不登校の子が元気になっていく「5つの段階」とは?

「不登校の子は、学力ではなく、心のエネルギーの回復段階に合わせて進路を選ぶことが大事です」

そう語るのは、臨床心理士・公認心理師の福本早穂氏だ。1995年当時、小学6年生のお子さんが不登校になったことから、心理学やカウンセリングを学び始めた。2003年には子どもの不登校を経験した母親たちと「親子支援ネットワーク♪あんだんて♪」を設立し、その後カウンセリングルーム「こころのそえぎ」も開設、約20年にわたり不登校の子どもとその家族を支援し続けている。

その間、お子さんが巣立ち両親の介護を終えたことを機に、61歳で臨床心理学を本格的に学ぶため大学院に進学。それまでの臨床経験を基に、心のエネルギーに注目し、「不登校の回復段階」(下図参照)を修士論文にまとめた。

朝起きられなくなったり、腹痛や頭痛などの身体症状が出たりして、登校と欠席を繰り返す「渋滞期」、心のエネルギーが枯渇して完全に学校に行けなくなる「葛藤期」、心身が安定してきて少しずつエネルギーを充電する「安定期」、好きなことで外部とつながれるようになるなど自然と動き出す「始動期」を経て「活動期」に入っていく、という5段階の回復モデルを描いた。誰もが当てはまるものではないが、わが子を含む多くの不登校の子どもたちが元気になっていった過程を反映している。

「既存の回復モデルには、『登校できているときはある程度エネルギーがあり、不登校の時期はエネルギーが低迷している状態』と見立てているものもありますが、そこはちょっと違うなと。私が見てきた限り、登校しぶりの時期はすでにエネルギーが低く、不登校の時期にゆっくり休めればアップダウンしながらもエネルギーがたまっていきます。不登校の経験を経て社会人になった10人の若者とその親、計20人に行ったインタビュー調査でも、全員が私の仮説どおりに回復したと回答しました」

ポイントは、安定期にしっかり休み、好きなことを好きなだけさせること。周囲の大人は学校に行かせようとしがちだが、子どもが家でゆっくりできる態勢を整えることが大事だ。また、不登校の子は自分を責めがちなので、「今のあなたのままでいい」と認めてあげてほしいという。これは自律神経の働きの観点からも説明できると福本氏は語る。

「1994年に米国の神経生理学者、ステファン・ポージェス博士が提唱した『ポリヴェーガル理論』によれば、動物は敵に出合うと交感神経が働き戦うか逃げるかを試みますが、どちらも通用しないと副交感神経の背側迷走神経が働き仮死状態(凍りつき)に陥ります。不登校も同様で、強いストレスで背側迷走神経が働き凍りつきモードになり、頭痛、腹痛、吐き気、めまいなどが起きます。私が見てきた子も9割以上に身体症状が出ていましたが、それはこれ以上無理をしたら心や体が壊れるよというサインなのです」

周囲に休むことを認めてもらえると、背側迷走神経が「凍りつきモード」から「休息モード」に変わり、その後にもう1つの副交感神経である腹側迷走神経が働き始めて人と交流できるようになる。そして、しだいに交感神経もポジティブに働き出し、やりたいことに取り組めるようになっていくという。

「つまり、心のエネルギーの回復とは、自律神経のバランスが整いストレス耐性領域が広がっていくこと。神経生理学の観点からも、不登校の子は十分に休ませる必要があるのです」

無理をしない生活の中で、やりたいことを見つける子は多い

福本氏によれば、友達・先生との関係性やいじめなどの理由が複合的に重なる中、何かがきっかけとなり学校に行けなくなるケースがほとんどだという。

中高一貫の進学校への入学が引き金となるケースも少なくない。受験が終われば楽になれるからと頑張って合格したものの、入学後もハードな勉強に追われて心が折れるのだという。学力上位層であるほどプライドもあり心の傷は深く、登校しぶりの時期にゲームにはまって親子関係が悪化し、不登校になってからの回復に時間がかかる場合もよくあるそうだ。

いずれにせよ、不登校は強いストレスの結果であると理解し、登校や学習をせかさず安心・安全な環境をつくることが重要になる。とくに動けるようになってきたときの回復段階の見極めは難しいが、「無理をさせない範囲でトライ&エラーをするお子さんを見守って」と福本氏は助言する。ただし、親がもう大丈夫だと思ってもエネルギーがたまっていないことはよくあり、それはたいてい親が焦っているときだという。

「私もわが子が不登校になった際、ゲームを含め好きなことを存分にやらせることに半信半疑で、頑張れば何とかなるという価値観を変えるのが大変でしたが、子どもはゆっくり休むとしだいに笑顔や口数が増えて外に出るようになります。周囲の大人が頑張らせようとしている限り、子どもはなかなか元気になりません」と福本氏は強調する。

だから学校側も、登校刺激は与えないでほしいという。例えば保健室に登校できても、引き止めず予定の時間で帰し、「明日も来れるかな」などの声かけも控えること。安定期の後期と判断できれば参加できそうな活動を案内するのもよいが、無理をさせないよう保護者と連携を取り、本人の選択を尊重すること。重要なのは、学校に行けるかどうかではなく、どのくらいエネルギーをためていけるかという視点だ。

福本 早穂(ふくもと・さほ)
臨床心理士、公認心理師、産業カウンセラー
1953年兵庫県尼崎市生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業。95年に当時小学校6年の自分の子どもが不登校になり、カウンセリングや心理学講座に通い始める。2002年産業カウンセラー資格取得。03年にわが子の不登校を経験した母親たちと「親子支援ネットワーク♪あんだんて♪」を設立、代表就任。06年にカウンセリングルーム「こころのそえぎ」開設。16年京都文教大学大学院臨床心理研究科博士前期課程卒業。17年臨床心理士資格取得。19年公認心理師登録。22年「家族支援ネット♪らるご♪」設立、代表就任。著書に『不登校からの進路選択~自分の歩幅で社会とつながる~』(学びリンク)など
(写真:本人提供)

