大学受験は「自分の選択」を責任持って引き受けること

中山 伸幸(なかやま・のぶゆき)
グノーブル・グループ代表
SAPIX発足メンバーの一員。SAPIX大学受験部の代表を経て、2006年大学受験グノーブルを設立。現在も英語科講師として第一線に立ち、一人ひとりの生徒と向き合う授業を続けている。これまでに2000名以上の東大合格者をはじめ、国公立医学部、早慶大など難関大学の多数の合格者を直接指導
(写真は本人提供)

実は、グノーブル・グループ代表の中山伸幸氏はSAPIX発足メンバーの一員。SAPIX大学受験部(現Y-SAPIX)において難関大学の受験指導に注力した後、2006年に大学受験グノーブルを設立した。

「設立時から、『子どもたちは社会の“たからもの”』という考え方を掲げてきました。10代の子どもは多感で、周りに大きく影響されます。そんな彼らを、合格実績を稼ぐ道具や手段として捉えるのはおかしい。『東大に受かりそうな生徒は大事にする』とか、成績を競わせて売り上げにつなげるようなことはしたくなかったのです」

とはいえ、大学受験グノーブルの2023年入試の合格実績は、在籍704名中、東大122名、京大・一橋大・東工大・東京外大74名、国公立と慶應医学部60名、慶應・早稲田・上智744名と華々しい。近年は女子を中心に医学部志向が強く、医学部医学科にも190名の合格者を輩出している。

中山氏の考えでは、塾の指導と家庭の指導は「子どもたちに良い人生を送ってもらいたい」という点で一致する。そこでグノーブルでは、一人ひとりの生徒と誠実に向き合う姿勢を重視し、大学受験を通じて子どもたちをいかに成長へ導くかを意識しているという。

現在、5校舎に中1から高3までの約2700名が通うが、難関中高一貫校の生徒を中心に高1春の入塾が多く、指定校制度はない。宿題は週2~3時間程度と同系統の他塾と比べて少なめだが、ここには学校生活との両立への配慮もある。

「大学受験は、自分を見つめて自分の人生を引き受けること。流されるのではなく、自身の選択に責任を持っていくことです。ただ、難関中高一貫校などでは『とりあえず東大に行けば将来の選択肢も増える』と、学校生活を犠牲にしている生徒もいます。部活動や行事にも自ら参加しながら、人とのつながりを通して自分と向き合っていくことはとても大切だと考えています」

添削は「生徒との交換日記」、授業や教材もアップデート

授業は演習を重視し、その場で解説することで理解を深めていく。教材は講師自らが作成しているが、内容はユニークだ。例えば物理の教材は、科学者が法則を導き出した際の興奮を追体験できる内容になっているという。また英語の読解教材は、大学入試問題のほか、ニューヨーク・タイムズやBBCの最新ニュースなど、ネイティブの大人が読むレベルの英文が多く用いられる。

「最近ではChatGPTなど、生徒がまさに今、興味のあるトピックをいち早く取り上げるようにしています。過去には、ピューリッツァー賞受賞歴もあるジャーナリストが徒歩でたどった、アフリカから南米への人類の拡散ルートを取り上げた教材も好評でした。生徒がそれぞれの学校で『今週のグノの題材面白かったよね』と話すのを聞いて、『楽しそう』と入塾してくれる方もいます」

授業では毎回、講師が答案を添削・採点し、より精度を高めるポイントなどを記載して返却する。

「添削は生徒との交換日記のようなものです。足りない部分を指摘するだけではなく、できるようになった部分を認めるコミュニケーションを心がけています。授業中もやり取りを重ねて、生徒が興味を持つトピックやつまずくポイントをインプットし、『生徒のかゆいところに手が届く』教材作成や授業解説に反映させています。学生チューターは採らず、質問や相談もすべて講師自らが受けます」

講師の役割について、中山氏は「2つの磁石(マグネットと方位磁石)」に例えて、「マグネットのように、生徒に『この人についていきたい』と思わせる知的な引力を持つ存在」かつ「方位磁石のように、大学入学後の充実した人生までを見越し、大人として正しい方向を示す存在」であるべきだと語る。

実際に講師間では、授業で扱う内容や大学別の指導法を話し合い、授業の録画を見て改善点を考える研修を実施。また生徒と接する際の心がけを、24項目からなる「Gno-Basics」と定め、名札とともに携帯している。

語源からイメージを膨らませて真の単語力を鍛える

グノーブルの大きな特徴の1つが、「単語帳を使わない英語の授業」だろう。生徒は、語源からイメージを膨らませた「言語地図」をノートに自作して、語彙を増やしていく。例えば、「nat(生まれる)」の周りに、「native(その土地で生まれた)」「nation(国家)」「innate(生まれつきの)」「renaissance(再生、文芸復興)」と関連する単語を集め、語源を基に言語のつながりを広げる。単語が持つイメージを想像できるようになり、文中でより正確な意味を捉えられるという。

「語源を重視するのは、ネイティブ並みの直感力を身につけるためです。私たち日本人も、漢字の部首『さんずい』を見れば『水に関係のある字かな』と推測できます。語源のイメージがあれば、仮に初見の単語でも接頭語などを手がかりに意味を捉えられます。また大学入試では、文中の単語の意味を正確に押さえなければなりませんが、単語帳の脈絡のない和訳を上から丸暗記するよりも、語源の本質を理解して英文を読めたほうが有利なはずです」

さらに、オリジナルの英語音声教材「GSL(Gnoble Sound Laboratory)」では、ウェブサイトやYouTubeにて教材をネイティブのナレーションで配信。高3のカリキュラムでは、1分あたり180語というCNNのニュースと同等の速度の音声教材を毎週(1年間で55本)提供している。

「音声学習は、『聴き込み(文章を見ながら音声を聴く)』『口まね(文章を見て音声を聴きながら口に出す)』『音読(文章を誰かに伝えるつもりで読む)』というステップで進めます。慣れると、英語の語順のまま左から右へ、返り読みせず理解できるようになります。音読した英文は頭の中にも残りますから、それを真似れば自然な英文も書けるわけです」

英語教育は「中身ない会話をペラペラ話すこと」が目的でない

近年の大学入試は、「英語は文章量が大幅に増加し、難度も高くなった」と中山氏。しかし、必ずしも受験生の学力レベルの向上までを意味するわけではないという。

「大学の中で、数年前なら不合格だった学力層の生徒が合格できている例もありますが、入試問題は難しくなっていて受験生のレベルが追いついていないように感じます。一方で、東大・京大・一橋大などでは感動させられる良問も多く、『こんな学生に来てほしい』というメッセージを込めた出題をする大学がほかにも増えることを期待しています」

入試の難度が上がっていることを踏まえて、学校教育はどう変わる必要があるか。日本の学校における英語教育について、中山氏は「表面的な流暢さを一義的にすべきではない」と見解を示す。

「大事なのは、中身のない会話をペラペラ話せることではなく、やはり知的レベルの高い考えや意見を受信・発信できることだと思います。日常会話であれば誰でもできるようになりますが、例えば『本を読む』にはある程度の言語能力が必要でしょう。

オールイングリッシュの授業をする学校もありますが、拙い英語で表面的なやり取りで終始することになり、論理力の向上にまで至っていないケースも見受けられます。複雑なことを考えるには、補助的に日本語を活用して理解することも大切。英語は慣れるだけでは不十分なのです。これは学校教育にも、私たち塾業界にも求められていることだと思います」

(文:安永美穂 編集部 田堂友香子、注記のない写真:東洋経済撮影)