ベースにあるのは「デジタル・シティズンシップ」の考え方

2022年7月、宮城教育大学附属小学校のある日の6年3組「CS科」の授業をのぞかせてもらった。単元名は「インターネット上の情報の特徴を調べよう」。

まず、担任教諭の上杉泰貴氏が、仙台市内の路上にクマが出没したというインターネット上のニュースと、16年4月の熊本地震の直後に動物園からライオンが逃げたというSNSの情報を紹介。子どもたちは「情報発信者は何を伝えたかったのか」について意見を出し合った。

宮城教育大学附属小学校で6年生の担任教諭とCS科主任を務める上杉泰貴氏

クマの出没情報は「近くの住民に気をつけてと警告している」といった意見に集約され、ライオンの逃走情報はほぼ全員が偽情報と見破り、「注目されたかった」「バズりたかった」といった声が上がった。

さらに「最近、偽情報による社会への影響が大きくなっているのはなぜか」について話し合うと、インターネットやSNSは「簡単に情報を発信しやすい」「情報が共有、拡散されやすい」、アプリを使うと「写真加工が簡単にでき、偽の情報をつくりやすい」など、それぞれの特性と関連づけた意見がたくさん出た。

そのうえでGoogle Classroom上で疑似的にインターネット上の情報がどう拡散するのか体験したり、アプリで実際に写真加工を行ったりして学びを深め、今後インターネット上の情報とどのように関わりたいかを自ら考えるところでこの日の授業は終了した。

インターネット上にあふれる偽情報や誤情報をフックにしているが、単にリスクの知識を詰め込むスタイルではなく、いわゆるメディアリテラシーを学ぶ内容になっているのが印象的だった。実際、デジタル・シティズンシップの視点がベースにあると、CS科の主任でもある上杉氏は語る。

「デジタル端末を持った時点で、子どもたちはデジタル社会の一員になってしまいます。その中でコンテンツを消費するだけではなく、人とのつながりや自分の行いがデジタル社会にどのような影響を及ぼすのかを考えるには、単に端末の使い方を教わるだけ、あるいは『危ないから使わない』といったモラル教育では見えないと思うんです。だからCS科では、デジタル技術のポジティブな価値や、リスクを知ったうえで自分はどうするかという視点を大事にしながら取り組んでいます」

そのため、年度の最初にはいつも「コンピューターは人を幸せにするための道具として発展してきたんだよ。みんなもそういう使い方ができるよう、仕組みを知って自分がどう考えればいいのかを一緒に考えよう」という前提を共有しているという。同じくCS科担当で2年生の担任を務める新田佳忠氏も、「とくに低学年には、コンピューターは私たちの生活を豊かにしてくれるということを伝え、リスクばかりに目が行かないよう意識しています」と話す。

体験的・探究的な活動を保障して情報活用能力を系統的に育む

同校の情報教育への取り組みは早かった。2018年度に「情報」の時間を設け、情報活用能力の育成やプログラミングのカリキュラム開発に着手し、19年度には宮城教育大学教授の安藤明伸氏の助言も得て「情報の科学的な理解」の扱いを含めた「CSの時間」をスタートさせた。

さらに20年以降は、附属小、大学、NPO法人みんなのコードの三者協働の実証研究プロジェクトとしてCSを教科化し、カリキュラム開発と授業研究に取り組み、公教育におけるCS教育のモデルケースの作成を進めている。

CS科は、米国のCS教育を推進する各種団体が作成したガイドライン「K-12 Computer Science Framework」を参考に、「コンピューターの仕組み」「ネットワーク技術」「アナログとデジタル」「データと分析」「メディアの特徴」「プログラミングとアルゴリズム」「コンピューティングと社会の関わり」という7つの柱と、「情報モラル教育」という要素で構成し、学年の発達段階に応じて系統的に学びを展開している。

小学校で必修化されたプログラミング教育では「コンピューターに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付ける」(学習指導要領総則)ことが示されたが、CS科はこれに加えて「情報やコンピューターの特性を実感」し、「デジタル社会の歩き方を見いだす」ことができる授業を構想している点が大きな特徴だ。

具体的には、プログラミングにとどまらず、コンピューターそのものや、冒頭の授業のようにデジタル化された情報を学びの対象とし、体験的・探究的な活動に浸る時間を保障することで、情報活用能力を系統的に育んでいくことと、コンピューターとの適切な関わり方を身に付けていくことを目標としている。

2021年度の2年生の授業では、校内のWi-Fiのつながりやすさを調査する体験活動を実施

このような実証研究を始めるに至った理由について、上杉氏はこう説明する。

「海外のプログラミング教育はCS教育の一環として行われていますが、先進国の中でプログラミング教育に特化しているのは日本だけ。日本の公教育においても広義的なCS教育が重要であると感じました。また、教えなくても端末を使いこなす子どもたちを見て、それがコンピューターのよさであると思うのと同時に、自覚のないまま情報を消費するだけになってしまってよいのかという危機感を抱いたことも原点になっています」

