自分が「知りたい」と思うことは、周りの保護者も知りたい
「子どもが通う小学校のPTAは、毎年子ども1人につき、役員・委員・係のいずれかを担う『1児童1分担制』だったのに加え、各委員会は各クラス1名ずつの委員で構成され『6年間で必ず1回は委員をやらなければいけない』というルール。6年生の委員を決める4月の保護者会はギスギスした雰囲気でした。親が心地よくなければ、子どもも居心地が悪くなる。文句ばかり言う大人を見たら、子どももそれが当たり前だと思う。そんな学校にはしたくない、保護者が気持ちよく前向きになれるPTAを目指したいと思いました」と言うのは、練馬区の公立小学校(児童数:約700)で、2020〜21年度にPTA副会長を務めた相島幸恵氏だ。
上の子が小1の時に区内に引っ越してきた相島氏は、その翌年、PTA広報誌を制作する広報副委員長として初めてPTA活動に関わった。「広報委員が決まらず、じゃんけんで決めようと。じゃんけんで負けてやるくらいなら、最初からやろうと手を挙げました。実際に活動してみると、学校のHPや学年だよりなどで発信されている、学校行事や各学年の活動写真の掲載に終始しており、『手間暇かけて作る意味があるのだろうか』と、素朴な疑問を抱きました」という。
「『本部や委員が何をしているのかわからないから、PTAをやりたくない』という声が多い」と感じた相島氏は、18年度に広報委員長になると、「広報誌を通してPTAの活動を保護者に知ってもらいたい」との思いから、「知りたかった!○○小PTA委員会の活動」と特集を組み、各委員会の仕事内容や年間スケジュール、経験者の声を写真、カレンダー、文章で可視化した。
19年度にはPTA役員候補者の選出を行う指名委員長に就任。「インタビューで知る!PTA役員・監査の実態」をテーマに冊子を作製、配布し、PTA役員や監査の活動内容の周知に努めた。
「『PTAのここがおかしい』『ここが知りたい』と自分が思っていることは、たぶん周りの保護者も同じ。ならば自分から声を上げ、行動することで、みんなの役に立てるのではないかと思いました」と、相島氏。
PTA活動について保護者アンケートを実施
相島氏は20年度にPTA副会長に就任したが、コロナ禍によりPTA活動はほぼ中止になった。
「この状況の中でやれることを」ということで、志を共にするPTA会長や本部役員とともにオンライン化を推進。役員、委員のオンライン会議、LINE WORKSによる役員間の情報共有、PTAのメールアカウント作成などに着手するとともに、『1児童1分担制』といったこれまでの体制からの改善への第一歩として、講師を呼び保護者向けのイベントを企画・運営する教養委員会の廃止をはじめ、委員会の廃止・縮小、統合などを行った。
21年度は、今後のPTAの体制について議論を深めることを目的に、Googleフォームで全保護者に向け、PTA活動経験やPTAに対する意識などについてアンケートを行った。
「約500世帯中300を超える回答が集まりました。『1児童1分担制』については、『積極的に参加したい』と回答した保護者は1割にも届きませんでした。『やってみたら、思っていたよりも負担感は少なかった』という声も少なからずありましたが、多くの保護者が何らかの強制感を感じていることが明らかになりました」
保護者が気持ちよく前向きに参加できるPTAにしていくためにはどうすればよいか。PTA任意加入の明文化や加入届の整備も同時進行しながら、保護者に声をかけて座談会も開催し、議論を重ねた結果、これまでの1児童1分担制は廃止。「各委員会は、必要な人数をクラスや学年にとらわれず学校全体の保護者から募り、別途人手が必要な場合は、都度ボランティアを募集する任意参加型のスタイルで運営する」という議案が、22年3月のPTA総会で決議された。
PTA活動にも多様性が求められている
もう1つ、相島氏が行ったのが、「PTA活動の多様性プロジェクト」だ。
