学校給食が担ってきたものをあぶり出した「一斉休校」

2020年4月、新型コロナウイルス感染症の蔓延による初めての緊急事態宣言が発出された。以降も繰り返す感染の波で、多くの学校が一斉休校や学級閉鎖を余儀なくされ、牛乳をはじめとする食材が廃棄されることも話題になった。

22年になると、世界情勢や円安の影響を受けて物価が大幅に上昇。輸入品の多い食品も例外ではなく、その影響は今も一般家庭の食卓に打撃を与えている。これには食料自給率の低さなどさまざまな問題が絡むが、学校給食に詳しい専門家はどう見ているのか。跡見学園女子大学マネジメント学部教授の鳫咲子氏は、近年の経緯を次のように語る。

「学校がないと食事が取れない子どもは一定数います。コロナ禍初期の一斉休校では、『学校がなくなる=子どもの昼食がなくなる』ということが多くの人に実感され、学校給食が担ってきたものが明らかになったと思います。余った食材を困窮する家庭に配ったり、給食に代わるお弁当を届けたりと、一部の自治体は状況に対応しながら、有効な手段を模索してきました」

鳫 咲子(がん・さきこ)
跡見学園女子大学マネジメント学部教授
上智大学法学部国際関係法学科卒業。筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了、博士(法学)。子どもや女性の貧困等に関する研究を長く行い、参議院事務局で国会議員の立法活動のための調査業務などにも携わる。著書に『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』(光文社)、『子どもの貧困と教育機会の不平等 就学援助・学校給食・母子家庭をめぐって』(明石書店)などがある
(写真:鳫氏提供)

そこを襲ったのが食材の価格高騰だ。各地の学校で、献立を変更したり給食費の値上げ分を公費で負担したりという施策が取られる中、東京都では23区内で初めて葛飾区が給食の無償化を発表した。同区では23年の4月から、区立小中学校の給食費が無料になる予定だ。また、大阪市では20年から、コロナ禍の支援として小中学校の給食費無償化を実施している。鳫氏はこの施策について「人口5万人以下の市町村では、小中の給食費を完全無償化しているところも100カ所ほどありましたが、大阪市のような規模の大きい都市でこうした支援が行われるというのは画期的でした」と言う。給食費に関するこうした取り組みができる自治体とできない自治体では、いったい何が違うのか。

「よく無償化の財源はどうするという話になりますが、生活保護や就学援助の制度を使っている家庭の給食費はすでに公費で負担されているので、必要な予算をゼロから確保するわけではありません。ある程度はそうした費用を振り替えながら対応するのですが、方針への影響がいちばん大きいのは、各自治体のトップの意識だと思います。葛飾区は以前から多子世帯などの給食費支援に注力していますし、区長の子育て支援への意識が高いのでしょう」

例えば、すでに全国的に導入されている子どもの医療費支援などは、一時、多くの選挙で公約として掲げられたことで実現されてきた。だがそもそも子どもを扱う政策は票につながりにくく、さらに給食費は医療費に比べて政策上の優先順位が低いのだろうと鳫氏は指摘する。

生活保護や就学援助だけでは困っている家庭に届かない

給食費無償化が必要な理由として、鳫氏は現行の支援が十分に機能していないことを挙げる。代表的な支援である生活保護や就学援助制度は、困窮家庭の捕捉率が非常に低いのだという。

「生活保護も就学援助も申請しないと受けられず、受給するにはいくつもの条件やハードルがあります。支援を受けることに引け目を感じてしまうこともハードルの1つで、本当に支援が必要な家庭に届いていないというのが実情です」

日本以外でも、貧困家庭にのみ給食費支援を行う国がある。例えば米国では貧困家庭のみに給食のチケットを配布するが、鳫氏はこうした方法を「子どもにレッテルを貼る古いやり方」だと断じる。周囲の子どもに支援を受けていることがわかってしまう可能性があるし、現金で支給した場合は、その支援金が必ずしも子どものために使われるとは限らないからだ。

「子育て世帯に対する10万円の支援が決まったときにも問題になりましたが、ネグレクトなどの虐待がある家庭では、振り込まれたお金を親が使ってしまうこともあると考えるべきでしょう」

