南関東で突出する、千葉県のスクールバス導入率

少子高齢化が止まらない日本。とくに山間部や過疎地域では学校数の減少とともに子どもたちの通学距離が長くなり、スクールバスを導入する自治体が増加した。一方で東京都、神奈川県と埼玉県は全国平均に比べてもこの割合が低く、3割程度にとどまっている。

そんな関東南部において、スクールバス導入率がぐっと高いのが千葉県だ。専用バスや路線バス併用など、何らかの形でスクールバスを導入している自治体は、県内の半数を超えている。

房総半島の南部に位置する君津市でも、2016年度から小中学校の再編に着手した。以降、現在までに学校数を28から19に減らし、うち5つの小中学校でスクールバスによる送迎を実施している。君津市企画政策部企画調整課で副主査を務める茅野和佳子氏は、市の状況を次のように語る。

「君津市は市域が広く、学校の統廃合が進んだことでスクールバスは欠かせないものになりました。民間委託により子どもたちの送迎は問題なく行われていましたが、市民や議会から、『朝と夕方の送迎時以外、スクールバスの車両が空いているのはもったいないのではないか。有効に活用することはできないか』という声が上がりました。そこで試験的にではありますが、スクールバスの空き時間を利用したデマンドバスを運行することにしたのです」

デマンドバスとは、利用者の乗車日時やエリアに合わせて運行する予約制のバスのこと。2022年8月から今年の3月末までを実証期間とし、市中央部の小糸地区にある周東(すとう)中学校のスクールバスによる日中の運行を開始。地区名にちなんで「こいっとバス」と名付けて周知を図った。

小糸地区は市内で初めてスクールバスが導入された場所でもあり、「交通空白地域」が存在するエリアでもある。市民の声に応える形で、全国的にも例のない試みを開始した君津市。市内外からの期待も大きく、いくつもの取材や他自治体からの視察も受けた。だが茅野氏は「いざ始めてみたら、なかなか期待どおりにはいきませんでした」と言う。

「こいっとバス」のさらなる活用を阻む「制度上の壁」

「こいっとバス」の運行は週3日。午前9時から午後3時の間で、市民は自分が乗りたい日時の1週間前から30分前までに電話で予約をする。乗降場所は、路線バスの停留所の間隙を埋めながら60カ所が設定された。地域の高齢者からは「生活の足に困っている」という声が上がっていたため、こいっとバスはその解決に一役買うと思われていた。だが、利用者数は市の想定ほどは伸びなかった。茅野氏はいくつかの課題を挙げる。

「車内でのアンケートなどで最初に寄せられた不満は『運賃が高い』ということです。既存のコミュニティバスは片道200円、高齢者なら100円で乗ることができる。それと比べると、片道500円という料金は高いと受け止められてしまったのでしょう。また、予約制であるという点も慣れるまではハードルに感じる方が多かったようです。しかし最も多かった要望は『家の前まで来てほしい』という声でした」

足腰が弱った高齢者にとっては、バスの乗降場所までの移動も一苦労だ。また、行きはよくても、買い物をして荷物が増えればやはりバスを降りてからの移動がネックになる。予約制という柔軟さを考えると、自宅の前まで行くことはさほどの難題でもなさそうに思えるが、そこには制度上の壁があった。

「周東中学校のスクールバスは14人乗りのコミューターなのですが、このサイズだと、定められた区域以外のドアツードア運行ができないという規則があります。ただしこれは地域の実情によって判断が異なるものですが、君津市が属する関東運輸局の千葉運輸支局ではこうしたルールになっています」

こいっとバスとその車内の様子。スクールバスとしては大きいサイズではないが、運行方法には制限がある
(写真:君津市提供)

また、こいっとバスの運行はスクールバスの委託先と同じ民間企業に任せたが、その契約締結においても制度の不自由さを反映することがあった。

「同じ会社に委託するからといって、単に契約時間を延長するようなわけにはいきません。スクールバスは文科省と教育委員会の管轄になりますが、市民が乗るための公共交通となると、国土交通省や運輸局の管轄になります。市での担当部署も異なるため、私たち企画政策部が別個の契約を締結しました」

そもそも「スクールバスの有効活用」が俎上に上がった背景には、文科省からの補助金が5年間で終了してしまうという事情があった。君津市では市全体で20台以上のスクールバスを運行しており、そのための予算は2億円を超える。周東中学校のスクールバスは2023年度いっぱいで補助金支給期間が満了することもあり、その先を見据えての施策だったというわけだ。少子高齢化対策が市の財政を圧迫する中、国の補助がなくなったあとの負担をどうするか。こいっとバスの実証運行は、未来への望みをかけた一手でもあったのだ。

「君津市が実際にやってみたからわかること」挑戦の意義は

懐事情を度外視するわけにもいかないが、茅野氏はこいっとバスについて「市民のための事業なので、必ずしも収支率だけがすべてではありません」と語る。それにしてももう少し使ってもらえないものかと思ってはいると言うが、有識者として招いた専門家には「新たな公共交通が人々の間に根付くには、最低でも2年はかかるもの」だと助言されているそうだ。

もともとマイカー利用者が多いという地域性もある。君津市では免許返納者に公共交通機関の利用チケットを配布しているが、そのチケットでこいっとバスにも乗れるようにした。デマンドバスという仕組みも耳慣れないものかもしれないが、人口減少が進む日本では避けて通れない運行方法といえるだろう。地道な取り組みと市民の声に耳を傾けたことによって、明るい兆しも見えてきている。

「この10月から2024年の1月まで、要望の多かった点を改善して再び実証運行を行っています。運賃はコミュニティバスに負けない200円に下げ、週末も走ってほしいという声に応えて土曜も運行しています。乗降場所も69カ所に増やし、さらなる周知に努めています」

その甲斐あって、10月末の土曜に小糸公民館で開催した地区文化祭では、のべ23人の市民がこいっとバスで会場を訪れた。

「90代の方が5、6人で文化祭に参加して、『このバスがなかったら来られなかったよ』と言ってくれました。この文化祭の日をきっかけにリピーターになった人も多いようで、利用を呼びかけることの大切さを実感しました」

だが来年1月以降の運用は継続も含めて未定だ。茅野氏は、現状とは異なる方策の可能性も模索していると続ける。

「スクールバスの補助金がなくなったあとは、通学の機能は持たせながら、もっと自由度を上げることもできるかもしれません。いずれにしても、さらなる少子化と高齢化は必ず向き合わなければならない問題。地域ごとの路線の再編についてはつねに考えていく必要があると思います」

広い市域、タテ割り行政、人や生活を変えることの難しさ――。君津市はさまざまな課題を経験した。ほかの自治体から視察を受けたことについて、茅野氏は「見に来てくれた人は、このやり方にはいろいろ難しいこともありそうだ、という感想を得て帰ることになってしまったかもしれません。でもそれも、君津市が実際にやってみたからわかることです」と頷く。

初めての取り組みに挑戦したことには大きな意義があり、手をこまぬいていればやがて地域の教育も破綻してしまう。避けられない人口減少が待っている以上、現場は試行錯誤を続けるしかない。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:Toxi / PIXTA)