日本の子どもたちのからだと心が「おかしい」…

――野井先生は、教育生理学、学校保健学、発育発達学、体育学を専門領域として、長年子どもの「からだ」にこだわった研究を続けていらっしゃいます。以前より、子どもたちのからだと心の“おかしさ”の実態について発表されていますが、そもそも子どもたちのからだと心の“おかしさ”とは何でしょうか。

日本体育大学での研究に加え、子どもの“からだと心”が豊かに育つことを願い、日本の子どもの“からだと心”の変化を正確にとらえ確かな実践法を探るネットワークとして、国際児童年である1979年にNGO団体「子どものからだと心・連絡会議」を結成しました。以来、保育士、教諭、養護教諭、栄養士、研究者、医師など子どもを取り巻く専門家が集まり調査・研究を重ねる中で出てきた課題が、子どもたちのからだと心の“おかしさ”です。

ここで言う“おかしさ”とは、「風邪や感染症など『病気』や『障がい』ではないけれど、『元気』『健康』とも決していえない状態」を表します。

具体的には、「授業中、じっとしていない」「すぐに『疲れた』という」「イスに座ると背もたれに寄りかかったり、ほおづえをついたりして背中がぐにゃぐにゃになる」「ネット・ゲーム依存傾向」「夜、眠れない」「アレルギー」などで、これらは、保育所から高等学校まで日本の保育・教育現場で心配されていることが、調査から明らかになっています。

――“おかしさ”の背景として考えられることは、どんなことでしょうか。

1つは、やる気、意思、集中力、判断力、コミュニケーション力など人間の“心”の身体的な基盤である大脳前頭葉機能の不活発です。

「⼦どものからだと⼼の全国的共同調査」(子どものからだと心・連絡会議、2018年実施)で保育園児から中学生まで約4200名に前頭葉機能検査(go/no-go 課題)を行ったところ、物事に集中するのに必要な“興奮”の「強さ」と気持ちを抑えるのに必要な“抑制”の「強さ」とが、ともに⼗分育っていないため、いつもそわそわ落ち着きがないという特徴を持つ「不活発型」の子どもが、調査開始当初の1969年から比べ、とくに男子でその出現率が増えています。

また、「おとなしくてよい子」とみられがちな一方で、自分の気持ちをうまく表現できない「抑制型」の子どもは、調査開始当初1969年は一人も観察されなかったのが、近年はどの年齢でも1〜2割程度存在しています。

――ほかには、どのような背景がありますか?

からだの調子を整えるために無意識に働く「自律神経の乱れ」です。「子どものからだと心・連絡会議」で、日本の子どもたちと中国・昆明の子どもたちの自律神経機能を測定したところ、日本の子どもたちは中国・昆明の子どもたちに比べ、外界からのさまざまな刺激に対し、緊張しているときに働く交感神経が過剰に反応しやすく、疲労をためやすいからだの状況になっていることがわかりました。

また、日本の子どもたちの厳しい睡眠事情も明らかになっています。日本の子どもたちの睡眠時間は、およそ100年の間に小学生で1時間程度、中学生では2時間程度も短くなっています。アメリカ睡眠協会による推奨睡眠時間に示される年代別の睡眠時間を大きく下回るだけでなく、他国のデータと比較しても、「世界でいちばん寝ていないのが、日本の子どもたち」といえるのです。

――デジタル化が進む中、ゲームやスマートフォン、タブレットといった「スクリーン漬けの生活」も気になります。

「子どものからだと心・連絡会議」で行った「前頭葉機能と生活状況・ネット依存傾向に関する緊急調査」によると、ネット依存傾向の子どもは加齢とともに増加し、中学3年生では「強い依存傾向あり」「依存傾向あり」と判定された子どもたちは、男子、女子ともに約半数にのぼりました。

さらに、スクリーンタイムが長い子どもたちと、先ほど申し上げた「抑制型」の子どもたちに相関関係があり、「心配ごとや困りごとがあるとき、家族や友達に相談できない」と回答する子どもが「抑制型」で多いことが確認されています。

日本の子どもたちの多くは、「被虐待児」?

――ご著書の中で、「日本の子どもたちのからだと心の“おかしさ”は、虐待を受けている子どもたちと同じ身体症状を呈している」と記されています。

大学院生との授業で、アメリカの精神科医ジュディス・ハーマン氏の著書『心的外傷と回復』(みすず書房、1999)を読む機会がありました。本書の第5章のテーマが「児童虐待」なのですが、「虐待を受けている子どもの多くが警戒的覚醒状態、つまり自律神経が過剰に反応している状態であり、睡眠と覚醒などの周期の乱れを呈し、落ち着いていられず、いわゆる『よい子』であろうと執拗に努力し続けている」と分析しています。

私たちは、これまで、日本の園や学校に通っている、いわば「一般的」な子どもたちを対象にさまざまな研究を行ってきました。にもかかわらず、これまでお話ししてきた子どものからだの“おかしさ”は、ハーマン氏の著書で記されている、虐待を受けている子どもたちと共通する部分が多いのです。つまり、「現代の日本の多くの子どもたちは、虐待を受けている子どもたちと同じ身体症状を呈している」と解釈できるのです。

