コロナ禍の中、「1人1台体制」がスタート

2019年より学校改革を始動し、「自律型学習者」の育成を掲げる新渡戸文化学園。SDGsとリンクさせた教科横断型の授業など、独自の教育はメディアでもたびたび取り上げられている。この学園全体の教育デザインを手がけているのが、統括校長補佐と中学校・高等学校の英語を担当する山本崇雄氏だ。

山本氏は、教員が一方的に教える授業ではなく、生徒たち自身が対話を重ね、教え合う形で授業を進める「教えない授業」を長年実践してきた。新学習指導要領でも掲げられている「主体的・対話的で深い学び(アクティブラーニング)」の先駆者としても知られている。そんな山本氏の英語授業は、新型コロナウイルス感染拡大の中、どのように行われたのか。学校改革のモデル学年を含む中学校の授業展開について、話を聞いた。

山本崇雄(やまもと・たかお)
新渡戸文化小中高等学校統括校長補佐・横浜創英中学高等学校教育アドバイザー。 教員のほか、日本パブリックリレーションズ研究所主任研究員、Weblio教育アドバイザー、ゲイトCSR教育デザイナーなど複数の学校・企業でも活動する“兼業教師”。東京都立中高一貫教育校を経て2019年度より現職。「教えない授業」と呼ばれる自律型学習者を育てる授業を実践している。検定教科書『NEW CROWN ENGLISH SERIES』(三省堂)の編集委員を務めるほか、著書に『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』(日経BP社)など

同学園では、コロナ禍の前からICTの活用が進んでいたようだ。

「以前から貸与式で学園にiPadを置いており、生徒たちは検索やプレゼンテーション資料の作成などで積極的に使ってきました。昨年の中学1年生の英語授業では、オンラインで生徒とフィリピンの子どもたちをつなぎ、英語による自己紹介や簡単なSDGsのプレゼンテーションに挑戦させました」と、山本氏は振り返る。

さらにICT活用を強化するため、「1人1台体制」に向け各家庭でiPadを購入してもらった。ICT支援員を置かない代わり、ICTに強い教員も数名増員。こうした準備があったため、コロナ禍による休校中も4月上旬からオンライン授業を行うことができたという。

「英語を使って何をしたいか」を問いかけ続ける

「子どもたちが学びたいと思っていない状態で、教員が教えすぎても何も残らない。大事なのは、学びたいと思わせることや、自分で一歩を踏み出す力を育むこと。どんな優れた指導法も子どもたちの『やりたい』にはかなわないと思っています」

そう語る山本氏は、コロナ禍においても、子どもたちの「やりたい」を大切にする「学びの起点づくり」に重点を置いた。

「各教科はあくまでも何かを達成するための手段。英語の場合は『言葉』を使ってどうしたいか、というところが大事。英語を使ってやりたいことが見えたときに、初めて文法を学ぶことの意味を知るのです」と、山本氏は説明する。

しかし、最初は「やりたい」や「なりたい自分」はなかなか出てこない。生徒たちは親や教員から「これをやりなさい」と指示されることに慣れており、「どうしたい?」と聞かれたことがほとんどないからだ。それでも問いかけ続けると、「英検を取りたい」「海外に行きたい」などそれぞれの「やりたい」が生まれてくるという。

コロナ禍でも、「やりたい」や目的意識を引き出すため、英語の面白さと出合えるようなオンラインならではの工夫を仕掛けた。例えば、Zoomを通じて、英語を使って仕事をしている人とつないだり、他校の英語教員に授業をしてもらったりした。

こうした刺激を与えながら、「学び方」も教えていく。「Weblioというサイトがあるよ」「教科書にこんなページがあるよ」と、単語の調べ方などを教えるほか、音読動画や教科書の解説動画を自作して掲示板ソフトのPadletにアップし、生徒がそれらを活用して自主的に学べるようにした。「『自分で学んでね』と指示だけして、最後に音読や自己紹介を撮影した動画を提出させるような授業を中心に展開しました」(山本氏)。

掲示板ソフトのPadletに英語での自己紹介動画をアップする生徒たち。山本氏のアドバイスを受け、発音を磨き上げていく(提供:新渡戸文化学園)

