「先生」から「コーチ」への役割変化が理想

――日頃からSNSなどでも教育について言及されていますが、日本の教育をどう評価されていますか。

日本の義務教育はすばらしいと思います。公教育を受けていれば、一定程度の数学的リテラシーと言語的リテラシーが身に付く仕組みになっています。それにひもづく学習塾の環境も整っており、日本の初等教育は世界でも最先端レベルにあります。

一方で、先生の人手不足は大きな課題です。公立学校の教員採用選考試験の採用倍率が過去最低となるなど、かつてのように選別ができていない状況にあります。不登校や学級崩壊など深刻な問題が現場で起きている中、先生をどう確保していくのか。今後は先生の質を担保していくことが難しくなっていくのではないかと懸念しています。

――学習指導要領が変わって探究が重視されるようになるほか、GIGAスクール構想や高校における情報Ⅰの必修化など、ICTに関連した学びも強化が図られています。こうした教育の方向性をどうご覧になっていますか。

公教育としてはやるべき方向性に向かっている気はしますが、GIGAスクール構想や情報Ⅰの必修化自体は、もうそれほど新しいトレンドではなく、算数や国語と同じように一般教養化したものであると理解しています。一方で学校現場では、先生たちがキャッチアップするのが大変すぎて、ICT教育が有効に機能しているかどうかは難しい状況にあるのではないかと感じています。

成田 修造(なりた・しゅうぞう)
起業家・エンジェル投資家
1989年東京都生まれ。14歳のときに父親が失踪して破産、その後、母親が脳出血で倒れる。東大を受験するも2点足りず不合格となり、奨学金を得て慶応義塾大学経済学部に入学。在学中からアスタミューゼに参画してさまざまな事業に携わった後、アート作品の解説まとめサイトなどを手がけるアトコレを設立し、代表取締役社長に就任。2012年にクラウドワークスに参画し、大学4年生にして執行役員になり、創業わずか3年目で株式上場を果たす。2022年12月に同社を退社し、複数の企業の社外取締役などに就きながら、起業など新たな挑戦を始める。『逆張り思考 戦わずに圧倒的に勝つ人生戦略』(KADOKAWA)、『14歳のときに教えてほしかった 起業家という冒険』(ダイヤモンド社)

――こうした教育の変化の中、教員の役割はどう変わっていくべきだと思いますか。

「先生」から「コーチ」へ変わることでしょうか。子どもが答えを持っているという前提に立ち、学ぶものを決めるところを伴走してあげたり、どこに向かいたいかをサポーティブに会話してあげたり、その子に合わせて「コーチ」をしてあげることが、理想的だと考えています。

脳の発達の観点から言うと、10歳くらいから冷静かつ客観的に物事を捉えられるようになるので、小学4年生くらいから「自発的に学びたい」と思えるような環境をいかにセットしてあげるかが重要になると思います。また、知能レベルが大人に近づく14歳頃も、注意深くサポートしていくことが必要になるでしょう。

学年でいうと、小学4~5年生、中学2~3年生ですね。この時期にうまく対応しないと、自発性が失われたり、自身の意思決定ができず自立できなくなったりしてしまう事態を招いてしまうのかなと。

親も子どもが10歳から14歳くらいまでは、その子の特性を見極めながら、さまざまな選択肢を見せてあげることや、その子なりにできることの幅をいかに広げてあげるかということを意識すべきではないでしょうか。いろいろな場所に連れて行ってあげたり、スポーツや課外活動に打ち込める機会をつくってあげたりできるといいですよね。

14歳以降は、むしろ親はあまり干渉せず、その子自身が目標を持って動いていけるように促せるといいと思います。ちょっと難しい本を与えてみるのもお勧めです。

「プログラミング的思考×お金×越境力」が大切

――18歳のときに、これからは「IT×ファイナンス×起業家精神」が重要になると、兄である成田悠輔さんからアドバイスがあったそうですね。今の時代、この3つは何歳頃から意識するとよいと思いますか。

10歳で理解できる子は早熟だと思いますが、親は少しずつこうした条件を意識して働きかけることができるといいですね。わかりやすい言葉で置き換えるなら、「プログラミング的思考×お金×起業家精神」でしょうか。

プログラミングはもう必要なスキルではないと思いますが、プログラミング的思考という基礎は大事。曖昧なものを適切に言語化して実装していく論理的思考力を身に付けるにはプログラミングは有効ですし、コンピュータの本質的な理解は重要です。

だから、受験勉強の時間があるなら、プログラミング的思考を身に付けたり、生成AIに触れたりする機会を持つほうがいい。そういうことを教えられる家庭教師や機会を探したほうが、オリジナリティのある子どもになっていく気がします。

お金については、12歳くらいから親と一緒に株式やREIT(不動産投資信託)など、少額投資を始めてみると面白いと思うんですよね。

起業家精神については、周囲に起業家がいるかどうかがポイント。例えば、彼らが集まるようなコミュニティーを子ども自身に探させるのも1つの手かもしれません。今はどこにいても、オンラインで人にアクセスすることが可能ですから。

――会社をつくるかどうかは別にして、やはり「起業家精神」は大事でしょうか。

それを意識して行動できるかどうかで、人生は大きく変わると思います。日本の初等教育はすばらしいのですが、高等教育以降では、秀でたものをつくるとか、今ない価値を考えるといったマインドが潰されてしまいがちです。起業家精神を抑えつけるような教育カリキュラムや学校の風土がありますよね。