――野井先生は、このような状況をどのように受けて止めていらっしゃいますか。

学歴至上主義社会、競争主義社会を生きる日本の子どもたちは、「生まれたときから競争を強いられている」といっても過言ではありません。小学校では「これができないと中学校に行ってから苦労する」と言われ、中学・高校では「受験どうするんだ」とプレッッシャーをかけられ、ようやく大学に入ったと思ったら就職のことを考えなくてはいけない。

ポーランドの小児科医、児童文学作家、教育者、ホロコースト犠牲者であり「子どもの権利条約の父」といわれているヤヌシュ・コルチャック先生は、「子どもには誤りを犯す権利があります」「子どもには失敗する権利があります」と述べています。でも、自己責任論がいまだにはびこる日本は、失敗が許されない風潮が強いままです。

――「公園でボール遊び禁止」など、子どもたちにやさしくない日本社会の風潮も気になります。

公園には使用禁止のテープが貼られた遊具があり、大声を出して遊べば近隣の住民からどなられます。ゲームやスマートフォンに手を伸ばさざるを得ない事情も見えてきます。

現代の日本の子どもたちは、真の意味での「子ども時代」をなくしてしまっているといっても過言ではありません。

不登校、いじめ、校内暴力、家庭内暴力、いずれも過去最多を記録し、自殺にいたっては、小中高生の自殺者数は近年増加傾向が続き、2022年では514人と、過去最多となっています。日本の子どもたちは、からだや心を犠牲にして、“おかしさ”や、いわゆる“問題行動”を通して「声にならない声」を発信してくれているのです。

――日本を含む世界196カ国が締約する「国連・子どもの権利委員会」から日本政府への勧告(2019年)において、日本の教育システム、ひいては社会システムに対して非常に厳しい懸念が示されました。日本の教育や社会のシステムがあまりに競争的なため、子どもたちが強いストレスを感じていること、それが子どもたちに発達上のゆがみを与え、子どものからだや精神の健康に悪影響を与えていることなどが指摘され、適切な処置をとるよう勧告されています。状況は改善してきているのでしょうか。

この勧告を受けた後、「子どものからだと心・連絡会議」では、2020年、子どもの権利条約を批准していないアメリカを除くOECD加盟国36カ国と中国が、「国連・子どもの権利委員会」からどのような勧告が出されているのかを分析しました。

その結果、教育制度や子どもの自殺は、日本と韓国特有の課題と解釈することができました。さらに調べてみると、「発達」と「子ども時代」に関わる問題が勧告されているのは日本だけでした。子どもたちの置かれた状況は、世界的に見ても深刻であると解釈しています。

――日本では2023年4月に「こども家庭庁」ができ、「子どもの権利条約」も徐々に認知され、「こどもまんなか社会」の実現に向け「子どもの声を聞こう」とさまざまな取り組みがスタートしています。

これは大きな前進ですが、現実的には、自ら声を発することができない子どもたちもたくさんいますよね。子どもたちの声を聞くことはもちろん大切ですが、こうした調査データにも関心を持っていたただき、私たち大人一人ひとりが想像力を働かせ、子どものからだと心の“おかしさ”について議論し、子どもたちのSOSに反応する義務があります。「豊かな子ども時代とは何か」について、社会全体で考えていく必要があると思います。

今求められているのは、教育の「遊び化」

――「豊かな子ども時代」を考えていくうえで、今、何が求められているのでしょうか。

子どもたちが、本来の意味での子ども時代をなくしてしまっている今、求められているのは教育の「遊び化」といえるのではないでしょうか。小学校に入学したばかりの子どもたちが、教師の言葉に素直に従う姿を見るとき、私たちは彼らがすでに多くのことを日々の生活や遊びの中で学んできたことに気づかされます。

チョークと黒板ではなく、遊びの中で言葉や社会性を身につける。これは、ホロコーストの犠牲になった子どもたちによる「ガス室ごっこ」、東日本大震災を経験した子どもたちによる「津波ごっこ」に共通する、人間の普遍的な姿です。子どもたちは、遊びを通して厳しい現実を自分なりに理解し、生き抜く力を培ってきたのです。

――子どもは、自ら学ぶ力をもともと持っているのですよね。

日本では、学校に入ると「遊びは学び」という言葉とは裏腹に、子どもたちは「勉強」という枠組みの中に閉じ込められがちです。「遊んでばかりいないで勉強しなさい」という言葉はよく耳にする言葉ですが、「学んでばかりいないで遊びなさい」という言葉は、ほとんど耳にしません。これは、非常に矛盾していると言えるでしょう。そういう意味では、子どもが子どもらしく生きることができる「子ども時代」をゆっくり、たっぷり保障できるような社会を、一刻も早く構築する必要があるように思います。

