元気のない生徒たちを動かした「仕掛け」とは?

長崎県立諫早高校は、進学校として知られるが、なぜ脱偏差値型の進路指導「キャリア検討会」を始めることになったのだろうか。

後田康蔵氏が諫早高校に着任したのは、同校が創立100周年を終え、附属中学を開設して中高一貫教育を始めた2011年のこと。後田氏にとって母校だったこともあり、期待を胸に着任したが、受け持った3年生たちの様子は気がかりなものだった。朝や放課後の補習、宿題、部活動などに追われ、元気がなく疲れ切っていたという。

後田康蔵(うしろだ・こうぞう)
長崎県立諫早高等学校 指導教諭(探究)
教職28年目、諫早高校は13年目。進路指導主事、教務主任を経て現職。そのほか、進路指導にかかるジェンダーバイアスの学術研究や東京財団研究協力者も務めている

「当時、国公立大学の現役進学率1位という実績もあってか、学校全体で評価の軸が勉強に置かれていました。生徒には何を聞いても同じような答えが返ってくるし、進路も入りたい大学という視点ではなく、偏差値を基準とした選択に終始していました。しかし、実際に生徒たちとちゃんと話してみると、心の中では面白いことを考えている子も多い。このままで本当にいいのか、生徒たちにもっとチャレンジさせてあげたいと考えるようになりました」

そこで、後田氏は進路指導主事になった2014年に、生徒たちの余裕を生み出すため宿題を減らして朝補習も廃止。さらに、偏差値にとらわれず本人に合った進路を考える「キャリア検討会」も提案した。しかし、これに関しては、「なぜ考えなくてもいいことを生徒にわざわざ考えさせるのか」と周囲からの反対に遭ったという。

そのため、まずは生徒たちのほうから下地を整えようと、若くして活躍する人物を講師として招き、意見交換会を行うイベント「グローバル講演会」の開催を2016年にスタート。刺激を受けた生徒たちは、この企画・運営をやりたいと自らチームを発足させたという。以降、年2~3回の頻度でグローバル講演会を継続しているが、有志の生徒たちが自ら講師の手配から交渉、運営まですべてを担っている。

主体的に動き始めるようになった生徒たちの姿を目の当たりにし、教員たちの認識も変化し始めたという。大学入試改革の第1期生となる生徒たちが入学してきた2017年から、学力検討会と志望校検討会に加え、新たに「キャリア検討会」を始めることになったのだ

そこには1人の生徒の存在も後押しした。山邊鈴(やまべ・りん)さんだ。附属中からの内進生だったが、中学生の頃から国内外の格差や貧困に関心を持ち、NPO活動などを始め、高校時代に執筆した「この割れ切った世界の片隅で」という記事で話題となったZ世代の1人。現在は、ヒラリー・クリントンも卒業したアメリカ・ボストンの名門女子大、ウェルズリー大学に在学している。

山邊鈴さんが講師を担当した、2024年のグローバル講演会の様子。生徒たちが面白いと感じる大学生や社会人を講師に選んでおり、主に成功談よりも失敗談を語ってもらっている

「山邊さんは中学時代から目立っていました。彼女のような行動力のある子が、高校に入っても窮屈な思いをしないようにしなければいけないという思いが、キャリア教育を中心とした学校改革を進めていく大きな原動力となりましたね」

偏差値や成績の話はNGで「キャリアエリート」を選抜

こうして始まった「キャリア検討会」だが、いったいどのような取り組みなのか。

一口に言えば、教員による「脱偏差値型」の学力検討会だという。「将来、就きたい職業」ではなく、「興味関心・できること・すべきこと(社会の要請)」の重なる部分、つまり「自分起点のありたい姿」から進路を考えて生徒をサポートする取り組みだ。

具体的には、偏差値や成績、宿題の提出状況などの話は一切NG。下記の8つの観点に当てはまる生徒の情報を共有し、志望校や活動歴の確認を実施する。

【キャリアエリート8項目】
1:校外で大人と関わり、PDCAサイクル活動をしている生徒
2:自身のことを定期的かつ詳細にClassiに記録しており、その内容が論理的・批判的である生徒
3:自身を語ることができ、多様な意見を吸収できる生徒
4:志望が強く、具体的な生徒
5:課題研究(総合的な探究の時間)、コンピテンシーテスト、探究型授業(各教科)、校外コンテストで成果を残した生徒
6:ルーブリックによる自己評価が著しく向上している生徒
7:趣味や特技が進路に直結しそうな生徒
8:進路探究スタンプラリー(※)に積極的に取り組んでいる生徒
※医学、社会学、理学、工学など学問を8つの領域に分け、これらに関する校内外のコンテンツに参加してポートフォリオを提出するとスタンプがもらえるラリー

 

