子どもが教壇に立ちクラスメートに授業をする「自学・自習」
山形県有数の温泉地、また将棋駒の産地として知られる天童市には、全国から注目を集める公立の小学校がある。天童市立天童中部小学校だ。
何がそんなに注目を集めているのかというと、全体の授業時間の約2割に子ども主体の授業スタイルを取り入れており、そのユニークな学びを一目見ようと多くの教育関係者が視察に訪れている。2018年から4年をかけて、子どもたちが自立的に学びを進める3つの学習「自学・自習」「マイプラン学習(単元内自由進度学習)」「フリースタイルプロジェクト(個人総合)」を導入したのが前校長の大谷敦司氏だ。
「長年教員をやってきて、教員が一方的に教える授業は“子どもたちが手のひらで踊らされている”、つまり子どもが学んでいるというより学ばされているだけではないかという思いがありました。もともと子どもたちは有能な学び手です。できるだけ子どもに委ねて本来の力が発揮できれば、自ら学びを進めることができるはず。天童中部小学校で校長としての最後の4年間に、温めていた思いを形にしたいと考えました」
最初に考えたのは、もっと子どもに自由な時間があるといいのではないかということ。今の学校は、先生に言われて子どもが対応するというのが基本だ。だからといって急に「自由にしていいよ」と言われると戸惑うため、徐々に自由度を上げていこうと考えて取り入れたのが「自学・自習」だった。
「自学・自習」というと、子どもが机に向かって座り各自で勉強を進めるイメージが浮かぶが、天童中部小学校の「自学・自習」は子どもたちがクラスメートに授業をするスタイルを指す。先生に代わって子どもが先生役として教壇に立ち、教科書の解説をしたり、板書をしたりするのだ。はたして、そんなことが子どもにできるのだろうか。
「よく聞かれますが、もちろんできます。子どもは毎日、先生の授業を見ていて、それをまねすればいい。やってみると、教えられる人よりも教える人のほうが勉強しないといけないことに気づきます。誰かに教えるということは、自分が深く理解していなければできないから、必死に勉強して同級生の前に立つんです。そして先生がいなくても、自分たちだけでも授業を進めることができるという手応えを感じます。こういう意識改革が大切で、自分たちだけでもできることがわかると自信がつきます」
先生役は学習係や、やりたいと立候補した児童が数人で解説・板書と役割を決めて行うが、内容は事前に先生と打ち合わせをして準備をする。学力的に高い子だからといってできるわけでもなく、誰でもやりたい子はできるようになるし、予想外の児童が思わぬ力を発揮することもあるという。
現在は実技教科以外のすべての教科が対象で、各学年でばらつきはあるものの年間100時間くらいを「自学・自習」の授業で行う。あるクラスでは「自学・自習」の授業をタブレットで録画して、出張中の担任に「こんな授業をやりました」と配信するクラスもあるほどだ。また1年生が6年生の授業を見学したり、隣のクラスを見学して学び合ったり、「次はもっと面白くしよう」と子どもたち自ら授業に改善を重ねていく。
学び方を学ぶ、単元内自由進度学習「マイプラン学習」
2年目から始めたのが「マイプラン学習」。学びのゴールを決めて、自分で計画を立て、自分のペースで学習をする単元内自由進度学習だ。
これは学期ごとに15時間程度、1年で約50時間行っている(1年生は2学期開始で年2回の30時間程度)。学習が始まれば基本的に教員は口出しをしないものの、その前に子どもが必要なプリント教材などをまとめて準備するため、ゴールデンウィークや夏休みといった長期休暇明けの時間に余裕があるときに行うことが多い。
学年の担任全員が協力して10〜20時間分の教材を作らなければならないため、大きな学校ほどメリットがあるという。天童中部小学校も児童数約700人の大規模校だが、新採の先生の育成やICTが苦手な先生をフォローできるなど、OJT(職場内訓練)の強化や働き方改革での効果も見込んで取り組み始めた。実際、先生同士の学びやコミュニケーションにも役立っている。
