東京都中野区の新渡戸文化学園は、2019年度から、新たな人材を増やした。産休や定年による欠員が重なったこともあるが、この2年間で約20人の教員を採用し、人員体制を大幅に強化。結果、多彩な顔ぶれがそろった。例えば米国の大学院で反転授業を学んできた研究熱心な英語教員のほか、企業経験者も多いという。現在、IT企業や製薬企業など、教員以外の職種経験のある教員が全体の32%にも上る。

「採用条件に企業経験を掲げたわけではないのですが、教員免許を取ったものの就職し、『やはり生涯の仕事として教育をやりたい』と思い至った人が多く集まりました。そういう人は、教員としてのパッションと、ビジネスパーソンとしての推進力やバランス感覚を併せ持っています。

また、彼らはICTにも強いですね。コロナ禍で小学生が自宅で勉強できる体制を一気に整えてくれたのも、大手システムインテグレーター企業出身の先生です」

そう話すのは、同学園理事長の平岩国泰氏。自身も民間企業の出身だ。15年間、丸井で経営企画などを担当していたが、子どもたちが放課後を安全かつ豊かに過ごせる場所をつくろうと「特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール」を立ち上げた。このアフタースクール設置の1校目が同学園で、現在の縁につながったという。

平岩国泰(ひらいわ・くにやす)
1974年東京都生まれ。96年慶應義塾大学経済学部卒業。丸井入社、経営企画や人事を担当。2004年長女の誕生をきっかけに、特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクールの活動を開始。現在、同NPO代表理事。13年より文部科学省中央教育審議会専門委員。17年より渋谷区教育委員、学校法人新渡戸文化学園理事。19年より同学園理事長

「二刀流先生」、学外の肩書はさまざま

さかのぼること3年前。平岩氏は一緒に学校改革を担ってくれる人材を探していた。そこで出会ったのが、都立中高一貫教育校で英語を教えていた山本崇雄氏(山本氏の記事はこちら)だ。すでに「教えない授業」の実践者として知られる存在だった山本氏の著書を読んで感銘を受け、すぐにコンタクトを取ったという。子どもたちを主体とする教育観が一致したため、「全力で“プロポーズ”した」(平岩氏)そうだ。

一方の山本氏は、19年度に同学園へ移籍した決め手についてこう話す。

「教員の異動が毎年ある公立校の改革は5〜10年かかるイメージ。残りの教員年数を考えると、異動するたびにゼロからやり直すことに限界を感じていました。また、複数の企業とも仕事をする働き方をしたかったけれど、公務員では難しい。ここなら、学校改革と新たな働き方、2つの挑戦が実現できると思いました」

山本崇雄氏は、同学園に籍を置きながら他校や企業での仕事もする(撮影:今井康一)

平岩氏は、山本氏が望む働き方を歓迎した。実際に山本氏は今、学校改革と中学・高等学校の英語授業を兼務しながら、週1日は横浜創英中学・高等学校で授業を受け持ち、教員研修や授業アドバイスなども務める。また、5つの企業と契約し、教材や教育関連アプリの開発にも携わっている。

しかし、こうした新しい働き方は山本氏の特権ではない。「申請制で先生全員に『二刀流』を認めています」と、平岩氏は話す。現在、小・中・高における正規雇用の専任教諭で、学外組織の肩書を持つ人の割合は36%。彼らは、同学園での勤務日数を減らしたり、夜間や休日の時間を使ったりして、大学教員や民間企業での研修講師、ワークショップデザイナー、執筆業、舞台俳優、YouTuberなど、各自の活動を展開しているという。

全国に推奨したい「チーム担任制」

中には小学校高学年の担任を務めながら、週4日は同学園で、週1日は前職の学習塾で働く教員もいる。担任を持つと兼業は難しそうだが、これを可能にしているのが「チーム担任制」だと、平岩氏は説明する。

平岩氏自身も、同学園理事長、NPO代表理事、渋谷区教育委員という3つの顔を持つ

「チーム担任制は、小学校では1学年(2クラス)を3人の先生で担当する形で試行中です。チームで仕事内容を共有するので、出張や兼業、休暇などで誰かがいなくても対応でき、心理的にも1人がすべてを背負わずに済みます。高学年の場合は教科担任制もあるので、さらに1人ひとりの負担が軽くなります」

この仕組みを先行実施してきた中学校では、進路指導や勉強のモチベーション向上といった各教員の得意分野を、クラスの必要に応じて生かせるメリットも感じているそうだ。また、この仕組みは、子どもたちにとってもプラスに働くという。

