学校が守っていない「片付けの順番」とは?
「多くの学校には、何のために使うのか誰も把握していないようなモノがたくさんあります。そういった不要なモノを適切に片付ければ、先生方は授業の準備や後片付けが楽になって時短でき、子どもたちと関わる時間も多く確保できるはずです」
そう語るのは、「学校片づけアドバイザー」として活動する伊藤寛子氏だ。
実は、伊藤氏はかつて31年間、公立小学校の教諭として教壇に立っていた。昔から興味のあったインテリアを勉強するため53歳で退職し、インテリアコーディネーターの専門学校で学んだ。2008年に整理収納アドバイザーとして独立し、10年からは「収納王子コジマジック」こと小島弘章のアシスタントをしながら、個人宅や店舗、オフィスなどの片付けを請け負っている。
学校の片付けに関わるようになったのは、14年のこと。「定年退職後にDIYアドバイザーに転身した夫が、横浜市の小学校から『図工室の環境整備』を依頼されたんです。その手伝いを機に、片付けのノウハウを使って忙しい先生方に少しでも楽になってほしいという思いを強くしました」と伊藤氏は振り返る。
これまで6校の職員室の環境改善を引き受けたほか、事務室、家庭科室、印刷室、教具室、特別教室、技術員室、放送室など、さまざまな学校の環境改善の助言や整備を手がけてきた。18年には片付けのプロの全国大会「片づけ大賞」(日本片づけ整理収納協議会主催)で「片づけから始める学校の働き方改革」と題して職員室の片付け事例を発表し、グランプリを受賞。自治体の事務職員研究会や学校などからの依頼で、セミナーの講師も務めてきた。
学校を訪れる機会が増える中で気づいたのは、不要なモノがあふれている現場が多いことだ。原因は、教員の忙しさと異動にあると伊藤氏は見ている。
「忙しいうえに公立の学校は入れ替わりが激しいため、使われなくなったモノが処分されないまま残るケースがとても多いです。また、新しくやって来た先生はどこに何があるかわからず、5月の予算委員会で『とりあえず必要なモノ』の購入希望を出しますが、実はすでにあるモノだったということが後からわかることも。こうした状況だからこそ、片付けのノウハウが必要なのです」
まず初めにやるべきは、不要なモノを取り除く「整理」だという。そのうえで、必要なモノを使いやすく「収納」していくのが片付けの鉄則だ。「不要なモノがあるまま収納しようとするから学校は片付かない。まずは『整理→収納』の順番を守ることが大事です」と伊藤氏は助言する。
整理(不要なモノを取り除く)
↓
収納(必要なモノを使いやすくしまう)
たった1分でも毎日のモノ探しは「1年間で約6時間の無駄」
いきなり大きなモノを片付けるのはハードルが高いので、机の中やペンケースなどから始め、「まずは時短を体感することが大切」だと伊藤氏は話す。
例えば、自分の机の上や中にある筆記具をすべて出してみよう。「教職員向けのセミナーでもこの作業をしますが、100本以上のペンが出てくる先生もいます」と伊藤氏は言う。次に、使っているペンと使っていないペンを分ける。そして、使っているペンについてもボールペン、採点用の赤ペン、筆ペンなど種類ごとに分け、使用頻度の高いモノは取り出しやすい場所にしまう。
「この『出して、分けて、必要なモノだけを選んでしまう』という手順で片付ければ、モノをすぐ取り出せるようになり、時短を実感できると思います。モノを探す時間は、たった1分だとしても1年間積み重ねれば365分、約6時間の無駄です。忙しいのであれば、片付く仕組みをつくって時短することは大切ではないでしょうか」
片付く仕組みをぜひつくっておきたいのが、教職員の使用頻度が高い文房具などを管理する事務室だ。「先生方は事務室から持っていった事務用品を返却せず自分の机の中にため込みがち。しかしそれは重複購入の元となり、予算の無駄遣いになります」と、指摘する。では、どうすればよいのか。
「職員室に返却用の箱を置くのも効果的ですが、事務室の整理収納を工夫することで解決しやすくなります。先生方が返却してくれないのは、戻す場所がわかりにくいことが原因になっている場合が多い。単にきれいに並べるだけではダメで、機能別に分けてゾーニングすると効果が高いことがわかってきました」
これまでの学校の片付けにおいては、筆記用具は「書くモノ」として赤色で、クリップやホチキスなどは「くっつける・まとめるモノ」として青色でゾーンを分けて収め、テープやひもなどは「巻物」としてまとめる方法が効果的だったという。また多色のモノは、虹色で並べると見た目が美しいのはもちろん、みんなが把握しやすいそうだ。
