「秋田型教育留学推進事業」、背景に「少子高齢化」
2020年の国勢調査によると、秋田県の高齢化率(人口に占める65歳以上人口の割合)は37.5%と全国最高、また15歳未満人口の割合は9.7%と初めて10%を切り、人口減少率も6.2%減と5回連続で全国最高となった。同県では以前からこの少子高齢化が最重要課題となっている。
一方で、「本県には豊かな自然環境や観光地、郷土の芸能や料理など、全国に誇れる魅力が数多くあります」と、同県教育庁生涯学習課社会教育・読書推進班 主任社会教育主事の佐々木泰生氏は話し、こう続ける。
「『全国学力・学習状況調査』でもつねにトップレベルの成績を残しており、それを支える『探究型授業』などの教育資源も魅力の1つ。そんな強みを生かした教育留学を県外の小中学生に提供することで、関係人口の増加と移住・定住の促進につなげられないかと考えました」
こうして16年度からスタートしたのが、「秋田型教育留学推進事業」だという。「長期留学(オーダーメイド留学)」「短期チャレンジ留学」「家族留学」の枠組みがあり、これまでに7つの市町村で実施した実績がある。
「秋田の教育を」「環境を変えたい」など個々のニーズに対応
長期留学は、利用者の要望に合わせてくれるのが大きな特徴だ。宿泊先は北秋田市の「合川学童研修センター」となるが、滞在期間は利用者が決めることができ、これまで短くて1週間、長くて100日以上の滞在実績がある。在籍校が属する教育委員会の合意が取れれば、出席扱いになる。
基本的には、平日は合川学童研修センター近くの同市立合川小学校や合川中学校に通って本場の“秋田の教育”を受け、土日は同市教育委員会が企画するプログラムを通じて、登山やサイクリング、川下りなど、自然と触れ合う体験ができる。「都心ではできない体験をさせたい」「秋田の教育を受けさせたい」という家庭に人気で、リピーターも多いという。
また、子どもが不登校もしくは不登校傾向にあり、「環境を変えて生活させてみたい」という家庭の要望にも対応している。こうした生活改善型の場合は、合川学童研修センター内にある「あきたリフレッシュ学園」で、各自の進度に合わせた教科学習や、自然を生かした体験活動を行う。
あきたリフレッシュ学園とは、もともと県内外の不登校児童生徒を支援しようと、2008年に県と北秋田市が合川学童研修センター内に開設した施設だ。16年度からは北秋田市の事業となり、県内全域の不登校児童生徒を受け入れている。こうした背景もあり、生活改善型の長期留学生にも対応しやすくなっているという。
多様なニーズに応える長期留学だが、20年度以降はコロナ禍の影響でやむなく受け入れを中止。ようやく今年9月に入り、合川小・中学校への通学を伴わない「1カ月程度のお試し留学」という形で再開、大阪府在住の中学2年生1名を受け入れることができた。
「いい表情で北秋田市の方々と過ごしていて、あきたリフレッシュ学園に通う児童生徒たちとも、スポーツや将棋、釣り、サイクリングなどを一緒に楽しんでいました」と、佐々木氏は話す。
コロナ禍で「家族留学」が人気、探究型授業の体験も
1週間弱の「短期チャレンジ留学」も人気だ。秋田の教育と地元の資源を生かした自然体験を提供するのは長期留学と同じだが、夏休みや冬休みに実施するので気軽に参加しやすい。とくに夏は県外との夏休みのずれを生かして8月下旬に実施しているので、8月いっぱい夏休みとなる地域の児童生徒は、在籍校を休まずに秋田県の学校に通うことができる。
しかし、残念ながらこの短期チャレンジ留学も、夏はコロナ禍の影響により2020年度以降、中止が続く。そんな中、好評なのが「家族留学」だ。いわば短期チャレンジ留学の親子版で、「コロナ禍でもご家族がいれば、もしものときの対応も可能と判断し、21年度から実施しています」と、佐々木氏は説明する。
今年は、8月4日~7日、仙北市で開催。8家族(計18名)が参加した。農家民宿に泊まり、親子で農業体験やカヤックを楽しんだほか、子どもたちは劇団わらび座による演劇体験と、秋田県が20年以上前から取り組む独自の探究型授業に挑んだ。授業を担当した佐々木氏はこう振り返る。
「今回は、田沢湖で絶滅した固有種のクニマスを題材にしました。冒頭の30分はクニマスに関するファクトをレクチャーし、その後は子どもたちが疑問に思ったことや感じたことを付箋に書いて意見交換。そして、なぜクニマスは田沢湖に住めなくなったのかなどの共通の疑問について調べました。本県の探究の基本プロセスをそのまま再現しており、低学年には少し難しかったかもしれませんが、高学年は丁寧に取り組んでいました」
16年度~21年度(20年度はコロナ禍により実績ゼロ)の利用者は、長期留学が延べ45名、短期チャレンジ留学(家族留学含む)は延べ321名と計366名。このうちリピーターは102名に上り、そのほとんどは子どもの意思によるものだという。また、教育留学への参加を機に、秋田県に移住した家庭もあるそうだ。利用者の実際の反応について、佐々木氏は次のように話す。
「探究型授業が面白かったと話す子が多く、自分で答えを探すために動かなければいけない状況を魅力に感じているようです。また、とくに都心から来た子は、夏は暇さえあればトンボやバッタを捕まえていて、冬は雪でひたすら遊んでいます。やはり自然の魅力は大きいのだなと感じています。保護者の方からも『最初は親がいなくて大丈夫かと不安だったが、たくましくなって帰って来た』などの声を多くいただいています」
例年、年間50~70件ほど教育留学の相談があるが、今年6月にTwitterで話題になった際は3日間で130件もの問い合わせが殺到。中には、「来年の夏の予約をしたい」という相談もあった。
来年分の予約は受け付けていないが、今年の冬休みには短期チャレンジ留学を実施する。北秋田市は12月下旬に、スキーやきりたんぽ作り、温泉などを体験できる3泊4日のプログラムを予定している。
「早く再開してほしい」と問い合わせの多い「秋田県の学校への通学」も、新型コロナの感染状況と市町村の状態を踏まえ、順次実現を目指したいという。まずは新たに長期留学をスタートする五城目町が、地元の学校への通学を前提とした形で11月下旬から受け入れを始める。
「実績といえるほど移住者はまだ増えていない」(佐々木氏)というが、さまざまなニーズに応えてくれる同県の教育留学は、子育て家庭にとって魅力的な選択肢になっているはずだ。実際リピーターは多く、県にとっても長期的には関係人口創出の一助になっているといえるだろう。コロナ禍の状況は先が見通せないが、いっそうの地域活性と子どもの学びの選択肢の拡充のためにも、行動制限のない形での事業展開が再開されることを願う。
(文:佐藤ちひろ、写真:秋田県教育庁生涯学習課提供)