「生徒自身が物語を編む」探究学習で、進学実績が上昇

東京都立王子総合高等学校は、創立12年を迎える全日制総合学科だ。偏差値は50を少し切るぐらいで、大学進学率は例年40%程度で推移していた。

そこに変化をもたらしたのが、美術教員の望月未希氏だ。2021年度に同校に赴任したが、前任校でも探究学習の「社会に開かれた教育」を用いた手法で大きな成果を挙げていた。

結論から言えば、同氏が進路部主任に着任した22年度の卒業生から、全体の大学進学率は前年度比10%以上アップし、11年の学校創立以降、初めて50%を超えた。さらに7年ぶりの国公立大学合格者が出た。23年度卒業生の中にも、すでに筑波大学への進学を決めた生徒もいる。

望月未希(もちづき・みき)
東京都立王子総合高校 美術科主幹教諭。共著に『もし「未来」という教科があったなら―学校に「未来」という視点を取り入れてみた』『高等学校 教科と探究の新しい学習評価』(ともに学事出版)などがある
(写真:望月氏提供)

望月氏は、同校に着任して間もなく気づいた改善点があるという。それは「生徒たちが学習による物語を編むことができていない」ということだ。

「多様な授業が選べるのは総合学科のメリットでもあります。しかし、語学や芸術、サイエンス系といった授業がバラバラに点在し、スキルアップのための選択科目も『ああ面白かった』で終わってしまって、いわばカルチャーセンターのような状態になっていました。キャリア教育も学年任せの部分があるなど担当教員が細切れに行っており、入学から卒業までの一貫したキャリア教育にはなっていなかったのです」

望月氏の考えるキャリア教育とは、早期に職業選択をさせ、そのためにどんな大学に行くべきか、どんな資格を取るべきかを考えさせるものではない。

「生徒が『生涯学び続けたいことは何か』を考え、それをかなえるための進路に導くことが重要です。そのためには社会を知り、自分なりの展望を持つ必要がありますが、私たち教員が学校の中で示せる経験値にはあまりにも偏りがあります。『学校を社会に開く』探究学習では、生徒自身が『なぜ学ぶのか』ということを実感しやすい。つまり学習によって自分の物語を編むことができるということで、そのため、進路指導にも非常に効果があるのです」

前任校での成果を知る校長の采配によって、望月氏は王子総合高校着任2年目から、進路部主任に抜擢された。そこでまず、キャリア教育は進路の専任教員が全学年にわたり一貫して担当する仕組みに変更。さらに具体的な探究学習の手法を取り入れることにした。

技術者も大学生も、「遠い存在」ではないと気がついた

2022年度の2学期、王子総合高校の2年生は、経済産業省が主催する「未来の教室」実証事業に参加。大手電機メーカーのシャープと、民放テレビ局であるTBSと共に総合的な探究の時間に取り組んだ。

「高校生が今感じている課題と、その解決法を考えて動画でプレゼンテーションするというシャープとのプロジェクトでは、現役の技術者の方がオンラインで話を聞かせてくれました。社会で活躍する大人のリアルな姿に触れられたのは貴重な経験でした。特別だと思っていた技術者の方が、決して『キラキラした遠い人』ではないということに、生徒たちは気づくことができたようです」

さらに、生徒の動画によるプレゼン発表では、望月氏もうなることがあった。

「お風呂を自動で洗うシステムの開発を提案した班があったのですが、正直、それって誰でも思いつきそうなアイデアですよね。私は『もっと独創的なほうが面白いんじゃない?』というようなことを言ってしまったのですが、プロの評価はまったく違ったんです」

シャープの担当者は、望月氏が平凡だと感じたアイデアを絶賛した。曰(いわ)く、自動的に浴槽を洗浄するシステムは、多くの人が思いつきながらいまだに実現されていない技術である。プラスチックや木、石など、多様な材質でできた浴槽すべてに対応するのは、実はとても難しいことだからだ。

「シャープの方の『誰もが思いつくことを入り口に発想するのはとても正しい』という言葉は、その道のプロならではのもの。やはり教員だけでの評価には限界があるなと思いました。生徒も喜んでいたし、私もとても勉強になりました」

TBSと取り組んだプロジェクトでは、生徒たちが身の回りで世界遺産にしたい場所を考えて映像にまとめた。北区の景勝地はもちろん、高校そのものを遺産にしようというアイデアもあり、たくさんの生き生きした動画が生まれた。生徒の一人はTBSのインタビューに「こんな授業が受けられると思っていなかった。本当によかった」とうれしそうに答えた。