「PTA活動を通して、外国籍で日本語があまり理解できない保護者の方が、学校のことを知りたいと思ってもその方法がなく困っていること、足に障害があり、学校に1人で足を運べない保護者の方が、『1児童1分担制だから』ということである委員を請け負ったものの、委員内でお互いに気を使いすぎて有意義な活動につながらなかった事例に出合いました。これからの時代、PTA活動にも多様性が求められています。さまざまな背景を持つ保護者に、活動で難しかったことや大変だったことなどについて話を聞き共有する必要性を感じ、会員から有志を募ってプロジェクトを立ち上げました」
22年3月に発行したPTA広報誌に「いろんな人のPTA活動」をテーマとしたページを設け、多様な保護者の実情を伝え、「多様性が尊重される時代。知らないを『知る』ことから始めよう」と呼びかけた。保護者から「やりたくない人の声が掲載されていてよい」「事情がある人の気持ちを知ることができた」などの反響があったという。
「一緒に取り組んだ役員とともに、ネガティブな意見をどうポジティブに、よりよいPTAに生かせるかを考え、時間をかけて丁寧に“人”と向き合いました。人間力が上がる取り組みだったと思います」
22年4月から、新体制での活動がスタートした。本部役員12名の下、委員6名、お手伝い66名が集まり活動に取り組んでいる。
「新体制になるまでに2年かかりましたが、保護者が気持ちよく前向きに参加できるPTAに一歩近づけたのではないかと思います。大切なのは、本部が一方的に進めるのではなく、アンケートで保護者の意見を集めたり、座談会やプロジェクトを呼びかけたりなど、保護者と一緒に進めていく意識をつねに持つこと。また、一保護者として『おかしいな』『どうしてだろう』と思ったら、まずは声を上げることが、最初の一歩なのではないでしょうか」
PTAで、「ぱ(P)っと楽(T)しく遊(A)びましょう」
「会長に就任した当初から『PTAは任意加入のボランティア団体です。できる人が、できる時に、できることをする、それぞれのご家庭の事情はさまざまなので、義務や強制はやめましょう。PTAで、『ぱ(P)っと楽(T)しく遊(A)びましょう』と発信してきました」と言うのは、新宿区の公立小学校(児童数:約500)で18年度からPTA会長を務め、今年で5期目を迎える石橋健次氏だ。
ちなみに、「ぱ(P)っと楽(T)しく遊(A)びましょう」は、音楽ユニットPerfumeが、ライブで「ぱっと楽しく遊ぼう(Patto Tanoshiku Asobou)」の頭文字を取ったP.T.Aコーナーを設けており、そこから借りてきた言葉だという。
3人の子どもを持ち、一人のPTA会員として、学校の手伝いなどのPTA活動に関わってきた石橋氏。「女性の参加が多い中、男性で学校にちょこちょこ顔を出していたのが珍しく、頼みやすいと思われたのか(笑)」(石橋氏)、いちばん下の子が小2の時、他薦によりPTA会長に就任した。
「子どもたちがお世話になった恩返しの気持ちもあり、引き受けることにしました。ちょうどその頃、勤務先でコンプライアンスの推進を行う部署にいたこともあり、PTAにおいても理不尽な強制はあってはいけないと。それまでも強制加入ではありませんでしたが、とくにPTAに初めて関わる新入生の保護者には、入学後の保護者会のときなどに、折に触れて任意加入であることを説明しました」という。
委員会・係を廃止し「チーム制・エントリー制」へ
強制加入ではなかったが、組織や運営方法は旧態依然としていた。
「それまでの組織は、PTA本部の下に6つの委員会、6つの係があり、役割が非常に多かったです。それぞれの人数も多く、保護者一人ひとりの負担を軽減することを目的とするという名目で『1家庭1制度』とされ、ほぼ全員の保護者が何らかの役割に就かなければならない状況でした。加えて、『6年間で最低でも1回は委員(本部役員を含む)に就くこと』というルールがあったのです。理由があってPTA活動ができない保護者の不安感をあおってしまったり、『何もしない人は許さない』といった空気が漂ってしまったりするのは、PTA本来の姿ではないと感じました」