予算がなくてもすぐできる「安全と利便性」を高めるポイント
一方、職員室は、いかに効率のよい動線をつくるかがポイントとなる。近年、非常勤の教員の増加とともに机やモノが増え、動線がうまくいっていない現場が多いという。
「職員室は教室2つ分ほどありますが、学校によってつくりや広さは異なります。だから本来は、人間工学などの知識を持った整理収納のプロが入って整備すべき最たる場所ですが、まず現場ができることは、不要なモノを取り除くことです。とくに職員室には、何のために置いてあるのかみんなが『知らない』というモノが結構ある。それらを撤去するだけでスペースができたり、通路が広くなったりすることは多いです」
これは安全にも関わる話だ。以前、ある小学校の職員室の通路に脚立の一部が飛び出していたという。つまずいてケガをしたら大変だ。聞けば手が届かない棚の中にあるモノを取るための脚立だったが、改めて確認してもらうと、棚の中身は不要なモノであることが判明。脚立も棚の中のモノも撤去した。
「手が届かないところにモノを置いてはいけません。棚の上にモノを置く学校は多いですが、それが落ちて大ケガをされた先生もいます。学校の片付けはすべての人に安全であることが重要で、他者への思いやりを持って取り組む行為だと考えていますが、子どもがいる場所なのですから、危険なモノと置いてある理由がわからない箱などの確認は今すぐ始めてほしいですね」
片付けを始めると、不要だと思われていたモノが、視点を変えることで便利なモノに生まれ変わることもある。例えば、最近オフィスで立ったまま仕事をしたり打ち合わせしたりするスタイルが増えていることを参考に、使っていなかったスチール棚をスタンディングデスクにしたところ、教員たちに好評だったという。
「ワゴンは教材の運搬の時短につながるので、不要な引き出しや箱、台などがあったらキャスターだけ調達して自作するのもお勧めです。また、カットしたペットボトルも透明なので中身がわかりやすく、事務室や図工室などの小物収納に便利。学校は予算が限られていますし、モノの命を無駄にせず、今あるモノで工夫したいですね」
子どもへの配慮で先生も楽に!大きな課題は「書類の処分」
現役の教員だった頃から、整理収納を工夫していたという伊藤氏。当時の経験も踏まえ、子どもたちが片付けやすくなる仕組みも大切だと話す。
「例えば教員時代、ほうきに番号を貼り、戻す場所にも番号を貼るということをやっていました。そうすると、うるさく言わなくてもほうきは定位置に戻ります。子どもの目線に合わせた高さにして取り出しやすくすることも重要で、こうしたちょっとした仕組みづくりで先生は楽になります」
もう1つ、伊藤氏は「書類を減らすことが学校の大きな課題」だと強調する。処分すべき書類が放置され、それが学校を狭くしている要因になっているからだ。ある小学校では、10箱分の不要な書類があり、処分したところ棚にかなりのスペースができたという。
「『3年保存』と書いてあっても、具体的な廃棄日がわかりにくく捨てるのが怖いからたまってしまうのでしょう。例えば、令和4年の4月1日から令和5年の3月31日までが令和4年度の書類となりますが、年をまたぐので廃棄日を計算しにくいんですよね。でも、書類作成者が『何年何月以降は処分』と明記すれば、みんな迷うことなく安心して処分できます」
また、学校では閉じるタイプの簿冊式ファイルが主流だが、差し込むだけのバーチカル式ファイルに変えると場所を取らずに済み、分類も処分もしやすいという。ただ、「ここはぜひ自治体ごとに取り組んでほしいです。どこの学校も同じ基準で書類を管理できれば、異動しても作業しやすいですよね」と伊藤氏は訴える。
伊藤氏は、現在の教員の危機的な労働環境に胸を痛めている。
「私が教員だった頃は土曜出勤がありましたが、若手同士で休日や放課後に交流するような余裕がまだありました。しかし今の先生方は、業務量が増え続け、子どもや家庭の多様化への対応も求められて大変な思いをしています。ちょっとした片付けの積み重ねは大きいので、整理収納のノウハウが活用され、少しでも学校の働き方改革が進むことを願っています」
学校は活動上モノが増えがちで、雑然とした空間が“当たり前の景色”になってしまっているかもしれないが、それが業務効率を下げる要因になっている可能性は高い。子どもも教員も快適に過ごせる環境をつくっていくことは、教育活動の充実にもつながるはずだ。
(文:編集部 佐藤ちひろ、写真:伊藤寛子氏提供)