LINEを活用、「最初に履歴書提出」をやめた
「病休、産休、育休などで正規教員の欠員が出ても、ここ数年は、県教委から代替講師が配置されない状況が続いています」
そう語るのは、生駒市教育委員会事務局 教育指導課 教育政策室 主幹の杉山史哲氏だ。2023年2月の段階では、市内小中学校で10名の欠員が発生。各校の校長たちは、個人的なつながりも含めて知り合いに片っ端から電話をかけて代替講師を探したが、見つからなかったという。
講師を探す学校現場の負担が見過ごせない状況となり、市教委は同年2~3月と7~8月に「就労相談会」を開催。小中学校への就労を希望する参加者1人ひとりと40分以上かけて面談した。計103名の参加があり、面談でのヒアリングを基に学校とのマッチングを図ったところ、常勤講師8名、非常勤講師9名、特別支援教育支援員14名、スクールサポートスタッフ3名、小学校高学年専科加配非常勤7名を補充できた(2024年3月末時点)という。
成果はあったが、市教委も人手不足のため丁寧な面談を継続するのは難しかった。そこで、2024年2月にICTを活用してスタートしたのが、独自の「いこま教育・保育資格登録バンク」(以下、バンク)。教育現場で働きたい登録者と、小中学校(小中一貫校を含む19校)と保育園・幼稚園・こども園(11園)の仕事をマッチングする独自の人材バンクだ。
登録希望者はまず、公式LINEアカウント経由で指定のフォームに教員免許などの資格の有無や種類、勤務可能な時間や時期といった自身の情報を登録してもらう。登録後は、市教委が電話で簡単なヒアリングを実施。すぐに現場に入れそうな人は市教委との面談、学校(園)長との面談に進み、配置が決定するという流れにしたのだ。
登録者数は、2024年11月7日時点で139名(幼稚園・保育園も含む)、2日に1人程度のペースで登録があるという。
「以前の講師登録では、最初に教育委員会の窓口に来て履歴書を提出してもらう必要がありましたが、ここのハードルを取り除いたことが登録者を増やした大きなポイントになっていると思います」(杉山氏)
登録者の属性は、9割が女性で、30代後半~60代が大半を占める。30代後半~50代前半の女性は、「子育て中のため、近所の学校で時短や非常勤なら働ける」という人や、「子育てが落ち着いたからまた学校現場で働いてみたい」という人がほとんどだ。60代女性は、定年退職しており「30分以上の通勤や常勤はしんどいけれど、近所の学校で非常勤であれば働ける」という人が多い。
「子育て中の女性」と「退職女性」をターゲットに広報
実は、就労相談会を始めるときからこの層をターゲットにして広報を展開したと杉山氏は明かす。
「生駒市は大阪市のベッドタウンという土地柄、大卒女性の比率が高い。そのため、教員免許を持っている子育て中の女性や退職した女性は多いだろうと仮説を立て、コンビニ、スーパー、ドラッグストアなどにご協力いただき、市内約200カ所に登録募集ポスターを貼りました」(杉山氏)
ポスターには「『今すぐ』じゃなくても大丈夫」いうコピーとLINEのQRコードを入れて、気軽に登録できるようにした。実際、狙いどおり、ポスターやチラシを見て登録した人が大半だった。
「来年度の4月から働きたい、または、数年後に働きたい、という方の登録もあります。生駒市に住みながら大阪府で教員をしている人も多いので、定年後は市内近所の学校で働きたいという将来を見据えたニーズも一定数あるのではないかと思います」と杉山氏は言う。
2024年度は計26名の欠員をすべて補充できた。内訳は、バンク経由が15名、県教委の紹介が2名、学校管理職の人脈経由が9名と、バンク経由が半数以上を占めている。また、幼保の登録者も全体の2~3割ほどおり、今年度のバンク経由の配置実績は幼稚園教諭2名、保育士2名、計4名となった。
学校現場と登録者のマッチングは「テトリス」
市内小学校の校長を務める奥田隆史氏は、バンクを活用した校長の1人。1学期の間に産休や一身上の退職、病休などによって5名の欠員が生じ、教頭が担任代行する事態に陥った。
そこで、補充のためにあらゆる伝手を頼ったが、「ほかの学校も同じような状況にある」と言われてしまうことも多く、1学期の間は結局講師が見つからなかったという。「それがバンクによって解消でき、大変ありがたく思っています」と奥田氏は振り返る。
欠員を補充する前と後では職員室の雰囲気や子どもたちが「こんなに変わるのかというくらい変わった」(奥田氏)そうだ。
「1学期で欠員5名という状況は、教員たちにとっては大きな不安材料になります。5人分の業務が振り分けられ、業務負担が増えてしまうからです。7月には職員室から笑い声も聞こえなくなりました。私もどんなに講師を探しても見つからず、日々不安と焦りの中にいました。子どもたちも不安があったのでしょう。新しい先生が決まって学級が再スタートすると、子どもたちは見違えるように活気を取り戻しました。保護者も安心し、学校への信頼を取り戻すことができたのではと思います」(奥田氏)
最終的に5人の欠員を、3人の常勤と4人の非常勤で埋めることができたが、そのうち6人がバンク経由で補充できた。ただ、マッチングは市教委と学校長の手腕が問われるようだ。
