「前例を踏襲せずに、変えるべきものは変えていく」

福本靖氏は、神戸市立本多聞中学校と桃山台中学校で校長を務めた際、PTAの不要な活動を廃止した一方で、月に1回、保護者と校長・管理職が自由な意見交換を行う運営委員会を開催するなど、保護者参画型の学校運営を進めてきた(福本氏の改革の詳細はこちらの記事を参照)。

福本 靖(ふくもと・やすし)
兵庫県神戸市教育委員会教育長
神戸大学教育学部卒、神戸市内の公立中学校3校の勤務を経て、2008年より教頭、教育委員会事務局首席指導主事、校長(2022年3月定年退職)を歴任。神戸市立本多聞中学校、同市立桃山台中学校でのPTA改革、学力向上、ICT教育などの取り組みが注目を集めた。兵庫県川西市教育委員会事務局教育推進部で2022年4月より参事(働き方改革担当)、2023年4月より理事(教育保育推進担当)を務める。共著書に『PTAのトリセツ~保護者と校長の奮闘記~』(CAPエンタテインメント)、『令和版 学校のトリセツ』(かもがわ出版)。2024年4月より現職

そして、定年退職後の2022年4月、改革の実績を買われスカウトされる形で川西市教育委員会に採用された。1年目は働き方改革を担当し、2年目は市内の学校現場全体を統括する役割を務めた。

着任当初は、川西市の公立学校には教員の勤怠管理のためのカードリーダーが設置されておらず、「働き方改革がこれだけ議論されているのに、教員の勤務実績を電子記録として残していないことに驚いた」と福本氏。すぐにカードリーダーを導入したが、「そのほかにも、『今まではこのやり方でやってきたから』という前例踏襲によって改革が進んでいないと思われる状況が多々あった」と福本氏は話す。

そこでまず行ったのが、校長の意識改革だ。各校の状況に合わせた取り組みを教育委員会としても支援していく姿勢を示した。すると、校長がリーダーシップを発揮して学校改革に着手する動きが出てきたという。

例えば、川西市立多田小学校の校長・西門隆博氏は、1学年を複数の教員で受け持つ「学年担任制」と「教科担任制」を導入。さらに、授業時間を1コマ45分から40分に短縮し、午前中に5時間授業を行うことで下校時刻を早めた。

事前に西門氏より相談を受けた福本氏は、改革によって生じる課題に対して1つひとつ寄り添い、サポートした。とくに「保護者には書面の報告で済ませるのではなく、なぜその取り組みをしたいのかについて説明責任を果たすこと」は強調して助言したという。

チームで子どもたちを見ることができるこの体制によって、自信を持てずにいた若手教員が前向きな気持ちになれたという変化も見られたそうだ。また、下校時刻が早くなったため、教員が午後に部分休業を取得しやすくなったという。この改革は児童・保護者にもおおむね好評で、アンケート調査では「いろいろな先生と関わることができてよい」とする回答が多く見られた。

川西市では多田小学校の取り組みを参考に学年担任制や教科担任制を取り入れる小学校もあり、「前例を踏襲せずに、変えたほうがよいと思われるものは変えていく」という福本氏の目指す改革が徐々に広がっていったという。

「CSの活性化」や「部活動の地域移行」で開かれた学校へ

川西市教育委員会での2年間の勤務を経て、神戸市に呼び戻される形で2024年4月に教育長に就任した福本氏。「教員の働き方改革や教育改革を進めるには、保護者や地域の人々を巻き込む学校運営が不可欠」との考えから、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度、以下CS)の活性化や中学校部活動の地域移行といった、地域に開かれた学校づくりに意欲を見せる。

神戸市では2022年にすべての小・中学校に学校運営協議会が設置されており、保護者と地域の人々が協力して小学1年生の集団下校の見守りをしたり、地域のNPO法人がボランティアを募って放課後学習支援を実施したりといった実践を行う学校もある。

「PTAに代わり、地域が主体となるCSの枠組みを活用することで、より多くの地域の方々の力を借りながら学校運営を行うことが可能になります。CSは学校が核となることで地域活動の活性化につながる取り組みでもあり、学校運営の1つの手法として根付かせていきたい」と、福本氏はCSのさらなる活性化を図る意向だ。

中学校の部活動については、2026年9月に平日・休日ともに地域に完全移行する方針を打ち出した。新たな地域クラブ活動「KOBE◆KATSU(コベカツ)」は、地域のスポーツ団体などが主体となり、学校施設や地域の施設を活用しながら、地域の指導者や希望する教員が指導を行う。活動は会費制で、生徒は校区を超えて自分のやりたい活動に取り組めるようになる。

