私立小は伝統校が多く「学校の理念に基づく教育」が魅力

「2020年春に新型コロナウイルスの感染が拡大して、近所の小学校が休校になった。なかなか授業が再開しない中で、私立の小学校はICTが進んでおりリモートで授業をやっているのを見て、『教育の空白期間をつくりたくない』と私立の小学校を受験することに決めた」

こう話すのは21年度に私立小学校に入学、現在は2年生の子どもを持つ保護者の父親だ。実際、首都圏の国立・私立小学校の20年度入試の志願者数は急増した。緊急事態宣言で全国の小学校が休校になる一方、いち早くオンラインで授業を再開した私立小学校に期待が寄せられたことに加え、学校説明会もオンラインで開催するところが多く、小学校受験のハードルが低くなったためだと考えられる。

では、潜在的な興味・関心層を掘り起こした20年度以降はどうなっているのか。小学校受験塾を展開する伸芽会 教育研究所所長の飯田道郎氏は、「本塾でも問い合わせが増えて、20年度は過去最高益に達しました。といっても増えたのは数パーセントです。私としてはまだまだ少ない。公立小学校以外の選択肢があること、またもっと多くの人に私立小学校のよさを知ってほしい」と話す。

飯田道郎(いいだ・みちお)
伸芽会 教育研究所所長
(撮影:今井康一)

新型コロナの感染拡大以降、GIGAスクール構想が前倒しされ、公立小学校でも1人1台の端末が配備されてICT環境が整った。今は地域や学校間で活用の度合いに差があるものの、徐々に公立でもICTが浸透していくだろう。公立と比較すると私立小学校は、準備を含めて学費などの費用も決して安くはない。ほかにはどんな魅力があるのか。

その1つに英語教育がある。20年度から公立の小学校でも3・4年生で必修化、5・6年生で教科化されたが、私立では昔から英語教育を行っているところが多い。1年生からなのはもちろん、ネイティブと日本人の2人体制で英語を教える、帰国子女だけではなく日本人も対象に全教科英語で教えるという学校もあるほどだ。

とくに飯田氏は、長年私立小学校を見てきた立場から「学校の理念に基づいた教育」を魅力として挙げる。

「例えば、慶応義塾幼稚舎や学習院初等科などは明治初期に開校した歴史のある学校。白百合学園小学校、聖心女子学院初等科、雙葉小学校なども明治時代の開校です。さらに成蹊小学校、成城学園初等学校、和光小学校、玉川学園小学部などは大正デモクラシーをきっかけに、子どもを中心とした教育を実践する小学校として誕生した。私立小学校は伝統のある学校が多く、学校の理念に根差したこだわりのある教育を行っています」

教員の異動がないから、長期的な視野で子どもを指導できるよさもある。授業のカリキュラムや進学実績だけでなく、家庭の教育方針に合った学校を選びたいところだ。また卒業生との結び付きが強く、OB、OGが来校して専門分野の授業を行うなど、卒業生や企業と連携している学校も多いという。

大学付属は不動の人気、系列の高校の東大合格者数も影響

では最近は、どんな学校に人気が集まっているのか。大学入試センター試験の廃止や入学定員厳格化など大学入試改革の影響で注目を集めた大学付属は、今も不動の人気という。とくに難関大の付属小は倍率も高い。

「慶応義塾大学、早稲田大学、青山学院大学、立教大学系列の小学校には根強いファンがいて成城学園初等学校、成蹊小学校などの伝統校も人気です。埼玉県にある浦和ルーテル学院小学校は、19年に青山学院大学の系属校となったことで、一気に志願者を増やしました。波及効果で近隣のさとえ学園小学校や星野学園小学校の志願者も増えています」(飯田氏)

19年度に大学付属の小学校に入学、現在4年生の子どもを持つ母親は「付属でなければ駄目と言うことはなかったが、自分が大学受験で苦労したので大学が付いている安心感を子どもに持たせてあげたかった」と話す。

「実際に他大学を受験する際は、系列大学への進学をいったん放棄しなければならないものの、不合格になってしまった場合は系列大学に進学できるというのも選んだポイントだった」という。大学まで保証されているという安心感は大きいようだが、大学受験はかなり先となるため、系列校に進学する際の自由度や他大学を受験する際の条件なども確認しておきたいところだ。

