授業はすべて英語、全学生に1年間の留学義務
「授業はすべて英語の少人数制」「1年間の留学義務」「新入生は1年間寮生活」といった特色ある教育で知られる国際教養大学。一般の学生にとっては、かなりハードな挑戦になるように思われるが、こうした教育の狙いはどこにあるのか。2021年に学長に就任したモンテ・カセム氏は、次のように語る。
「私たちは学生に“エクセレンス”(優秀性、卓越性)を求めています。それも国内のエクセレンスではなく、国際的なエクセレンスです。そのために初代学長の故中嶋嶺雄氏(元東京外国語大学学長)は、発信力が弱い日本でグローバルリーダーを育てるために、まず国際社会の中で堂々と自分の考えを英語で主張できる人材を育成することに努めました。それを引き継いだ2代目学長の鈴木典比古氏(元国際基督教大学学長)はリベラルアーツ教育の本質を根付かせようと、言語力、コミュニケーション力、発信力だけでなく、他者への思いやりや愛が人間社会の形成に必要なことを説き続けてきたのです」
とくにこの10年間は、アメリカの名門リベラルアーツ大学をベンチマークとして、世界の名門大学に比肩する大学づくりを目指してきた。現在、定員は175名(4月入学165名、9月入学10名)で、キャンパス内の学生のうち4分の1は海外からの留学生だ。教員の約6割は外国籍の教員で、残り4割の日本人も海外の大学で修士号や博士号を取得した教員が多い。授業は基本的に英語で行われ、ディスカッションも英語、レポートもすべて英語で提出しなければならない。
「私たちの大学は、英語を学ぶ大学ではなく、英語で学ぶ大学。英語を土台とし、留学でさまざまな体験をしていくことを前提としているのです」
すべての学生に1年間の交換留学が義務付けられており、海外の提携大学は52カ国・地域200以上に上る。語学留学ではなく、専門科目を学ぶ。集団派遣ではなく少人数派遣を前提とし、授業料は相互免除、留学中の取得単位は卒業単位に認定される。
「学生には留学先大学を第6希望まで挙げてもらい、1カ所に固まらないように分散させています。学生は希望の大学に必ずしも行けるわけではありませんが、GPA(国際基準である成績評価)が重視されるため、留学先を重視する学生は一生懸命勉強することになります。また、本学に納める授業料で海外大学に留学できることもメリットの1つだと言えるでしょう」
同大は公立大学であり、年間の授業料は69万6000円。住居費や渡航費などの負担は別途必要だが、一般的な海外留学に比べかなり少ない費用で留学できる。
トップクラスの偏差値、背景に多様な入試制度
互いに支え合って学ぶ環境が整っている点も同大の特徴だ。
「大学図書館(タイトル上の写真)は24時間365日利用でき、多くの学生が遅くまで勉強に励んでいます。また、グローバルコミュニティーで生活するスキルを得るため、新入生は1年間の寮生活を義務としていますが、2~4年生の8~9割はそのままキャンパス内での生活を継続していますね。寮生活の中での交流を促すよう場づくりも工夫してきましたが、今後は学生の自発的な活動や課題解決の成果を発信できるような場づくりもしていきたいと考えています」
ちなみに寮費は55万4600円(2023年度)必要になるが、これには11.5カ月分の家賃、長期休業期間などを除いた8カ月分の食費(1日3食)、退去時清掃費、光熱水費、冷暖房費などが含まれている。東京での大学生活を考えれば、割安と言えるだろう。
同大のCLA+(書く力と批判的思考力を定量的に計測するアメリカのテスト)の結果によると、卒業時の学生の「データ・リテラシー能力」はアメリカの学生平均を上回っており、「論理的に書く力」と「問題解決力などの応用力」においてもアメリカのノン・ネイティブ(母語が英語でない)学生の平均を上回っているという。
現在の入試偏差値は、60後半~70台とトップクラス。早稲田、慶應、ICUなどと同格と見られているが、一定の基礎学力に加え、多彩な能力を備えた学生を選抜するため、入試はさまざまな工夫をしている。
例えば、入学前のボランティア活動などを評価する「ギャップイヤー入試」、問題解決型合宿での活動を評価する「グローバル・ワークショップ入試」など16種類もの多岐にわたる入試制度を用意しているのだ。入学時期は、4月と9月の年2回で、最大6回もの受験機会がある。
「自身の考えを問うような入試にしており、学力だけではなく資質やポテンシャルを重視しています。その結果、基礎学力の高い受験生がたくさん集まってきます」とカセム氏は話す。