「担任が1人だと相性が合わない子どもは我慢し続けることになるし、いじめやトラブルの発見が遅れるケースもあります。不登校や学級崩壊などは、こうした教室のストレス状態に端を発していることも多いと考えています。22年度から公立小学校も高学年の教科担任制が本格導入となる流れですが、理想としてはチーム担任制も全学年で導入されるといいなと思います。

また、私たちは『小学校アフタースクール』の外部講師が中・高の部活も見てくれているので、教員の放課後の負担が圧倒的に少ないです。国も部活動指導員の制度活用を推奨していますが、先生の放課後負担の解消はどの学校も絶対に取り組むべきです。ただし、チーム担任制も部活運営も、人員体制をつくるためには、もっと日本中で教育現場に予算やリソースを振り向けていく必要もあると思っています」

「先生を『憧れの職業』にしたい」

平岩氏は、教員が働く時間も多様であっていいと考えている。

「短時間勤務はほかの先生との公平性もあるので、場合によっては給料を調整したり、非常勤や業務委託に変更したりする必要はありますが、雇用形態が変わっても仲間であることには変わりはありません」

これだけ働き方の多様性を認めるのはなぜか。

「日本では先生のなり手が減っていますが、フィンランドのように先生が憧れの職業になってほしいのです。そうでないと学校は魅力的な場にならない。先生が生き生きと元気に働いていれば、きっと子どもたちも『大人って楽しいんだ』『先生になりたいな』と思えますよね。

では、先生の幸せとは何か。根本的には生徒たちの成長が先生の幸せですが、それに加えて2つ大切なことがあります。1つは、先生が自分の創意工夫でやりたい教育がしっかりできること。もう1つは、仕事と生活のバランスが取れて自分の人生そのものが豊かになることだと思います。

今の教育は、先生に多くの負担と責任をお願いして成り立っていますが、先生はもっと1人の人間として感情豊かに生きて、幸せを追求してほしいと心から願います。だから、兼業したいならばぜひ応援したいです。もちろん本業にマイナスとなってはいけませんが、先生は基本的にとてもまじめな人たちなので、きちんとできると信じています。違う世界を見ることは先生の新たなインプットにもなり、結果的に生徒たちにメリットを還元できると思っています。先生を幸せにすることが理事長としての私の仕事だと考えています」

大学院通いや留学も可能にしていく

「複数の場所で働くことによって、よりよい教育がつくれる」と、山本氏は言う(撮影:今井康一)

山本氏も、複数の場所で働くメリットについて、こう語る。

「タイムマネジメントは大変ですが、世の中を俯瞰的に見られるようになります。ほかの学校の先生や企業の方とコミュニケーションする中で、社会で求められる力が理解できるし、それを授業やカリキュラム作りに生かせます」

今後、同学園では働き方の多様化とともに、教員が学ぶ機会もさらに増やすという。例えば、企業との交流機会をつくるほか、働きながら大学院に通ったり留学したりすることも可能にしていく。1カ月間ほど教員が入れ替わるような「学校間の交換留学」も検討中だ。また、平岩氏は、厳しい時代の中でも研修予算だけは守り抜きたいという。

「現在は校種ごとに研修予算があり、挙手制で使えるようにしていますが、将来的には個人に『自分育成予算』を持っていただき、受けたい研修を自ら探し、自分で自分を育てていってほしいと思っています。先生も学ぶ存在として、生徒と同じ側に立っていてほしいのです。“生徒と共に学ぶ”のが未来の先生像だと思っています」

小・中・高において1人1台のiPadを整備し、EdTechを導入するなどICTによる学び方改革が進む同学園(関連記事はこちら)だが、「テクノロジーやICTを活用した働き方改革は進化の余地が大きい」(平岩氏)。教材のデジタル化を進め、事務的な仕事もさらに減らしていきたいという。21年度には人事システムを刷新し、教員が自分の労働時間をきちんと把握してコントロールする形にしていく。

「私がオランダで見た先生たちは勤務中に笑顔で私にコーヒーを振る舞ってくれて、16時には帰宅していました。今は新しい挑戦を重ねているので残業が発生していますが、先生が定時に帰れる環境を必ずつくりたいと思っており、3年以内の『残業ゼロ』を目指したいです」

同学園は、こうした働き方改革も進めながら「子どもたちが主語」となる教育を実践し、自分が勝ち抜くために学ぶだけではなく、自分も他人も幸せにできる子どもたちの育成を目指している。しかし、平岩氏の夢はここにとどまらない。

「私たちの取り組みを、よいことも悩んだこともどんどん他校の皆様にも伝えていきたい。先生方も皆、未来の学校像をつくって日本中の学校を幸せにしたいという夢や志を持っています」

成果が見えてくるのはこれからだが、同学園の挑戦は、新時代の教育を考えるうえで参考になることがあるのではないだろうか。今後も、同学園の改革に注目したい。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真は梅谷秀司撮影)