「2つの教科を組み合わせて単元を作り、2教科の学びを並行して進めます。年間計画を立てる段階で、どんな組み合わせなら効果があるか考えておき、近くなったところで、子どもたちの学びの様子から具体的に単元を作ります。例えば3年生では、国語の詩と理科の磁石を組み合わせました。コツは実験のような活動的な学びと、机上で行う静の学びのように違うタイプの学びを組み合わせること。子ども一人ひとりが、自分はどんな学びが得意なのかを体験することが大切ですから。子どもたちには『学習の手引き』で、それぞれの教科に取り組む目安の時間や学ぶための多様な教材を提示しますが、理科が得意だから理科を5時間にして苦手な国語をたっぷり10時間やるとか、自由に変えて構いません」
子どもたちにすべてを任せてしまうと、得意な教科ばかりをやったり、あるいは怠けたりする子も出てくるのではないかとつい懸念してしまう。先生が教えたからといって、みんなが十分に理解できるわけでもないが、学習に遅れが出たりすることはないのだろうか。
「いちばん大変なのは『子どもだけでは学べないのでは』と考える教員の意識改革です。子どもたちは有能な学び手なので見通しを持てれば、きちんと計画を立ててやります。必ずしも全員がうまくいくわけではありませんが、思ったように学べなかったとき、自分の計画がいい加減だったからとか、サボッたからと自覚するのと、教え方が悪かったからと先生のせいにするのとでは、どちらが次につながるか。自分の学びに責任を持つことが大切なのです」
「マイプラン学習」の様子を見てみると、楽しそうに実験を行う子、寝転びながらノートを取る子、友達と頭を突き合わせて教科書を広げる子などさまざまだ。教室だけでなく、どこでどんなスタイルでやってもいいから、社会の勉強をするために理科室に行って、資料をテーブルいっぱいに広げて学ぶ子もいる。
「ある子は『てこの実験』で、等距離に物を吊るして重さが等しいと水平になるかどうかを調べるために3セット分の分銅を使って試していました。通常は1セットでやりますから、普段の授業でやられると先生は困ってしまいますよね。でも私は、これでもかとしつこく調べた子どものほうが、学びが深いと思いました。中には、小学校の学習の枠を超えて文献を調べたり、ネットで検索したりしてどんどん先に進む子どももいます。こういう姿を見ていると、われわれが狭い枠組みの授業をすることで伸びる子の芽を潰しているような気もします」
通常の授業では物足りない“浮きこぼれ”といわれるような才能のある子たちも、「マイプラン学習」であれば伸び伸びと学ぶことができるのもメリットだ。本来、どういう学び方が自分に合っているかは一人ひとり異なる。先生の話を1回聞いてわかる子もいれば、繰り返し聞かないと理解できない子もいる。好き嫌いも、学ぶスピードも違う。
ゴールまでたどり着ければ、どの方法で学んでもよいはずなのに、一斉授業では同じ方法、同じスピードに子どもたちが合わさなければならない局面も多い。いわばマイプラン学習は、どんな方法が自分にとっていちばん最適なのか、学び方を学ぶ授業でもあるというわけだ。さらにマイプラン学習では、学びを通して人間関係も磨かれるという。
「子どもって、わからないと聞きに行きますよね。最初は、苦手な子が質問をして得意な子が教える。でも、必ずしもうまく説明できるとは限らず、わかっていたつもりの子も、もう一度一緒に考え出す。『一人学び』がある程度進めば、自然発生的に協働的な学びが起こるんです。できるようになりたい、わかりたいという共通の思いがあるので、人間関係もよくなっていく。マイプラン学習がうまく進んでいると、自然発生的な学び合いが生まれ、納得すれば、また『一人学び』に戻っていくという姿をよく目にします」
各自テーマを決めて取り組む「フリースタイルプロジェクト」
そして最後の4年目に取り組んだのが、集大成でもある「フリースタイルプロジェクト」だ。いわゆる自由研究で4~6年生を対象に、20時間を1セットにして夏休みや冬休みごろ、前期・後期の2回行う。テーマもやり方も子どもたちに任せていて、「リニアモーターカーの試作」をはじめ「世界の切手のデザイン」「『ピタゴラスイッチ』の装置制作」「ピアノの練習」「ミョウバンの結晶づくり」など、テーマは多岐にわたる。