前年度までのPTAを牽引してきた役員が引退した後の本部役員は、石橋氏を含め働いているメンバーが多く、“役員若葉マーク”の保護者ばかりだったというが、「だからこそ、自分たちでこの状況をなんとか変えていこうと“決起”しました」と、石橋氏。
これまでの活動の一つひとつを見直し、
・ その活動に意味はあるのか、無駄はないか。
・ その活動は、「これまでやってきたからやらねばならない」からのスタートになっていないか。
といった視点から、議論を重ねた。忙しいメンバーが多く対面で集まる機会を設けることが困難だったため、Slackが議論の場となった。
保護者にもPTA活動に対するアンケート調査を行った結果、「活動時間が合わない」「業務量が多い」「活動の意義が見えない」という声が多く上がり、会長2年目の19年度末、これまでの1家庭1制度を廃止。新しく「チーム制・エントリー制」への移行を決定した。
「チーム制・エントリー制」とは、「校外チーム」「広報チーム」など13のチームを決め、それぞれの活動内容、活動時間、ゴール(意義)を明確化し、保護者から「これならできそう」「これならやってみたい」というチームにエントリーしてもらう仕組みだ。
「学年やクラスから○人」という枠を取り払って全学年から募り、希望者の人数を見ながら本部役員が調整を行い、チームに人が集まらなかったら、その活動は行わない、というルールとした。
「PTA活動は、やりたい人、やれる人がいて成り立つもの。それがそろわないということは、『ニーズがなかった』と判断しようと。無理に人を集め、誰かが自分の人生を犠牲にしてまで活動することのないよう配慮しました」
22年度はさらに組織、活動をシンプルに
20年度から新体制がスタートしたものの、20年度、21年度はコロナ禍のためPTA活動ができず、結果としてチーム制・エントリー制は実際の動きがないまま終了した。「チーム制にしてよかったかどうかの検証ができず残念でしたが、この改革を機に、22年度はさらに組織をシンプルにしました」と言う石橋氏。
PTA本部以外に、委員はPTA運営のサポートを行う学年委員を各学年1人ずつ配置したのみ。そのほかは「ちょこっとお手伝い」と称し、校内・校外行事などのお手伝いが必要なとき、会員に対して都度お手伝いを募集するスタイルにしたという。ちなみに、22年度のPTA加入率は、約95%だ。
「加入・未加入で児童への対応に差を設けることがないため、余計な労力をかけてまで未加入者や退会者の記録やカウントを行っていません。未加入世帯が若干数ありますが、そもそもPTAは任意団体なのだから、ある意味本来の姿なのではないかと思っています」
6月に運動会が行われたが、「学年ごとに保護者の入れ替えを行う必要があったため、PTAから学校に申し出、保護者の入れ替えのときのサポートのお手伝いを行いました。お手伝いは1週間前に募集したのですが、16名の保護者が集まりスムーズに運営できました。日常生活がコロナ前に少しずつ戻りつつある中、このようなシンプルな体制でやっていけるのか正直不安もありますが、やりたい人、できる人が前向きに楽しみながら活動できる風土を引き続きつくっていきたいと思います」。
旧態依然とした組織を変えていくには、時間もエネルギーも必要だ。議論を進めていくうちにハレーションを起こすこともあるだろう。しかし、キーパーソンを中心に、自分たちが目指すPTAの形を共有し、“動きながら考える”ことができる本部体制があれば、改革に向けて走り出すことは可能だ。「PTAは何のためにあるのか」「何を目指すのか」、まずはこの対話から始めたい。
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:A_Team / PIXTA)