そのため進路も、心のエネルギーの回復段階を踏まえて考えるべきだという。実際、自分の状態に合った進路を選んだ子のほうが、その後元気に生活できているケースが多いそうだ。高校受験の学校選びのポイントは、「世間体や偏差値で決めないこと。本人がエネルギーをためられる生活を前提に、学校を活用するイメージで選ぶこと」だと福本氏は考える。

「エネルギーが不十分な状態で、目指していた全日制の学校などを選んだ人のほとんどが、入学後すぐに学校に行けなくなっています。中3の時点で始動期の初期と思われる場合に昼間定時制や単位制の高校を選ぶ方もいますが、苦しい段階にある場合は、出席やテストの点数などに重きを置く全日制よりも、毎日通学しなくてもよい通信制の高校を選び、しんどいときは休んで好きなことをするほうがいいと思います」

このように無理をしない生活を優先した結果、好きなことややりたいことを見つけ、将来の道が開けていく子は多いという。

「1つの分野を深掘りした子が、エネルギーがたまると『この仕事をしたいからこの学部に行く』と言って動き出し、急激に学力が伸びることも珍しくありません。中には5年分の学習を1年ほどで取り戻す子も。本人によれば『カラカラに乾いた土にスーッと水が染み込むように学習内容が入ってくる』そうです。1浪するなど時間はかかることが多いですが、自分なりに目的や生きる意味を見つけて経験を広げたうえで進路を決めた子は、うまく社会に出ていくことができています」

経験を広げることは重要で、同年代の友達とは難しかったとしても、自分を理解しようとしてくれる大人との信頼関係を経験してほしいと福本氏は願う。

「中でも学校の先生と信頼関係を築けた子は、大きく成長します。心の交流を考えてくれる先生と出会うためにも、学校見学は重要。不登校の子は身体感覚が敏感なので、学校に足を踏み入れたときの感覚や先生方とお話をしたときの安心感などを重視して選ぶとうまくいく傾向があります。親御さんが代わりに見学に行く場合も、ぜひ先生としっかりお話しされるとよいと思います」

在籍校の教員にも、回復段階に合った進路を一緒に考えてもらえると心強い。とくに中学校や全日制の高校の教員には、不登校の子が選べる進路の情報を得てほしいという。

「今は親もインターネットなどで調べやすくなってはいますが、先生が情報をお持ちだと親もホッとします。実際、通信制高校の合同説明会や不登校関連の講演に足を運ばれる先生はいて、学校に一人でもそういった先生がいてくださると安心です」

不登校を経た子の将来は? 学校の体制や社会が変わる必要も

現在、法律関係の仕事とボランティアに奔走する福本氏のお子さんは、「不登校の経験があったから人生はいつも順風満帆ではないとわかるし、社会的弱者と呼ばれる人の立場に立って物事を考えられるようになった」と語っているそうだ。

こうした思いを持つ人は多いのか、福本氏が見てきた子の半数は対人援助の仕事に就いており、臨床心理士や公認心理師、介護福祉士のほか、教員やスクールカウンセラー(以下、SC)、スクール・ソーシャル・ワーカー(以下、SSW)など学校現場を選ぶ人もいるという。このほか一般企業に就職する人も多く、週に数日の出勤でOKとするIT企業などに勤め、通信制の高校時代と似た生活ペースを維持する人もいる。

「不登校を経た社会人は、援助を受けながら立ち上がった経験があるので、社会に出てうまくいかないことがあっても自ら誰かに助けを求めてやり直せています。親御さんもお子さんが無理をしているのがすぐわかるのでサポートしやすい。だから、今不登校でつらい思いをしているお子さんや親御さんには、焦らず休むことを大切にしてほしいと思います」

文部科学省の全国調査によれば、2021年度に不登校だった小中学生は24万4940人と過去最多。背景には、学校現場の事情や社会情勢も絡んでいると福本氏はみている。

「教員の激しい叱責を機に子どもが不登校になるケースもよく見てきましたが、『あるべき姿』を重んじる文化や先生の余裕のなさにも要因があると感じます。とくにマンパワーが足りません。コロナ禍で家庭の事情も多様化しており、1人ひとりに対応するには学級人数をもっと減らすほか、SCやSSWの配置のさらなる充実も必要でしょう。先生向けにSCやSSWの活用法を伝える研修も行うべきだと思います」

不登校で「学校内外の機関等で相談・指導等を受けていない児童生徒」は36.3%に上る(文科省調査)が、年齢が上がるほど支援につながれず引きこもってしまう傾向は高まるという。そこで福本氏は22年6月から「家族支援ネット♪らるご♪」を立ち上げ、高校中退や退職などを機に動けなくなってしまった人とその家族の支援も始めている。スタッフは臨床心理士、公認心理師、社会福祉士、キャリアカウンセラーと全員が専門職、かつ自身や家族が不登校を経験した元当事者であり、家族関係の修復や就労などの相談に乗る。

エネルギーを失ってしまった人たちの支援を続ける福本氏は、今の社会構造の歪みについても指摘する。

「不登校や引きこもりの解消には、社会システムが競争ではなく人間形成を重視した方向へ変わる必要もあると感じています。理想を言えば、大学まで教育費が無償だと親も焦らず子どもを見ていけるでしょうし、進学も就職も誰もがゆっくり考えていける仕組みになってほしいと思っています」

(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)