GIGA端末の更新、「共同調達」のメリットとは?
――GIGAスクール構想で導入された1人1台端末は、今年度から順次更新時期を迎えます。GIGAスクール構想第2期、いわゆる「NEXT GIGA」のスタートです。
第1期では多くの自治体が、端末の調達を市町村単位で実施しました。これに対して第2期では、都道府県単位で共同調達会議を設置し、端末の整備・更新を一括で行うことが義務づけられている点が大きな特徴です。
共同調達の狙いは、スケールメリットによるコスト削減とともに、調達会議での議論や情報交換を通じて、都道府県内全体の底上げを図っていくことにあります。
会議には域内の各市町村が参加し、ICTの活用によってどのような教育を実現したいかというビジョンや、そのために必要となる端末のあり方を検討したうえで、調達すべき端末を選定していきます。
その過程では、ほかの市町村がこれまで端末をどう活用してきたか、今後どう活用していきたいかといったことの共有化が不可欠になります。こうした中で他市町村の先進的な取り組みを知ることができ、全体的な底上げが期待できるわけです。
――以前は奈良市教育委員会にお勤めでしたが、奈良県ではすでに第1期の時点で共同調達を実現していましたよね。
はい。今回文科省が端末調達についてのガイドラインを策定するにあたっては、奈良県の先行事例をかなり参考にしたと思います。
奈良県には、40の学校設置者があります。自治体によって、目指している学びの姿や、取り組みの内容は当然異なります。一方で、どの自治体においても、ICTを教育に活用していくうえで共通に重視すべきこともあるはずです。
奈良県の場合は、どの学校設置者も「住んでいる場所や家庭の状況などにかかわらず、すべての子どもが同じ環境で教育が受けられるようにすること」に同意しました。これを踏まえてGIGAスクール構想の推進に適したOSを選択するよう県が促した結果、大多数の学校設置者がChromebookを調達する結果となりました。
これにより、例えば子どもが引っ越しをしても、県内であれば同じICT環境で学習に取り組めるというメリットが生まれました。また、クラウド活用のノウハウも蓄積しやすくなるほか、個々の自治体の予算では設置が難しい運営支援センターを開設することができ、現場の教員が専門的なサポートを受けられるようになりました。
懸念される都道府県間の「地域格差」
――端末を都道府県単位で共同調達することと、各自治体が独自に特色ある教育活動を行うことは、両立し得るのでしょうか。
端末などのICT環境は、演劇でいう「舞台」のようなものです。舞台は自治体ごとに別々に作るのではなく共通化したほうが、コスト面や人事異動など教員特有の制度運用においてのメリットがあります。
そして舞台は同じでも、そこで行う教育実践は自治体ごとに特色あるものを打ち出すことは十分に可能です。また舞台を共有しているからこそ、ほかの自治体と連携しながら教育活動を展開していくなどの新たな展望も開けていくと思います。
――現在各都道府県によって進められている共同調達会議の現状については、どうご覧になっていますか。
都道府県の担当者の意識の違いによって、地域格差が生じることを懸念しています。文科省が共同調達会議による「底上げ」を期待しているのは、裏を返せば、市町村ごとのGIGAスクールの進捗状況に差が出ていることを問題視しているためです。
そこで重要になるのが、都道府県の担当者の役割です。各市町村の状況を把握したうえで、全体の底上げを図ることを意識した提案や調整を期待したいのですが、担当者が市町村の単なる取りまとめ役のようなスタンスで臨むと、底上げどころか、逆に低いほうに引きずられることになりかねません。
実際、すでにそのような地域も見受けられ、都道府県担当者が「何をどうしたらよいのかわからない」と頭を抱えているといったケース、都道府県側がただ最低スペックを満たしているのみの端末を調達しようとしていることに対して市町村側が反発するケースなどをお聞きすることもあります。
こうした中で、私がアドバイザーを務めている香川県などは、県の指導主事が非常に精力的に活動しています。県内の各市町村を1つひとつ回りながら、情報収集を行うとともに、「NEXT GIGA」の狙いや概要を丁寧に説明しています。そのうえで県としてのICT環境のあり方についてのデザインを描き、共有化を図ろうとしているわけです。こうした地域とそうでない地域との格差が、あと1、2年もすると顕著になってくるのではないでしょうか。
まず達成すべきは「舞台」の整備
――文科省ではデジタル行財政改革会議において、GIGAスクールに関わる「教育DXに係る当面のKPI」を示しています。このKPIを達成していくうえで重視すべことは何でしょうか。
