中山間地の学校がIBを導入した理由

IBは「多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、よりよい、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者を育成すること」を目標とした世界共通の教育プログラムだ。1968年に国際的に通用する大学入学資格が取得可能なDP(Diploma Programme、16~19歳を対象)ができ、その後MYP(Middle Years Programme、11~16歳を対象)やPYP(Primary Years Programme、3~12歳を対象)など年齢に応じたプログラムも作られた。

当初、IBはインターナショナルスクールを中心に展開されていたが、近年裾野が広がりつつある。2021年6月30日現在、159以上の国と地域で約5500校が認定校となっており、日本では96校、そのうちいわゆる1条校は53校に上る。

田村香江(たむら・かえ)
香美市教育委員会教育振興課学校教育班指導主事
(写真:香美市教育委員会提供)

政府は今、国際競争力を高めるため認定校を22年度までに200校以上とする目標を掲げるが、現状では私立校やインターナショナルスクールが多い。そんな中、今年1月、公立小で国内初のPYP認定校となったのが、全校161人の高知県香美市立大宮小学校だ。その経緯について、同市教育委員会教育振興課学校教育班指導主事の田村香江氏はこう語る。

「本市は中山間地にある人口2万5872人(21年6月現在)の自治体ですが、幼保小中高大と教育機関に恵まれており、この環境を最大限に生かしながら、市全体で探究的な町づくりをしていきたいと考えています。そんな本市が目指す主体的かつ協働的な人材像と、IBが目指す10の学習者像は重なる部分が多かった。また、探究を中心としたIBのプログラムを活用すれば、より発展的な教育が目指せると同時に、モデル校をつくることでIB的なエッセンスを市内全体へ波及できると考えました」

【IB 10の学習者像】
・探究する人
・知識のある人
・考える人
・コミュニケーションができる人
・信念を持つ人
・心を開く人
・思いやりのある人
・挑戦する人
・バランスのとれた人
・振り返りができる人
出所:文部科学省IB教育推進コンソーシアム

同県では先行して高知県立高知国際中学校・高等学校がIB認定校となっている関係から、IBへの理解を深めやすかったことも後押しとなった。大宮小が選ばれた理由については、次のように説明する。

「もともと香北地区はコミュニティ・スクールや地域学校協働本部が設置されていて、大宮小は地域に根差した総合的な学習の時間が充実していました。また、その学習の中で伝統食を学んだ子どもたちが『こんなにすばらしい食文化はぜひ世界に発信したい』と言い出したことを機に高知工科大学の留学生に英語でプレゼンテーションしに行くなど、外国語教育も自然に強化されていた。IBは世界共通のテーマなどについて、まずは自分たちが住む地域に目を向け考え、そこからさらにグローバルな視点で考え行動するといった発展的な教育なので、大宮小は導入にぴったりの学校だったのです」

森田卓志(もりた・たかし)
香美市立大宮小学校校長

とはいえ、学校側に戸惑いはなかったのか。大宮小校長の森田卓志氏は、「姉妹校のオーストラリアの小学校がIB認定校だったので、授業のイメージはできていました」と、話す。

17年度に姉妹校へ視察に行ったことがあった。教員が最初に見通しを持たせると、その後は子どもたちがタブレット端末や資料を使ってどんどん学習を進めていく。

その様子を見て、「新学習指導要領のキーワードである『探究』とはこういう学びであり、今後はこうした学び方ができる児童の育成が求められるだろう」と思ったという。

実際、どのような探究が展開されるのか?

大宮小でIBが全面実施となったのは、今年の4月からだ。PYPでは、各学年が1年間で6つの教科横断的な探究テーマについて学ぶ。

【IB 6つの探究テーマ】
・私たちは誰なのか
・私たちはどのような場所と時代にいるのか
・私たちはどのように自分を表現するのか
・世界はどのような仕組みになっているのか
・私たちは自分たちをどう組織しているのか
・この地球を共有すること

「テーマの中心的な考えとなる『セントラルアイデア』や探究の流れなど具体的な授業内容は、各学校が特色を生かしながら決めることになっています。本校ではこれをユニット学習と呼び、1テーマにつき約25時間かけて学びます。総合的な学習の時間を中心に、テーマと関連のある教科時間を併せて実施しています」と、森田氏は説明する。

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ユニット学習の全体計画

IBは、「知識・概念・行動・姿勢・スキル」という5つの基本要素を大切にしているが、中でも重要なのは概念的理解だという。この概念を探究の流れのキーコンセプトとして設定し、「3年生からは『特徴・機能・原因・変化・関連・視点・責任』という7つの重要概念を身に付けることを重視し、学習を進めます」と、森田氏は話す。

今までの総合的な学習の時間と大きく異なるのは、導入だ。「これまでは『何のため』という目的が漠然としていましたが、IBでは探究に入る前に学習の目的を子どもたちにきちんと伝えます」と、森田氏。例えば、IBの10の学習者像や「ATLスキル(思考スキル・コミュニケーションスキル・リサーチスキル・自己管理スキル・社会的スキル)」のうちどこを目指すのか、さらには総括課題やルーブリック評価も示すという。