「できないことは可能性」だとすべての大人が言うべき 

実際に、今年8月に行われた5日間のオンライン夏期講習を参観した。印象的だったのは、山本氏が「できないことは可能性」「できないことに優しくなろう」という言葉を繰り返し口にしていたことだ。

参加者は中学生で、3学年合同。英語の歌詞を聴き取る、英語のCM動画を見て主題を読み解くなど、各自が個々の英語の習得レベルに応じた課題に取り組んでいた。英語の歌で聴き取れた単語をヒントに、生徒たちがチャットに読み取った意味を書き込んでいく場面でのこと。「まったくわからない」と書き込んでいた生徒に対し、「いいねえ。まったくわからないということは、可能性の塊だね」と山本氏が声をかける。

「学習の目的は、できないことができるようになること。できないことはあって当たり前で、それは可能性だということを子どもたちに感じてほしい」と、山本氏は言う。

教員の役目は、枠組みをつくって子どもたちの可能性を「引き出す」役割に徹することだという。いろいろな可能性を見せて主体的な学びや成長を待つ。その結果、山本氏は、生徒たちが自らの「好き」「やりたい」を突き詰めすばらしいものを生み出したり、力を大きく伸ばしたりする姿を何度も見てきた。

「1つの好きなことを極めてとことん伸ばすと、ほかの部分も伸びていく。『できないことは可能性』『好きを伸ばそう』とすべての大人が言うべきだと思います」(山本氏)

さらに、「『好き』から『ありがとう』が生まれるためにはどうしたらいい?」といった、利他的な観点を含む問いを投げかけるという。誰かの役に立ちたいという気持ちを育み、学びの意欲をさらに深めるのが狙いだ。

「非認知スキル」を育むのは学校の使命

同学園が目指す教育活動の最上位目標は「ハピネスクリエーター(しあわせ創造者)の育成」だ。自分の幸せだけでなく、利他的な視点を含めた行動者を育てたいという。その実現に向けて掲げるのが「自律型学習者の育成」だ。「自律型学習者とは、非認知スキルを身に付け、平和で持続可能な世界をつくっていくために、よりよい選択ができる学習者のこと」と、山本氏は説明する。

非認知スキルとは、目標に向かって頑張る力、ほかの人とうまく関わる力、感情をコントロールする力などを指す。学力テスト偏重型の教育だけでは、この力を伸ばすのは難しい。「子どもたちが変化の激しい社会の中で生き抜くためにも、非認知スキルを育てることは学校の使命だと思っています」と、山本氏は語る。

その一環として、同学園では週に1日、「教えない日」を設けている。生徒たちは丸1日、教科の枠にとらわれず、自分の興味を掘り下げたり、テーマごとにグループで学んだりする。例えば2学期は、文化祭に向けて「食」や「学び方改革」をテーマにチームや個人で取り組んでいる。各自のiPadも生かしながら、調べた内容や興味を持ったことを生徒同士で発表するなど、刺激を与え合い、さらなる深い学びへとつなげていく。この日は5教科の教員が一堂にそろうが、教えるのではなく、生徒の意欲を高める役割に徹するという。

中学生たちが社会人と対話する授業。コロナ禍ではZoomを通じて実施(提供:新渡戸文化学園)

「100人の大人につなぐ」をコンセプトとした、社会人と対話する授業もある。リアルな社会に生きる大人と接することで、生徒たちの興味や関心の幅を広げることが狙いだ。コロナ禍でもオンラインで実施した。Zoomを使い、中学生たちは自分の興味のあることについて大人にプレゼンテーションしたり、対話したりしたという。在宅勤務が増えたこともあり、毎回30人を超える社会人が参加した。その数、延べ200人以上。北海道やカナダなどさまざまな地域から参加があり、医師や元Jリーガーなど職業も多様だったという。

このように刺激や学びの機会をいろいろな角度から与えて、興味や関心の起点をつくる。そこからどう学びを広げていくかは、生徒たち自身が主体的に決めていく――それが山本氏のイメージする「学び」のプロセスだ。山本氏は、コロナ禍でもぶれることなくこの学びの本質にこだわり授業を展開した。

後編では、登校が始まってからの変化や、新たなICT活用の取り組みを紹介する。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、松田珠子、注記のない写真は今井康一撮影)