新しい学校では、19年に開校した東京農業大学稲花小学校が、開校当初から高い倍率となっている。英語はもちろん、農場に行ったり野菜を栽培したりと東京農大とも連携しながら体験学習に力を入れている学校だ。「最近は就職でも理系が優位なため、理系に強いイメージが保護者に支持されたのでは。東京農業大学第一高校が東京大学に合格者を出すなど、難関大の進学実績を上げているのも好感を呼んでいる」と飯田氏はみる。

開校当初から高い倍率となっている東京農業大学稲花小学校
(撮影:尾形文繁)

最近のトレンドでは、中学受験に強い小学校も人気だ。とくに洗足学園小学校は筑波大学附属駒場、開成、桜蔭、女子学院、灘など多くの児童が難関中高一貫校に合格していて、注目されている。学校自身も「全員が中学校受験をする小学校」と打ち出しており、小学校のカリキュラムを早く終えて中学受験に備える、また進路支援なども手厚く行っている。「22年、洗足学園高校は東大に合格者を20人輩出している。系列の高校の東大合格者が2桁になると、小学校もとたんに志願者が増える」(飯田氏)という。

また私立ではないものの、公立初の小中高一貫教育校として22年に新設された東京都立立川国際中等教育附属小学校は、開校当初から注目されていた学校だ。公立ながら英語や語学教育に特徴があり、今やかなりの人気校となっている。その影響で東京学芸大学附属小金井小学校など、同じ多摩エリアにある学校の志願者も増えているという。

一方、関西の小学校受験事情はどうなのか。首都圏ほど盛んではないものの、難関の中高一貫校には一定の需要があり、飯田氏は「とくに最近では、大阪の城星学園小学校が大阪星光学院中高に、京都のノートルダム学院小学校が洛星中高に進学できるルートを作ったことで、人気が上がっている」と話す。

「当事者意識を持つ」子どもが難関校に合格する

ただ人気校となると倍率が高く、10倍を超えるところもある。どんな子どもが合格しやすいのか。

「例えば、慶応義塾幼稚舎や横浜初等部に合格する子どもが、早稲田実業学校初等部にも合格したりしています。共通しているのは自立していること。自立というと、お行儀や生活面のことを思い浮かべるかもしれません。もちろんそれも大事ですが、当事者意識があるかどうかが、ポイントです。何事も人任せで、やってもらうのが当たり前という子どもは難しい。でも、自立心がまだ育っていない、語彙が少ない、言われていることの意味がわからないという子でも、体験を重ねることで成長を促すことは可能です。初めは人まねでいい。だんだんと自分のオリジナリティーを出せるようになっていきます」(飯田氏)

伸芽会の授業では成長を促す体験を重ねる
(写真:伸芽会提供)

小学校受験というと、幼児教室に通うだけでなく、家庭でやらなければならないことも多く負担が大きいと聞く。以前は「専業主婦(夫)でないと難しいのでは」というイメージが強かったが、最近では共働き家庭も増えているという。冒頭で紹介した保護者の家庭も共働きで、父親も積極的に参加して小学校受験に挑んだ立場からメリットをこう話す。

「私立はアフタースクールが充実している。学校内で専門の職員が18時くらいまで見てくれるため、共働きにはうれしい。追加で費用はかかるものの、サッカーや水泳、クラシックバレー、そろばんなど学校内で習い事もできる。入学してからの費用が公立より高く悩んだが、受験をしてよかった」

実際、放課後に児童を預かる学童を開設するなど、共働き家庭を応援する対策を講じる学校も多く検討しやすくなっているようだ。中には専任教員が、放課後に宿題の指導をしてくれる学校もある。飯田氏もこう話す。

「最近では仕事のスキルを生かして、スケジュールを管理したり、マネジメントをしたりして、受験に参加するお父様が増えています。われわれの経験からいっても、お父様が関わったほうが合格する率が高い。受験をきっかけに、絆が強まる夫婦も多いです。小学校受験の最大の利点は、受験をきっかけに、夫婦で真剣にわが子の教育に向かい合うことだと思います」

23年度入試は、これから本格化していく。合否に限らず、わが子の教育に向き合った時間、経験を次につなげたいところだ。

(文:柿崎明子、編集部 細川めぐみ、注記のない写真: Fast&Slow / PIXTA)