いちばん難しいのはこのテーマ選びで、なかなかテーマが決まらない子は先生と何度も話し合う。一人ひとりテーマが異なるため、昔ならば多くの先生がいないとできないことだったが、今はタブレットで検索などをしながら各自で進められる。テーマはもちろん異なるものの、要は高等学校で行っている「探究」と同じプロセスであり、こうした経験が高校、さらには大学の卒業論文や研究にも生きるという。
「子どもたちが活動を行っているときには、先生も自分のテーマを決めて『フリースタイルプロジェクト』に取り組みます。先生は子どもたちにとって影響が大きい学習環境なので、自分たちと同じように没頭して取り組んでいる姿は、教育効果が高いと思うのです。先生方も才能豊かで、絵本を創作したり、コンピューターでデザインをしたりと楽しそうですよ」
授業の最後には、報告会も実施する。タブレットに全員のテーマと発表の場所が送られ、子どもたちは自分たちでスケジュールを決めて発表を見に行く。この報告会には3年生も参加し、来年自分たちが取り組むことになる「フリースタイルプロジェクト」の参考にする。
ここまで聞いて思うのは、今までにないやり方をこれだけ大胆に取り入れるまでには、先生や保護者の反対もあったのではないかということだ。
先生には事前にメリット、デメリットを説明したが、やはり無理だという先生もいた。だが「必ずやってください」とは言わずに、まず「やってみてもいい」という先生にお願いして、高学年から少しずつ始めていったという。チャレンジしたクラスで子どもたちの姿が変わり出すと、その後は自然にほかのクラス、学年へと広がっていった。
保護者も同じだ。毎日の授業の様子をホームページにアップして情報共有はするものの、子どもたちが家に帰って「授業が面白かった」と言えば、子どもたちの姿を見て親は評価をする。何かを変えるときに丁寧な説明は必要だが、全面的に賛成を得ることは容易ではない。先生にも保護者にも、子どもたちの姿で成果を見せることが、いちばんの近道ということなのだろう。
「特別支援の子どもたちも『自学・自習』『マイプラン学習』『フリースタイルプロジェクト』に一緒に取り組んでいます。同じコンテンツでは難しいこともあり、障害に合わせて教材を工夫する必要はあります。しかし、学ぶ内容は違っても同じ学び方で学んでいくのは、同じ学校で生活しているのですから当たり前です。特別支援の子たちのほうが集中してやっているということも多く、一緒に学ぶことでみんなが成長できると考えています」
すべての子どもが国籍や人種、宗教、ジェンダー、障害のあるなしにかかわらず一緒に学べるインクルーシブ教育には、現在のクラス規模では難しく理想論という声が多いが、授業スタイルの工夫で同じ教室で学ぶことも可能ということだ。さらに、こうして新しく取り入れた3つの学習が、全体の8割の授業にも好影響を与えて相乗効果をもたらしているという。
「先生にも『教える』必要のない時間ができたことで、余裕を持って授業ができるようになりました。子どもたちも、これまではどこに連れていかれるのかわからない状態で授業についていっていましたが、だんだんと先生がこの授業ではどんな所を工夫して、どこをポイントにしているかがわかるようになった。あるレベルまでは先生が引っ張らなくても授業は進むと考えているのですが、深いレベルまでいくには、やはり先生の力が必要。子どもたちも、先生と一緒に学ぶとやっぱり面白いと言ってくれるようになりました」
今や全国から注目を集める天童中部小学校だが、こうしたユニークな授業スタイルを自校でも取り入れたいという学校も多いのではないか。そのために注意すべき点を尋ねると、この授業スタイルが広がっていくことを決して望んでいるわけではないと大谷氏は話す。
「天童中部小学校は、特別な学校ではありません。やろうと思えばどんな学校でもできます。子どもは有能な学び手です。信じて任せれば、自分たちで伸びていきます。ただ形だけをまねるのではなく、自校の子どもたちをよく見て、どういうことをやれば力が伸びるのか、考えることが大切だと思います。 われわれが考えたのは表面的な学力向上ではなく、子どもが幸せになるための本当の意味での学力向上に向けた支援です。彼らが将来社会をつくっていくためには、自分で学ぶ力を伸ばさなければならない。そのために学校が、覚悟を持つことが必要ではないでしょうか」
(文:柿崎明子、編集部 細川めぐみ、写真:大谷氏提供)