昨年度、試験的に行われた4年生の探究テーマ「世界はどのような仕組みになっているのか」の実践例を見ていこう。セントラルアイデアは「人々の生活は自然の現象に適応して変化してきた」。理科を中心に3~6年生と学年を超えた教科内容を学習しながら、探究を進めていく。

まずはキーコンセプト1の「太陽、月、星、水の現象の探究(変化)」。グループでマッピングなどを使って自然現象の「変化」に関する各自の疑問点を出し、ほかのグループのアウトプットも見ながらまとめていく。

グループごとに問いをまとめる

このように個々の疑問を確認してから、探究に入る。太陽の探究に関しては、1日の気温の変化について役割分担をして記録・整理し、結果を分析・共有した。

気温の変化を探究。算数や理科の教科学習と連動

水の流れの探究は、近くの川でフィールドワーク。物が流れていく速さを測ったり、上流と下流では石の大きさや形に違いがあるのかを確かめたり、子どもたちは自ら事前準備した実験や観察を実行したという。

近所の物部川でフィールドワーク

変化を確認したら、キーコンセプト2「身の回りの事象の原因の探究(原因)」だ。変化の「原因」について学ぶため、流れる水の働きの実験や月の満ち欠けの実験などを行った。

自然現象の変化の原因を学ぶ実験

仕上げはキーコンセプト3「自然界の法則と私たちの生活との関わりの探究(関連)」。「関連」の概念を学ぶため、総括課題として絵本を作製したが、太陽の動きと洗濯物を干すこと、星の動きと農作物を植える時期など、子どもたちはそれぞれが学んだ関連性をアウトプットしたという。

総括課題の絵本の中身

テストのやり方や通知表は従来のままだが、ユニット学習についてはA4の評価書を学期末に通知表と一緒に子どもたちに返している。評価書には、セントラルアイデアに対する理解やATLの習得度などについての教員による記述評価と、10の学習者像に対する子どもの自己評価を記録しているという。

IBとGIGAで教室風景はどんどん変化

こうしたIBやGIGAスクール構想によるChromebookの導入で、教室の風景も大きく変わった。

「とくにタブレット端末を活用する時間は増えており、子ども同士で学んだり、1人で学んだりと、黒板を使う一斉授業から学習スタイルがどんどん変わっています。タブレットや資料を基に多様な学びが可能となるよう全教室のドアを取り払い、席も決めない学習環境にしました」

ドアを取り払い、教室と廊下の境目をなくした

タブレット端末は、とくに高学年での活用が進んでいる。提出物を動画で作成させたところ、YouTuberのように生き生きと考えを述べる子もいたという。この夏休みは、6年生に自宅でタブレット端末を使ってSDGsについて調べ、記録・整理するなどの課題を出した。

全学年が1学期に2つのユニット学習を完了したが、手応えや課題についてこう語る。

「タブレット端末の活用をはじめ、子どもたちはいろいろな学び方を経験しており、IBで重視されているAgency(行為主体性)が発揮されていると感じます。とくに総括課題に取り組む中で、各自の個性がよく見えます。それぞれのよさを認めてさらに伸ばし、各教科で身に付けた力をユニット学習で発揮できるよう、苦手な部分がある子や新たな学びに戸惑っている子にはサポートをしていきたいです」

そのため、教員の学びの体制も整備した。週に1度、16時からワークショップを行い、IBの考え方を学んだり、子どもたちの学びの姿を共有したりしている。

子どもたちの思考の過程を教室の後ろなどに貼って可視化し、各教室を巡りながら子どもたちの成長を共有

また、校内でユニット学習を仕切るIBコーディネーターを任命し、毎週1コマを使って担任とIBコーディネーターが振り返りや評価の突き合わせをする時間もつくっている。

「時間管理面では大変な部分もありますが、みんな公立校初の挑戦ということがモチベーションになっています。月に1度、国内のIB校がZoomで情報共有する機会があり、そこで学びや悩みを共有できることも教員たちの励みになっています」

もともと地域の連携が強いこともあり、自主的に研修会などを行う「IB保護者アンバサダーチーム」が結成されるなど好意的な保護者は多い。だが一方、不安を感じる保護者もいる。「保護者の皆様には子どもたちが学ぶ姿を通じて理解を深めていただけたら」と、森田氏。とくに6年生が2月に行う「エキシビジョン」は注目だという。1年間かけて1つのテーマを探究した集大成を1人ひとりが発表する場で、保護者や地域の人を招いて実施する予定だ。

現在、同市立香北中学校も中等教育プログラム(MYP)の23年度認定を目指しており、同市では大宮小と香北中による「IBでつなぐ小中一貫教育」の実現を予定している。

「公立は異動があるため教員養成は課題ですが、地域の課題解決をグローバルな視点へとつなぐ教育をこのモデル校で示したい。コストの問題から市内全校への導入は難しいですが、学習指導要領と親和性も高いすばらしい教育なので、大宮小を起点にIBの考え方を取り入れた探究的な学びが広がっていくことを願っています」(田村氏)

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真と資料は香美市立大宮小学校提供)