独自の選抜や教育の結果、進路実績でも成果を挙げており、就職先は三菱商事やトヨタ自動車、ソニーなど著名企業が名を連ねている。「配属先を見ると国際的な部門が多く、各企業の今後の展開に貢献している印象が強い」とカセム氏。大学院進学においても東大・京大だけでなく、オックスフォードやケンブリッジ、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)、フランスのINSEAD(インシアード)など名門大学に人材を送り込んでいる。
「デザイン・テクノロジー・データサイエンス」が必須
開学から20年。3代目学長のカセム氏(元立命館アジア太平洋大学学長)は、先行き不透明な時代を踏まえ、リベラルアーツの中に学際的専門性を取り入れるべく、2021年度から「応用国際教養教育」(Applied International Liberal Arts: AILA=アイラ)」を導入した。社会課題を解決していくための統合知と人間力を強化することが狙いとなっている。
「西洋社会は思想に価値を置いてきましたが、世界の新興国や発展途上国では物事はやって見せて証明しなければ信用してくれません。新たな価値の創出には、思想を行動につなげることが大切です。例えば、本学が所在する秋田県の社会課題を解決できれば、その手法をグローバルに展開することも可能となるでしょう。そうした力を養うため、グローバル・スタディズ(GS)、グローバル・コネクティビティ(GC)、グローバル・ビジネス(GB)という3つの学際的領域から1つの領域を選択する形で専門教育を展開しています」
広範な知識を養うGSではサステナビリティーを導入、GCでは先端科学技術と人文科学を学べるなど、DXやGXが重視される時代にマッチしたカリキュラムとなっている。GBではそれらをビジネスとして展開していくための素養を学ぶが、とくに数理分析に力を入れているという。
「経済的価値に囚われず新しい価値を生み出すためには、デザイン、テクノロジー、データサイエンスが必須だと考えています」とカセム氏は強調。また、今や先進国だけでなく、人口の多いグローバルサウスの国々の力も無視できなくなっていると指摘する。
「最近はコンサル系企業に就職する学生も増えていますが、そうした会社は少数の人間に高い給料を払うようなところが多い。しかし、国際社会全体の水準を引き上げるためには、日本とグローバルサウスの架け橋となるような仕事も欠かせません。日本人はあまり自覚がありませんが、日本は災害リスクに対する知見などが豊富なサイエンス大国です。そうした日本のサイエンスや文化を世界に発信できるような人材を育成していきたいです」
「国際的なイノベーションハブ」になる
同大のキャンパスは秋田県にある。地方を嫌がる学生も少なくないが、アメリカの名門大学は大抵、地方の郊外にあり、勉強に集中できる環境が整っている。同大も同様だ。といっても、秋田空港からは車で10分弱、東京からは飛行機で1時間程度しかかからない。このアクセスのよさをPRして国際的なイノベーションハブになっていきたいとカセム氏は意気込む。
「秋田県は、2028年には自然エネルギーの国際的な拠点になっていると思いますが、県内でそのエネルギーを消費する産業がまだ十分ではありません。本学を拠点にイノベーティブなスタートアップ企業を根付かせるのが、次の長期計画の基本方針です。2021年には『秋田県における人材育成の活性化を目的とした産学金連携に関する協定』も締結しており、卒業生と学生もつなぎながら新しい産業をつくれるような人材を育てていきたい。また、欧米の名門大学院に進む学生も多いのですが、国内や地元にも優秀なグローバルタレントをつなぐ必要があると考えており、東北大学や奈良先端科学技術大学院大学との連携もより深めていきます」
多くの実績を残してきた国際教養大学。カセム氏は今後の大学のビジョンについてこう語る。
「リベラルアーツを学ぶ強みは、知の基礎を学び、それを統合して応用できることにあります。AILAをあらゆる側面で成し遂げ、1つの教育手法として世界に発信していきたい。また、本学は教育には強いのですが、課題は研究が弱いところ。エデュケーション(教育)は本来、ティーチング(教導)とリサーチ(調査研究)の融合でなければなりません。お互いが進化し、刺激し合わなければ教育は前進しないのです。大学院の高度化・強化は今、そのシーズをまいている段階で、これをいかに大きく育てるかがこれからの課題となるでしょう」
(文:國貞文隆、写真:国際教養大学提供)