日本の学校給食法11条では、食材費は「学校給食を受ける児童又は生徒の保護者の負担」とされている。一時期、給食費を「払えるのに払わない」家庭の増加が取り沙汰されたことを覚えている方も多いだろう。だが鳫氏は「払えないのか払わないのかを、第三者が正確に判断することは難しい」と言う。

「自営業で資金繰りが大変だったら、子どものためのお金でも事業に回さざるをえないかもしれません。また、親が税金を滞納していたり借金があったりすると、学資保険も差し押さえの対象になることがあります。もしかしたら、口座に入ってきた児童手当でそれをしのごうとするかもしれません」

これらの例は「払えない」のか「払わない」のか、どちらに当たるだろうか。いずれにしても子どもに責任のあることではない。そして鳫氏は「こうした場合も、学校は『払えるのに払わない』と判断することが多いと思います」と続ける。

「親が給食費を払わないなら、その家庭の子どもは給食を食べられなくても仕方ない――世間にはかつてそんな風潮がありましたが、それも古い考えです。子どもの権利を考えれば、親が給食費を払うか払わないかにかかわらず、子どもの給食に差が生まれてはいけないはずです」

給食費無償化で焦点となる発想は、「現金負担の軽減」ではなく「現物給付による援助」だといえる。学校で「教育」「授業」という現物が授業料の負担なく提供されているのと同じように、「給食」が費用負担なく提供されることが鳫氏の理想だ。

韓国では高校まで給食費無償化を実現、その財源は?

鳫氏は昨年、韓国に約1年間滞在し、学校給食を取り巻く状況を見てきた。例えばソウル市などでは、2021年から高校までの給食が無償化されたという。

「韓国では教育長が選挙で選ばれるのですが、給食の無償化は10年以上前に公約として掲げられていました。やはり財源をめぐっても紆余曲折はありましたが、農業予算を組み入れて国産のオーガニック食材を使う仕組みをつくるなど、食材や予算の調達で工夫して無償化を実現しました。日本の給食関係者は自国の制度に自信を持っている人が多いですが、まだ費用負担については改善の余地があるということが、韓国の例を見てもわかると思います」

葛飾区の給食費無償化の発表を受けて、NHKが23区を対象に行った調査がある。今後の給食費の方針について尋ねたところ、無償化する予定がないと答えた多くの区が理由として挙げたのが、前述の学校給食法11条だった。だが鳫氏はこれについても「そろそろ変えるべき時期」だと言う。

「さかのぼれば、以前は教科書も有料だった時代がありました。それが法律が変わり、1963年度に教科書無償給与制度が整備されて無償になったのです。給食費についても、既存の法律だけが根拠にはならないと思います」

修学旅行の積立金なども同様の問題であり、給食費無償化は「学校にかかるお金全体を見直すきっかけ」として捉えている鳫氏。「これを言うと嫌がられるのですが……」と苦笑しつつ、教職員組合で講演したときの実感を語った。

「横浜市などが21年度から公立中学校の給食を開始していますが、神奈川県は全国的に見ても中学校の給食普及率の低い自治体です。生徒がどんなお弁当を持ってくるかで、同じ教室の中でも格差が生まれていました。学校の先生方はその状況を現場で見ているにもかかわらず、学校給食推進の熱意があまりないような印象を受けました。なくて当たり前だと思っていると、変わるのは難しいかもしれません」

現在の教員の多忙さにも理解を示しつつ、鳫氏は続ける。

「学校は教育の場ですが、教育以前の環境に問題がある子どもがいます。子どもの生活を安定させる福祉的機能につなぐことも、学校の果たす役割の1つではないでしょうか。貧困家庭の子どもは学力も伸び悩むことが多いと思いますが、彼らの環境が改善されれば、例えばテストの平均点も上がるはず。先生方は忙しいと思いますが、まずは子どもたちをよく見る組織的努力が必要ですね」

現在は学習以外のことに集中して子どもを見られる人がおらず、養護教諭やカウンセラー、心ある事務職員などごく少数でしかないことも課題だと言う鳫氏。スクール・ソーシャル・ワーカーの増員も必要だと考えている。

給食費無償化は票にならない後回しの公約ではなく、子どものウェルビーイングに直結する喫緊の課題なのだ。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:fazakit/ PIXTA)