起業家精神は、「越境力」や「飛び出す力」と言ってもいい。分野横断的に越境する人があらゆる領域で必要になっていますが、今の日本で飛び出すことは非常にハードルが高くなっています。

だから、基礎教育をベースに、自分の興味や関心に基づいてどんどん飛び出しながら、その中で学びたいものを学んでいくという教育になっていくべきなのは間違いないと思うのです。しかし今のカリキュラムでは、そうした越境力を重視する教育への転換は難しく、全員にプログラミング教育や金融教育などを足し算していくような状態になってしまっています。

「金融教育」よりも重要な「起業家教育」

――教育現場の「ビルド&ビルド」はよく指摘されるところです。まさに2022年から高校の家庭科で金融教育が始まったほか、起業家教育に力を入れようという動きが出てきていますが、学校での金融教育や起業家教育はどのような形が望ましいと思われますか。

金融教育では、資本主義を体験するためにも実際に投資してみることが一番早い。ただ、僕は金融教育よりも起業家教育のほうが大事だと考えています。お金は何かを加速させる手段であり、それ以前に新たな価値を生み出していくプロセスが前提になければ、それほど意味を持ちません。

国としても新たな価値を生み出す人材が増えなければ、お金だけ増えてインフレとなり、実質的に貧乏な国になってしまいます。だから、若いときからお金に触れて「こういうふうに資本主義は回っているんだ」と理解できる機会を与え、何かを生み出せる人を増やしていく教育が必要です。越境力のある人を称賛、応援するような社会に変わっていく必要もあるでしょう。

そのためには、「起業家は面白いよ」と子どもたちに伝えていくことや、事例を共有していくことが大事。子どもたちが事例を聞いて、「自分もできる」と思えるような、身近なものにしていくことですね。しかし、ここは学校の先生が教える必要はなくて、社会人がいろいろな形で関わってほしいと思っています。

――成田さん自身は、在学中に起業されていますが、どのように越境力を養われたのでしょうか。

14歳~18歳の頃、いろいろなところに飛び出していきましたね。兄の影響も大きかったとは思いますが、14歳のときに父親が失踪して破産、17歳のときには母が脳出血で倒れて半身不随になったことなどもあり、自分を変えなければと覚醒しました。

ただ、学校の勉強よりも、本を読んだり、講演会や映画に行ったり、全然知らない音楽に触れたりと、教養を広げていきました。それが自分の好奇心や思考力といったすべての基盤になっています。

起業家になりたいと思ったのは18歳のとき。スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表した頃でしたし、大学で入ったサークルの先輩にユーグレナの出雲充さんがいたり、大学1年生の頃から100人以上の経営者にお会いしたりする中、起業したいという思いが募りました。

これからは大学生で海外に飛び出していく人も増える気がしていますが、若い人には、起業せずとも、惰性で企業に入るのではなく、「こういう事業や製品を作りたい」と何かを生み出す側に行ってほしいなと思います。

ゼロから発想して“学校っぽいもの”をつくりたい

――お父様は知的な方だったそうですが、何か直接学ばれたことはありますか。

父親から「世の中を真っすぐ見ない。いろんな角度で見ろ」「メディアが言っていることを鵜呑みにするのではなく、自分で考えろ」と言われたことが印象に残っています。また、家には廊下が本棚でびっしり埋まるほど大量に父の本があり、参考になりました。僕はそれほど読みませんでしたが、本を読む家に育ったことは大きかったのかもしれません。

――子どもたちの豊かな成長を考えるうえで、日本の家庭教育や保護者の課題について思うところはありますか。

僕は14歳のときに父親が失踪して家にいなかったので、親から抑えつけられたことがありません。それが自分の成長にとってよかったと考えています。昔から親が子どもを抑え込む家庭は確率的に失敗するケースが多いように思いますし、どこかの段階で「好きにしなさい」と委ねるべきです。

難しいことではありますが、「口には出さないけど、応援している状態」が理想です。僕も2人の子どもがいます。基礎教育の習慣づけは一緒にやっていますが、その子自身の軸を大切にして抑えつけないことを意識していて、中学受験もさせるつもりはありません。過熱する中学受験の領域には、“感染”しないようなるべく関わらないようにしています。

――現在、起業の準備中とのことですが、予定されている事業内容についてお聞かせください。

個々人と社会人がつながり合えるようなプラットフォームをつくります。若い人が何かやりたいと思ったときに、クラウドファンディングみたいな形で共鳴する大人たちが皆で支援していくような場をつくりたい。個人が発行するトークンを支援者が購入できるようにするなど、株式市場のような仕組みを考えています。ダイレクトな教育サービスではないのですが、教育的な付加価値を持つような形にして、年内にはリリースできるのではと思います。

――将来は学校をつくりたいという夢があるそうですね。

ビジネスそのものも面白いのですが、もともと人材が育つ仕組みに強い興味があったんですよね。18歳で起業しようと思ったときから、いつか教育をやりたいと考えていました。

今も通信制高校の学校の立ち上げを支援していて、ライフワーク的には教育に関わっているのですが、長期的には、ゼロから発想する形で “学校っぽいもの”をつくりたいと思っています。「学校は必要か」といったところから問い直したいです。

(文:國貞文隆、撮影:尾形文繁)