また、徒歩5分の近さにある大正大学との高大連携にも取り組んだ。同大ではコロナ禍以前、地域連携の一環として「鴨台盆踊り」を大学構内で実施してきた。22年、3年ぶりに行われることになったこのイベントに、王子総合高校の有志が参加することになったのだ。

「大学から声をかけていただき、やりたい子は行っておいでと送り出しました。私たち教員がお膳立てしたことはほとんどありませんでした」

盆踊り大会で何をするか。生徒が決めたのは「流しボールすくい」の屋台だ。さらに軽音楽部所属の生徒が「ステージ演奏もさせてほしい」と自ら大学に交渉。当日の屋台は大盛況を博し、生徒のバンドも、1000人以上の観客の前で見事に演奏してみせた。

学校を社会に開くこうした取り組みで、生徒たちは学ぶ人を見たり学ぶ場所を体感したり、学んだ先にいる人を見たりした。中には「学校の先生の言うことなんて聞かなくていいよ」という大人もいたし、思いがけない失敗をする大人もいた。

「『先生、大学生も漢字を間違えるんだよ』と言ってきた生徒がいました(笑)。技術者の方と同じように、大学や大学生についても、遠い存在だと思っている子が多かったのでしょう。この取り組みで、高等教育に親近感を持って視野を広げた生徒は確実に増えました」

生徒が最も伸びるのは、失敗した人を手助けするとき

実は望月氏は、これからは管理職の方向へ舵を切ることに決めている。生徒たちの変化を見つめる中で、教員自身も迷い、失敗することができる環境づくりの必要性を感じたからだ。「失敗」と「迷い」。この2つは、望月氏が探究学習においても重視するキーワードだ。

「探究で大切なのは、生徒をしっかり迷わせてあげること。そのプロセスこそが探究に欠かせない『冒険』であり、冒険には失敗もつきものです。それに生徒が最も伸びるのは、人を手助けするときなんです」

私もよく失敗するのですが、と前置きして、望月氏はこんな例を挙げた。

「過去にシェフを学校に招いて料理をしてもらう授業をした際、何とシェフが仕込んだお肉を家に忘れて、授業の途中で取りに帰ってしまったことがありました。このままでは時間内に料理ができないという事態に、生徒たちは率先してシェフを手伝い、料理を完成させました。問題なく進む授業より、きっと得るものが多かったと思います」

大正大学での盆踊りも同様だった。当日は予想外のことがいくつも起きた。想像以上の大盛況にボールの在庫がなくなり、生徒は教員の助けを借りて買い出しに行く判断をした。人手も足りず、店番の生徒たちがそれぞれ友達に応援要請をして乗り切った。何より、こんなにたくさんの子どもたちが、こんなに喜んでくれるなんて――。予定調和ではない出来事の中で互いに助け合った経験が、やがて彼らが対応できることの幅をさらに広くするはずだ。

「評価だって、肩ひじ張らなくて大丈夫。私は生徒同士でコメントを使って交流し合う方法も取り入れてきましたが、大人にはわからない流行を取り入れた工夫など、生徒同士だからきちんと気づいて評価してくれるのです。教員視点という一方向からだけの評価よりも、こうした多角的な評価が一人ひとりに響いているのを感じました」

こうした信念があればこそ、望月氏は「探究に手間はかからない」と断言できるのだろう。教員にできることは多くないと言うが、もちろん教員がすべきこともあると言う。

「グループをつくる際には、いわゆるスクールカーストやグループの壁を壊し、生徒自身がやりたいことを主軸にしてメンバー構成をする必要があります。これによってクラスメートの新たな一面を知ったり、自分でも気づかなかった得意分野を見つけたりという効果も。周りに合わせることが最適解ではないと実感してほしいと思います」

教員自身も失敗を恐れず、その経験を戦略的に生かしてほしいと続ける望月氏。だが多くの教員は、自分たちには失敗が許されないと考えている、と指摘する。

「探究の時間では未経験のことを求められ、先生たちもきっと不安で怖いのだと思います。頑張って研究している方たちを否定する意図はもちろんありません。でも大切なのは教員がうまくやることではないし、むしろ教員の敷いたレールの上を歩かせることで、生徒の成長を妨げることもあるのではないでしょうか。私たち大人が挑戦し、失敗しても立ち上がる背中を見せることが、子どもたちも生きやすい社会の幅を保つことになると考えています」

(文:鈴木絢子、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)