文科省が示したKPIは、回線速度の改善やセキュリティポリシーの策定、校務DXといった「ICT環境の基盤整備」に関するものと、児童生徒の端末活用や情報活用能力など「ICTの利活用」に関するものに大きく分けられます。
このうち教育委員会としてまず達成すべきなのは、基盤整備に関するKPIです。ICT環境という「舞台」が整備されていない中で、現場の教員にICTを活用した個別最適な学びや協働的な学びの充実を求めても、教員に負担を強いるばかりになります。
確かに「子どもたちは端末を使って、こんな表現活動に取り組んでいます」といったキラキラした実践は目につきやすく、行政としても外部にアピールしやすいでしょう。しかし、優先順位を間違えないことが大切です。
――デジタル行財政改革会議では、校務DXの遅れも指摘されていました。
いまだに解消されていない大きな課題として、多くの学校において校務系のネットワークと学習系のネットワークが分離されているために、現場の教員に不必要な負荷がかかっていることが挙げられます。ネットワーク間で情報のやり取りをする際には、管理職の許可を得たうえで、所定のマニュアルに沿って作業を行うといった手間が生じているのです。
確かに以前のガイドラインでは、セキュリティの観点からこうしたやり方が推奨されていました。しかし現在は、ゼロトラスト型のセキュリティモデルを採用して、ネットワークの分離によらないセキュリティ対策を実装し、強固なアクセス制御に基づいた環境を整えることで、校務系と教育系のシステムを安全に連携させる「次世代型校務支援システム」への移行が強く求められるようになっています。
メーカーもクラウド対応が追い付いていないという課題はあるのですが、文科省が示したKPIの中にも「次世代の校務システムを導入済みの自治体の割合を、令和11年時点で100%にする」という目標が設定されています。
令和11年というと先の話のように感じますが、これは文科省から自治体への「令和11年までには必ずシステムの更新を行うはずだから、その際には絶対に次世代型に切り替えるように」という強いメッセージ。自治体はそこをしっかりと読み取るべきで、先送りしてはいけません。
これからも不可欠な「生身の人間の判断や配慮」
――文科省が示したKPIの中でもまず優先すべきなのは、ICT環境の整備だとおっしゃいました。ただし一方で、NEXT GIGAは、ICTの利活用に関する知見を蓄えていく時期としても重要ですよね。
はい。利活用については「まずはやってみる」という姿勢はこれからも大切にしてほしいと思います。
今後、文科省から、各地の先進的な取り組み事例を紹介した報告書等が公表されるはずです。またGoogle for Educationなどの民間レベルでも、利活用についてのオンラインセミナーの開催や、事例に関する情報提供が行われています。そうした事例を参考にしながら、まずはトライアルをしてみるとよいと思います。
もちろん他地域や他校の事例が、自分たちに合っているかどうかはわかりません。でもうまくいかなければ途中で中止してもいい。それぐらいの気持ちでカジュアルにスタートさせることが大事です。ICTを活用した授業実践については柔軟な姿勢で取り組んでほしいですね。
ただし、子どもたちから収集したデータやダッシュボードの活用については、十分な注意を払ってほしいと思います。
例えば今後、子どもたちの学習や生活の状況に関するデータから、学業や不登校、いじめなど何らかの傾向をつかもうとする使い方が増えていくかもしれません。学術的・社会的に広くコンセンサスが取れている形で確立された方法によって導かれる傾向であれば、地域や学校ごとの傾向を把握し、授業やそのほかの教育活動を改善する参考データとして活用することは有効だとは思います。
しかし、それを個々の子どもに対する支援に活用することについては、抑制的であるべきです。場合によっては、子どもに不必要なレッテルを貼ってしまう危険性があり、適切な対応を誤らせてしまうことになりかねないからです。また、批判的な思考を欠いたまま、こうしたデータ活用を受け入れてしまうと、事象の原因を安易に子どもに求め、単一的な価値観や手法で対応することに意識を向けがちになるのではと懸念しています。
GIGAスクール構想を通じた教育のICT化がどれだけ進んでも、教員という生身の人間の判断や配慮が不可欠な領域がなくなることはありません。教育現場の方々には、そのバランスが求められています。
(文:長谷川敦、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)