「校内の空き担当や時間割などを踏まえ、登録者の就労可能条件と照らし合わせ調整を図るので、パズルというよりつねに動く『テトリス』をやっているイメージ。そのためマッチングはタイミングが重要になりますが、うまくいったのは市教委の調整のおかげです。リアルタイムで私たちのニーズを聞いて即マッチングしてくださるので非常に助かっています」(奥田氏)
市内19校のニーズと登録者のマッチングをリアルタイムで行う「テトリス」をこなす杉山氏は、こう語る。
「現状私ともう1人の職員でマッチングをしていますが、正直マンパワーが必要な業務。一方、奈良県では2023年10月から、『常勤の欠員は常勤で埋める』から『常勤が見つからない場合は1人の業務を複数の非常勤で埋めてもいい』というルールに変わりました。今年度は市内の半数の学校で欠員が生じましたが、バンクをうまく活用できたのはこの制度変更によるところも大きいです」(杉山氏)
キャリアのある講師が多彩に活躍
50代前半のAさんは、他府県で正規教員として20年以上のキャリアを積んだ後、アメリカの大学で日本語アシスタントとして1年ほど勤務して帰国。改めて「これまでやってきた仕事で役に立ちたい」と考え、2年続けて奈良県の教員採用試験に応募したが、希望は叶わなかった。
「年齢的に難しいと感じた」というAさんは、たまたま知ったバンクに登録。市教委から連絡を受け、今年9月から常勤講師として市内小学校に勤務している。
「まずは特別支援学級のお手伝いから始め、現在は病休されている教員の方に代わり、学級担任を務めています。1人1台のデバイスが入るなど学校を取り巻く環境も変化しており、情報量の多さに対応するのに毎日慌ただしく過ごしていますが、学校は日々変化があって子どもたちの成長に伴走していくのは楽しく、毎日充実した時間を過ごしています」と、Aさんは話す。
現状の正規教員ではできない、ユニークな働き方をしている人もいる。
「幼稚園の預かり保育で採用された50代のBさんは、英語の教員免許も持っていました。ある中学校で急遽欠員が出た際、市教委から幼稚園とご本人に『代わりの方を配置しますのでBさんをください』とお願いし、英語の常勤講師として入っていただきました。さらに今年度は、2校の小学校で英語専科の非常勤講師として勤務していただいています」(杉山氏)
多様な働き方が認められる学校運営が必要
一方、課題もある。登録は多いが、常勤希望者が少ないのだ。非常勤は、校務分掌や委員会・クラブ、学校行事などの仕事は担当できず退勤も早い。非常勤の人材を活用するには、校内のマネジメント力が求められる。
「本市に限らず今後は非常勤の活用が増えていくと思います。そうなると、週5フルタイムで働ける人が前提ではなく、『週3回、14時まで』といった方々の多様な働き方が認められる学校運営が必要でしょう。時間割の組み方や先生の配置、情報共有の工夫はもちろん、チーム担任制や教科担任制なども含めていかにワークシェアリングしていくかが重要になると思います」(杉山氏)
奥田氏は、校長の視点からこう語る。
「非常勤の業務拡大ができれば、正規教員の負担軽減はもっと進むと思います。また、本市でも管理職不足が深刻化しているのですが、学校長が欠員補充に走り回っている姿を見ていたらそうなりますよね。管理職の業務の平準化も必要な状況にあります。人材不足の課題を過度に管理職に負わせないという意味でも、本市のバンクは有効だと思います」(奥田氏)
また、教員免許保有者でもブランクがある、経験が浅い、未経験だといった場合、いきなり授業をするのは不安だという登録者も多い。そうしたケースについては、「まず特別支援教育支援員やスクールサポートスタッフといった職種で学校に入っていただき、慣れてきたタイミングで非常勤講師や常勤講師といった仕事に切り替えていただくようにしています」と杉山氏は説明する。
さらに市教委では、講師が学校現場にスムーズに入れるよう、今年12月から「いこま教師塾」も開講。参加費は無料で、バンクの登録者、または特別支援教育支援員やスクールサポートスタッフとして働いている人を対象としている。未経験やブランクのある状態から非常勤講師・常勤講師として働くようになった先輩教員らとの座談会や、小中校の学校見学を実施。ほかにもICT機器の使い方に関する簡単な講座、授業づくりの基礎的な研修講座などを行っている。
本来、代替教員の配置は都道府県教委の業務だ。ただ、そうは言っても都道府県教委は広域のため、「近所の学校で働きたい」というニーズへの対応や、小中学校の日々変わる状況、校長との距離などを考えると、対応には限界もある。だからこそ、「教員定数が変わらない中では、市町村教委で潜在教員を掘り起こしていくことが教員不足の解決になる」と杉山氏は言う。
「登録バンクはどこの自治体でもできる仕組みで、実際、県内のほかの自治体も似た形で始めたという話を聞いています。都道府県教委は、学校の魅力発信や講師登録を増やす取り組みをするよりも、各市町村が教員不足を解消するための支援に徹するほうが効果的だと考えます。例えば、各市町村で配布できるようなポスターやチラシのテンプレートの提供、LINEなど簡易な登録システムの運用ノウハウの共有、マッチング方法の事例の共有といった支援ができるはずです」(杉山氏)
(文:國貞文隆、注記のない写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)