 英語科主任
英語科主任の山本響子氏も、「昨年度にELSAを導入したのですが、生徒たちが楽しそうに発音をよくしていこうとする姿が印象的です。相手がAIだからこそ恥ずかしがらずに話せる生徒もいます。1人の教員が1クラス40人の生徒全員の発音をマンツーマンで指導することは難しいですが、AIが教員に代わる伴走者の役割を果たしてくれることを実感しています」と話す。
30年にわたり子どもたちの英語学習を見てきた山本崇雄氏は、AIの活用によって生徒たちの語彙力や表現力が磨かれるようになったと感じている。

横浜創英中学・高等学校 副校長
複数の学校・企業と雇用契約を結んでいる二刀流(複業)教師。都立中高一貫教育校を経て、2019年より複数の学校および日本パブリックリレーションズ学会理事長、News Picksなど複数の団体・企業でも活動。Apple Distinguished Educator、LEGO® SERIOUS PLAY® メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。「教えない授業」と呼ばれる自律型学習者を育てる授業を実践
例えば、ある生徒が「challenge」という単語を使いたいものの、動詞の使い方がわからずAI翻訳ツールで確認したところ、「challenge oneself to do something」という使い方が提示され、それを参考に「I challenged myself to read a book in English.」という正しい英文を作ることができたという。
「AIの活用により、『覚える』から『理解して使う』という学習に変化したと感じています。僕が教師になりたての頃の子どもたちの英語は、教科書に載っている表現止まりでした。その後、2015年ごろからインターネットで手軽に翻訳ができるようになり、翻訳ツールが提案する表現を学べるようになりましたが、“身の丈に合わない難しい表現”を無理やりカタカナで使うような状況でした。しかし、AIの登場により、子どもたちが使う英語はある程度本人たちのレベルに合ったものへと改善され、発音まで提案されるようになりました。そのおかげで教師側には時間の余裕が生まれ、1人ひとりに合わせた個別指導にも十分な時間をかけられるようになっていると感じます」(山本崇雄氏)
「複数の学び方」を示し、選べる環境を整える
また、AIツールへの興味が、生徒の学習意欲を引き出した例もある。
「ある生徒は中2までは英語学習に消極的だったのですが、中3になって使い始めたELSAに興味を示し、発音練習に繰り返し取り組むようになりました。その結果、学年末には英語での発表を見事にやり遂げ、春休みには中学の総復習ができる問題集1冊を自主的に仕上げました。自分に合ったツールを選んで学ぶことは、英語学習そのものへの意欲を高めるうえでも有効だと感じます」(若尾氏)
AIを活用した学習はスマホやタブレットがあれば自宅でも取り組めるため、学習意欲の高い生徒が授業時間外にも力を伸ばせるのも利点だという。帰国子女ではない生徒がAIで学習を進め、中学生のうちに高校卒業レベルに当たる英検2級に合格した例もあるそうだ。
教員はこうした各種AIツールでどのような学習ができるのかは伝え、一度はツールに触れる機会を作るが、細かい使い方に関してはとくに説明せず、利用の強制もしない。そうした中で生徒たちは、自然に使いこなしているという。
「どんなに優れたAIでも『これを使いなさい』と強制してしまうと、『自分には合わない』『先生にやらされている』という感覚を持つ生徒もいます。AIはあくまでも学習手段の1つにすぎず、紙の辞書などアナログな学習法も含めて複数の学び方の選択肢を示したうえで、生徒たちが自分で選べる環境を整えることが重要です」(山本崇雄氏)
一斉授業でも、生徒が自分に合った学び方を選べるよう、ペアワークやグループワークも取り入れ、「友達と学ぶ楽しさや効果を実感できる場面も意識して設けている」と若尾氏は言う。
AIで“ズル”が可能になるリスクにどう対応?
一方で、AIを活用すれば、自分の頭で考えずにAIの回答を書き写して課題を終えてしまうといった“ズル”をすることも可能になる。そのリスクにはどう対応しているのか。
「生徒たちには、自らの目標達成のためにどう学べばよいかをつねに考えさせるようにしています。ズルをすることも選択肢の1つですが、それでは自分の力にならないこと、目標を達成するには適切な学びのプロセスを自分で選択する必要があることを理解させる働きかけが大切です」(山本崇雄氏)
そうした自己選択を促すため、同校では各教科において、その教科を学ぶ目的である「個人目標」と試験範囲や教科書などに基づいた「共通目標」をセットにした「目標設定」、自分は何ができて何ができないのかを客観的に捉える「メタ認知」、自分に足りないものを強化するための「手段の選択」という3つのポイントを重視して教員がサポートしている。
「例えば、生徒が『英検3級に合格する』という目標を設定したなら、そのために今の自分に足りない力は何かをメタ認知させていきます。そして、それを強化するにはどんな学びの選択肢があるかを伝えますが、選択するのは生徒自身。長期的な目標としては、英語を使ってどんな人生を送りたいのかを問いかけ、短期的な目標とリンクさせています。主体的に学べたかという学習プロセスを評価する際は、AIツールの学習ログを活用することもあります」(山本崇雄氏)
こうした指導の中、生徒たちがAIの使い方を学び合う姿も見られるという。
「最近では、スマホのカメラを英文にかざすだけで日本語訳が出てくるアプリもあります。その方法で学習していた生徒に対して、別の生徒が『それで自分の英語力が伸びるのかな?』と声を掛けていたことがありました。生徒同士でAIの賢い使い方や学び方を共有できるのも、学校のよいところだなと感じています」(山本響子氏)
教師の役割は「教える専門家」から「助言者」へ
同校では、2025年度からはAIによる英文添削機能を搭載した「Weblio Study」を中学全学年と高校1年で導入。英検のライティング対策やスピーキング対策での活用を予定している。また、英語でのやり取りの力を身に付けるために、会話AIエージェントによる英会話能力診断サービス「LANGX Speaking」を開発しているエキュメノポリスと提携して、中高生向けのプログラム開発も生徒参画で行っていくという。
これまでも山本崇雄氏は、音楽生成AI「SUNO」や、ChatGPTに第二言語習得論や自身の考えを読み込ませたオリジナルのリーディング教材作成ツールを生徒たちに提示してきたが、今後は保護者の許諾を得て、全生徒がより気軽に生成AIを使えるようにしていく方針だ。

「AIを活用すれば、自分の好きなものと掛け合わせた教材を作って学ぶなど、生徒1人ひとりの興味に沿った個別最適な学びが可能になります。これからはAIに答えを教えてもらうのではなく、自分の英語力を高めるツールとしてAIを使いこなすことが求められるようになるでしょう。だからこそ、『目標設定・メタ認知・手段の選択』という枠組みが重要なのです。また、AIの活用は教員の働き方改革にも有効で、これからは教材作成が瞬時にできるようになり、生徒へのコーチングやそのスキル向上の取り組みに時間を割けるようになっていくと思います」(山本崇雄氏)
AIの活用により、教師の役割はどのように変わっていくのだろうか。若尾氏は次のように述べる。
「教師の役割は、『教えることの専門家』から、生徒1人ひとりに合った学び方を一緒に見つけてアドバイスする『助言者』へと変わっていくと思います。そのためには、教員自身がさまざまな学び方の選択肢を知り、それぞれの生徒の特性や性格を丁寧に把握することが必要です。学び方がわからずに困っている生徒には『こういう方法もあるよ』と助言し、1人ひとりが自分に合った方法で安心して学べる空間を作っていく。それが教師の責任だと考えています」(若尾氏)
(文:安永美穂、写真:横浜創英中学・高等学校提供)