工藤勇一氏が、横浜創英中学・高等学校(以下、横浜創英)の校長に着任したのは今年4月だ。まさにコロナ禍が本格化するタイミングで、苦闘する教育現場に直面した。
「私立で授業が行われないのは死活問題です。私立に通っている意味がなくなってしまいます。しかし本校は4月当初、学内で教員に1人1台情報端末がなく、通信ネットワークも不十分でした。ITに強い教員も限られる中で、何ができるのか。全員で課題を洗い出してたどり着いた答えは1つでした。やはりオンライン授業しかないと。そこからZoomなのか、Classiなのか、YouTubeなのか……オンライン授業を実施するための情報収集をして、できるところから始めてみたのです」
工藤氏は「横浜創英は、会議や連絡調整のすべてを紙ベースで行っている古いタイプの学校だった」と振り返る。そんなITが苦手な学校が、いかにITに取り組むのか。まずは、YouTube動画を作って積極的に情報発信した。保護者に当事者意識を持ってもらうためだ。併せて面談のほか、各学年に電話、メールでの相談窓口も設けた。
「およそ2週間で、4月中旬にはオンライン授業ができる体制が整いました。教員たちでアイデアを出し合い、保護者や生徒たちを巻き込んで取り組んだことが功を奏した。その結果、学校で一体感が生まれたことも大きな成果だったと思っています」
将来どのような大人になるかを逆算してICTを使うべき
前任の千代田区立麹町中学校で、前例のない規模、スピードでICT化を進めてきた工藤氏は、日本の教育におけるICT化の課題について、こう話す。
「重要なことは、ICTを使うことが目的であってはならないということです。子どもたちが将来、どのような大人になっているのか。そこから逆算してICTをどう使うのかを考える。ICTを使って今こそ、学校教育の学びのスタイルを変えるきっかけにすべきなのです」
なぜ、そうすべきなのか。まず今は、学ぶべきカリキュラムが増えすぎて、知識注入型では、学ぶ側のタイムマネジメントが困難になっているという現状がある。そして、もう1つは、大学受験を目標とした一斉授業型の学習法が限界を迎えているからだという。
「知識を与え続けられるだけの学びは、子どもたちの主体性を奪ってしまいます。本来、世の中のスタイルは、何でも対話が基本で双方向であるはずです。ただ、今になって突然、子どもたちに対話を促してもうまくいきません。受け身の学びのスタイルに慣れてしまっているからです。
教育先進国のフィンランドが行った教育改革のように、もし学ぶ側にカリキュラムや学び方を主体的に選ぶ権利があれば、学ぶ側は確実に能動的な姿勢に変わっていきます。そうすれば、自分から対話を始め、学び合う。そんな子どもたちに変えることができるのです」
麹町中「教えることをやめた」結果とは……
実際、麹町中では、数学の授業のみ3年間「教えることをやめた」という。つまり、一斉授業をいっさいやめたのだ。
その代わり、AIソフトウェア「Qubena(キュビナ)」を使い、タブレットなどで子どもたちが自律的に学べるように授業の方法を変えた。子どもがタブレットに手書きで解答を入れると、解答までの時間や誤答パターンを認識して、AIが指摘してくれたり、説明をしてくれる。AIの説明でわからなければ、子どもたち同士で話し合ったり、先生に質問したりするといったスタイルに学校の授業を生まれ変わらせたのだ。
「落ちこぼれている子どもは、もともと質問する力がありません。しかし、AIを媒介とすることで質問するきっかけをつかむことができます。子どもたちの学びのスタイルはバラバラですから、一見授業風景はカオス状態ですが、子どもたちは通常の授業とは異なり、それぞれタイムマネジメントを行って自ら効率的に学びます。例えば、中1で140時間かかるカリキュラムを早い子では20時間で終える。遅い子でも70時間、規定の半分程度の時間ですべての子どもたちが学びを終えることができたのです。その意味でも、これから時代が大きく変わっていく中で、学校は子どもたちが主体的に学べるような環境を整える必要があると考えています」
そのポイントは、学びのスタイルを一律にしないことにあるという。読み書きの学びが得意な子どももいれば、聞いて話す学びのほうが得意な子どももいる。そうした自分の得意を伸ばす、あるいは補完するためにICTを“文房具のように”扱うことが重要なのだ。
「日本の小中学校のように板書が中心の授業は、海外ではほとんど見られません。それを今も大学の教育学部では教えているのです。また読解力向上策として本を読むことだけが優先されるのも、いかがなものか。私自身、読書感想文を書くことが苦手でした。それなりの文章が書けるようになったのは、ワープロが登場してからです。日本の学校では得てして1つの成功事例をヨコ展開し、押し付けようとする傾向があります。
一斉授業についていけないと落ちこぼれと扱われ、ついていけるような訓練が施される。もちろん、乗り越えられる人もいますが、そうでない人もいます。学ぶスタイルは自由でいいのです。大事なことは、それぞれの子どもたちが主体的に学べるように授業内容や教員の意識を変えることです」
多様な特性を持った子どもそれぞれに応じた学びを実践する、まさに個別に最適化された学びを実現するには、当然ICTは効果的なツールというわけだ。にもかかわらず、日本の教育現場ではなかなかICT化が進まない。
「日本ではリアルか、オンラインかというように、いつも二項対立で考えようとします。しかし、それは意味を成しません。もしオンラインがあれば多くの子どもたちを救うことができます。例えば、リアルな授業を受けられない病院の院内学級の子どもたちもオンラインならば、主体的な学びを受けることができるはずです。問題があれば改善すればいい。問題が発生するのを前提に前に進むべきなのです。
そんな時代になっているのに、いつまでも失敗しないように完全な施策のあり方を議論し、それが結局は実行されない。日本は最上位目標に合意していない国です。もし最上位目標が合意されていれば、リアルか、オンラインかの議論はなくなるはずです。教育における最上位目標とは何なのか。そこを考えることが必要なのです」
ICTによって授業スタイルも変わったという工藤氏。これから新たな学校のつくり方について、どのように考えているのだろうか。
「オンラインの授業では、教員たちはほとんど板書することができなくなりました。その影響もありますが、授業時間を40分に短縮して実施したにもかかわらず、予想以上に中身の濃い授業ができたと言っています。新たな授業方法をせざるをえなくなったことで、一方的に知識を教え込む授業から、生徒が主体となる授業のあるべき姿について、改めて教員それぞれが研究したからです。
これからも、学校改善のやり方は麹町中のときと変わりません。最上位目標をつくって、みんなが当事者として変えていこうという意識があれば、いろいろな人間からアイデアが生まれます。
横浜創英では働き方改革から制度、環境整備、風土づくりまであらゆることにチャレンジしていきます。その意味でICTは、欠かすことのできない重要な1つの道具になります。現在、GIGAスクール構想が全国で展開中ですが、ICT化をきっかけとして『誰一人置き去りにしない学校』づくりにつなげていきたいものです」
(撮影:梅谷秀司)