福本氏は、部活動の地域移行を「地域の中学生が放課後や休日にスポーツや文化活動に親しめるように、社会全体として何ができるかが問われる問題。いわば社会移行」と捉え、「市民の皆様の力を広く求めることで、平日も含めた地域移行を進めていきたい」と意気込む。

また、地域に開かれた学校づくりと並行して福本氏が重視しているのが、すべての子どもの学びを保障するための取り組みだ。

不登校支援の取り組みとしては、今年度からすべての小中学校において、自分の学級に入りづらい児童生徒が自分のペースで学習・生活できる「校内サポートルーム」を整備し、支援員を配置している。「柔軟に子どもたちに対応できる学校文化に変えていくという狙いもある」と福本氏は言う。

2024年7月の時点で支援員が配置されていた240校では、1日当たり250名程度の児童生徒が利用し、1日11名の利用があった学校もある。支援員は各校長が任用するが、適切な人材が見つからない場合は神戸市教委が人材の紹介を行っており、不登校の子どもを育てた経験のある人が支援員を務めているケースもあるという。

このほか、不登校支援としては、「来年4月に学びの多様化学校を開校する予定。適応指導教室の充実や、フリースクールとの連携も強化し、子どもが安心して選べる選択肢を増やしていきたい」と福本氏は話す。

校内サポートルーム

増加傾向にある外国人児童生徒への支援も拡充し、2024年度より、日本に来たばかりの児童生徒が集中的に学べる「日本語ひろば(初期日本語指導教室)」を開設。1クール11日間(33時間)、年間11クールの実施を予定している。

また、2024年5月より、授業通訳支援ツール「ポケトークforスクール」を導入。これは授業中に教員が話す内容をそれぞれの児童生徒の母語に同時通訳して学習用パソコンに表示するツールで、学校での導入は全国の自治体初の試みとなる。

授業中、「ポケトークforスクール」を使って学ぶ子どもたち

多くの自治体で課題となっている教員の人材確保については、採用選考時の負担を減らすことで教職を志す学生を増やそうと、2025年度の採用選考より「大学3年生等早期チャレンジ選考」を開始。1次試験に合格すれば次年度の1次試験が免除され、教育実習や民間企業の就職活動との両立がしやすくなるこの選考枠には193名の応募があった。採用後の事前研修では、指導案づくりのポイントなど勤務開始後にすぐ役立つ内容も扱い、着任を安心して迎えられるように配慮しているという。

「働き方改革」は量的ではなく質的に見る必要がある

神戸市では、学校給食費の公会計化など、教員の負担を減らす施策も実行しているが、教員の働き方改革に関しては「量的ではなく質的に見ることが重要」だと福本氏は話す。

「勤務時間は以前より短くなっていても、休職・退職に至った若手教員へのアンケートでは、保護者対応も含めた人間関係のプレッシャーが苦しかったという声が多く見られます。1990年代後半ごろから、子どもが抱える問題や保護者の価値観が多様化し、『丁寧な指導』という名の下に個別のクレームや要求に学校が対応しなければならなくなった。その結果、教員が過剰なサービスを引き受けすぎて疲弊してしまっているように思います」

この現状を変えるために福本氏が提案するのが、学校が抱える課題を保護者や地域の人々も含めた「みんなの課題」として共有していくことだ。

「保護者と校長や管理職がフランクに懇談できる機会を定期的に設けて、各自が気になっていることを自由に言ってもらえるようにすれば、そこで語られたことは『みんなの課題』となり、誰が対応してもよいことになる。学校が抱える課題を、職員室の中だけで悩む必要はありません。保護者や地域の人々に開かれた学校にすることで、結果的に教員の負担を減らせるはずです」

開かれた学校を実現するために、福本氏は神戸市の公立学校の校長を集めた場で「あなたたちが変わらなければ神戸市の教育は変わらない」というメッセージを発信。校長のリーダーシップの下で各学校が改革に取り組むことの重要性を伝えたという。

「現役の校長の中には、私が中学校で校長を務めていた当時のPTA改革などの取り組みを知っている人も多い。単独でいろいろなことを変えてきた教員出身の私が教育長になったので、『あの先輩が言うならやるしかないか』『自分もやれるかな』と思ってもらいやすい面もあるのではないでしょうか。今後も校長1人ひとりの挑戦を否定せずに支援することで、各校の取り組みを後押ししていきたいと考えています」

(文:安永美穂、写真:神戸市教育委員会提供)

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