基本的にはCS科担当の教諭が授業の指導案を作るなどして校内でCSを推進し、各学級の担任が授業を実施するという体制を敷いているが、初年度には取り組みが一部の教員にとどまってしまった反省から、21年度より校内の組織改善を図った。

年3回CSに関する講演とグループ協議を行う全体会に加え、新たに校内にCSワーキンググループを発足。これにより各担任のCS科に対する理解向上や組織的な広がりが見られたという。

「組織改善により各学年に授業内容の検討を任せる仕組みもでき、先生方から『いい教材はありませんか』『こういう授業をやりたい』といった相談が多くなりました。今振り返ると、『教科書がないのでわれわれが頑張って指導案を作り込まないとほかの先生たちが困ってしまう』という思い込みがよくなかった。先生方がCS科を自分事として捉えるようになったのは大きな成果。今年度はさらに学年の創意工夫が生かされるよう、指導案は狙いも仮置きにして提案の体裁で校内に下ろしました。いろんな視点からの授業ができていくといいなと思います」(上杉氏)

新田氏も「最近では、先生方から『CS、面白いな』とか『子どもも変わってきた』という話も聞くようになりましたね」と話す。また、教員アンケートの結果によれば、CSに取り組んだことで、教員間でのICT活用スキルの格差が縮まったと考察できる成果も出ているという。

成果から見えてきた「CS教科化」の意義とは?

コロナ禍の前からCSに取り組んでいるからか、GIGAスクール構想により1人1台の情報端末が入ったときも大きな混乱はなかったそうだ。そのほかにもいろいろな場面で子どもたちの成長を感じるという。

例えば、2020年度と21年度の6年生の「AIってなんだろう」という授業では、機械学習を用いたプログラミングを実施。どのような場面で活用できそうか考えさせたところ、図書室の整理にAIを使った画像認証技術が生かせないか主体的に試そうとする姿が見られた。

2020年度の6年生のAIの授業。習字のお手本を学習データとしてプログラミングした児童が、友人の文字がお手本に近いかを外付けカメラを使って判断している様子

「自分たちで価値を見いだしていける姿勢は、まさに目指す姿の1つ。今の6年生も20分程度のマイクロビットの体験を基にすぐ活動に入れるなど、学年が上がるにつれて応用力も上がってきていると感じます」と、上杉氏は語る。新田氏も、「端末やネットワークに不具合が生じると自分たちでトラブルシュートしており、冷静に目の前の事態を考えられる力が身に付いてきている気がします」と話す。

宮城教育大学附属小学校で2年生の担任教諭とCS科担当を務める新田佳忠氏

一方、課題もある。実は20〜21年度のCS科の授業時数は年間10時間だったが、3年目となる22年度は20時間に拡大した。時間が倍増したことで自由度を持って系統性をデザインできるようになったが、同時に授業づくりには難しさも感じているという。

「子どもの文脈に沿うことを大切にして体験を重視してきましたが、この3年間を通じてとくに低学年は見たり触ったりといった活動を土台にすることが大切だということがわかりました。そのため系統性を持たせるのが難しい部分もあり、探りながらやっています」と、新田氏は明かす。

2021年度の3年生の「遊びアップデート」の授業。センサーを活用し、遊びをより楽しくするためにプログラミングを試行。「低学年ほど遊びをベースにし、高学年は主体的な判断や行動に迫るなど、発達段階に応じた内容を大切にしています」(上杉氏)

また、22年度は人事異動によって担任の3分の1以上が入れ替わったこともあり、学校全体でCS科の価値観を共有することの難しさにも直面している。「研修内容を含め、今後は人事異動にも耐えうる取り組みが必要」と上杉氏は考えている。

同校の実証研究は、30年ごろに改訂が予定されている次期学習指導要領への教科としての導入も見据えた取り組みだ。小学校段階からCSを教科化する意義として、「早くからほかの教科にも転用できる確かな情報活用能力が身に付くので、取り返しのつかないトラブルを起こす事態にはなりにくいと考えられること」(上杉氏)、「SNSの問題点など、ほかの教科では扱いにくい重要な内容をタイムリーに提供できること」(新田氏)などを挙げる。

「この3年で、コンピューターの事象に『なぜ?』を持たせることが情報の科学的理解を促すことが見えてきました。そこから主体性が生まれれば問題解決や表現のツールになっていくし、デジタル社会を歩んでいく判断・思考につながることも実感しています。最終的に、子どもたちが『CSの目』で事象を捉えるからこそ積み上がっていくものをより明らかにできたらいいなと思っています」(上杉氏)

22年11月には実証研究の最終年次発表会を行う予定だ。とくにデジタル・シティズンシップの視点に基づくプログラミング教育やGIGA端末の授業活用などに悩む学校関係者にとっては、役立つ情報が得られるのではないだろうか。

(文:田中弘美、写真:宮城教育大学附属小学校提供)