――教育現場では、何ができるでしょうか。

Society5.0時代を見据え、GIGAスクール構想が進んでいます。デジタルを利活用した学びは確かに大切ですが、子どもたちのからだと心の健全な成長のためには、例えば、「2時間スクリーンタイムだったら、2時間は屋外で過ごすグリーンタイムを確保する」くらいの覚悟が必要だと思います。

また、デジタルの利活用により、遠隔地の子どもたちとつながり意見交換するなど協働的な学びが効率よく実現できるようになりましたが、教師と子ども、同級生の子ども同士、高学年と低学年など、タテ、ヨコ、斜めの関係による対面での学びや遊びの時間ーー例えば、休み時間や放課後の校庭などでの“カオス”こそが、教育の本質だと私は思います。

――「校庭で遊ばせたいけれども、今年の夏は暑すぎて、子どもたちの命を守ることを最優先に考えると遊ばせることができません」という教員の声も聞こえてきます。

子どもたちの命を守ることが最優先ですし、学校のこのような考えを決して否定はしません。ただ、地球温暖化が進む今、この先もずっと、夏の異常な暑さは予想されます。ならば、短期的な視点では、「スプリンクラーがないなら設置し、水をまいて温度を下げる」。もっと大胆に、中長期的に物事を考え、「園や学校の校庭に木を植えて、将来森にする」という構想はどうでしょう。

校庭が森になれば、日陰がたくさんできますから、熱中症アラートが出ても外遊びを禁止しなくて済みますし、地球の温暖化にも多少貢献できます。サッカーや野球は別の場所を確保し、運動会は、地域の競技場を借りて開催する。今、私たち大人には、このくらいの大胆な発想の転換が必要だと思います。私たちはもっと、遊びの可能性に思いをはせるべきなのではないでしょうか。「そんなの無理だよ」と最初からあきらめるのではなく、走りながら考えることが大切だと思います。

「光・暗闇・外遊び」のすすめ

――子どもたちのからだと心の“おかしさ”を克服するためには、何が必要でしょうか。

野井 真吾(のい・しんご)
日本体育大学教授、同大学体育学部長、子どものからだ研究所長、「子どものからだと心・連絡会議」議長
教育生理学、学校保健学、発育発達学、体育学を専門として、子どもの“からだ”にこだわった研究活動を行う。『からだの元気大作戦』(芽ばえ社)、『子どもの“からだと心”クライシス』(かもがわ出版)、『子どもたち5000人に聞いた!学校で大切なこと』(大修館書店)など著書多数
(写真:本人提供)

「光・暗闇・外遊び」を提唱しています。以前、子どもたちの「元気」を測定することを目的に30泊31日の長期キャンプに参加した子どもたちの睡眠・覚醒機能、前頭葉機能、自律神経機能の変化を調べました。すると、キャンプからおよそ1週間で、眠りのホルモンであるメラトニンの分泌が夜になると増し、朝になると減るという正常なパターンになりました。

前頭葉機能、自律神経機能も改善し、「日中は太陽の光を浴びて活動して程よく疲れ、夜は暗さを感じて休息を取る」ことが、子どもたちの心を元気にすることがわかったのです。ちなみに、日中は、散歩など軽い活動でも睡眠リズムが改善することが調査で明らかになりました。

――キャンプではない普段の生活の中では、「暗闇」はどのように取り入れればよいのでしょうか。

夜は明るい光を浴びるとメラトニンが減るため、暗いほうがいいのです。そういう意味では、照明が明るすぎる家が多い気がします。ただし、真っ暗にする必要はなく、夜、リビングの照明を落とす習慣を取り入れることをおすすめしています。

ちなみに、わが家ではリビングのあかりは6個の電球のうち、3個外しています。最初は薄暗いなと思いますが、慣れてしまえば問題なく、高校2年生の娘も21時半には寝てしまいます。また、家でのスクリーンタイムが短い子どもたちは、夜、メラトニンが分泌しやすいことも、調査で明らかになっています。

――毎日塾や習い事で忙しく、常に誰かと競うことを強いられ、失敗すれば自己責任さえ問われてしまう日本の子どもたち。いちばん足りていないのは、やはり、「遊び」なのですね。

赤ちゃんに「いないないばぁ」や「高い高い」をすると、目を輝かせて笑いますよね。その年齢の子どもにとって、ワクワクドキドキ、興奮をむき出しにして楽しく遊ぶことは、子どものからだや心の発達の源です。神奈川県のとある小学校では、始業前の約15分、鬼ごっこなど自分たちがやりたい遊びを決め、校庭でからだを思いきり動かして遊ぶ「ワクワク・ドキドキタイム」を行い始めてから、5年間で落ち着きのない子どもが半分近くに減りました。

「やらされて遊ぶ」ことではなく、子どもが自ら楽しいと「ワクワク・ドキドキ」しながら夢中になれることが、大切なのです。また、子どもだけでなく、私たち大人も楽しみながら「よい加減」で遊びを探求していくことも、忘れないでいたいものです。

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:Graphs / PIXTA)