そして、その中から1学年の20%に当たる40~50名ほどの「キャリアエリート」を選抜し、総合型選抜や学校推薦型選抜に向けた支援を行っていく。

「本校では、偏差値に関係なくキャリア特性の高い子をキャリアエリートと呼んでいます。日頃から教員は自分が担当する学年で、生徒がこの8項目のどれに該当するかを意識して見ています。また、この8項目を生徒とも共有し、生徒からの立候補も受け付けています。こうした候補の中から、検討会でキャリアエリートが選ばれます」

キャリア検討会は、1年生の12月と2年生の10月に実施され、2回目ではキャリアエリートの入れ替えも起こるが、いずれも選ばれた生徒にはメンターの教員が1~2人つく。

「推薦入試の指導は大変ですので、1人の先生が複数の生徒のメンターになることはなく、1人の生徒を担当します。まず大事にしているのは、生徒の志向に合った外部の人材を紹介する『人つなぎ』。これは、推薦入試で外部の評価が重視されているためであることと、活動的ではない子を解放することを狙いとしてやっています。逆に活動的な子は、活動にばかり夢中になって言語化や学問に落とし込む力が弱いことも多いので、メタ認知を目的に『本つなぎ』にも力を入れています。具体的には、生徒に社会課題に直結する資本主義、民主主義、哲学の関連本を読ませて対話し、生徒のモチベーションを高めていきます」

そのほか、出願書類の確認や研究、集団討論、入試手続き支援など、入試に向けた支援は、担任ではなく、メンターが一貫して伴走していくという。

職員室で「生徒の悪口」が出なくなった

こうしたキャリア検討会を軸とした学校改革の結果、生徒たちは主体的に活動するようになったというが、ほかにどのような変化が見られたのか。

「昔は偏差値が高い生徒が王様であるかのような雰囲気がありましたが、今は入学と同時にキャリア検討会の話をしますし、生徒は偏差値とは異なる別の視点でリスペクトされる道ができたと言えます」

実際、キャリア検討会によって、難関国立大学や私立大学への総合型選抜・学校推薦型の合格者を20名以上輩出する年度が増え、中には偏差値では九州大学程度であった生徒が東大合格を果たした例もあるという。

「まだまだ入試にキャリア検討会の成果が表れているとは言えませんが、大学で起業するなど卒業後に活躍する例も増えています。全国の大学に卒業生を送り込み、生徒たちが10年後をイメージできるようなロールモデルを増やすという目標は、着々と実現されていると感じています。

また、大学に入れば、硬質な文章をしっかり読んで、言語化していくことが基本となります。その際、偏差値は役立ちません。むろんある程度の学力は必要ですが、偏差値と大学教育の内容にはあまり相関関係はなく、長期的には推薦入試の準備で身に付ける力のほうが重要ではないでしょうか」

同校は一般入試で東大に挑戦する生徒向けに「東大寺子屋」という支援もしているが、ここでも勉強以外の武器を持たせるため、試験対策だけでなくPBL型学習も行っている。学校全体で脱偏差値の取り組みが進む中、「いわゆる『偏差値だけが自慢の生徒』も、勉強だけではダメだと活動を始めていますね」と後田氏は言う。

一方、教員側にも変化があったようだ。

「キャリア検討会は当初から、教員の指導観のアップデートも狙いの1つでした。偏差値重視の時代は、『いくら教えてもこの子はできない』などの発言が職員室でよく見られたんです。とくに若手の先生にはその影響を受けてほしくないので、悪口はなくしましょうと最初に先生たちに伝え、検討会でのネガティブワードをNGとしました。その結果、職員室で生徒の悪口が出なくなりましたね。転勤されてくる先生は最初慣れないのですが、これは本校の約束事として根付いたと思います」

また、キャリア検討会のエッセンスは、全員対象の活動にも生かされている。例えば、CDA(Comprehension Development Ambitious)学習と呼ばれていた小論文対策は、自分を表現したり、社会課題を議論したりする形に変わっていった。さらに現在では、総合的な探究の時間において、同じテーマを各教科の教員が分担して掘り下げ、批判的思考を養っていく取り組みに発展している。

授業を変えなければ、生徒のよいところを見ることはできない

キャリア検討会の取り組みは注目され、今も多くの教育関係者が視察にやってくるが、「うちではできない。何か活動したいと思う生徒がいても、それをかなえる場が学校周辺にない」と言われることが多いという。しかし、そう考える必要はないと後田氏は話す。

「今、校内には生徒が企画したイベントや活動の勧誘ポスターがたくさん貼ってありますが、昔はそうした風景はなかったんです。先程お話ししたとおり、まずは地ならしとしてグローバル講演会を始めました。手作りで先生と生徒が一緒になって取り組んだ結果、生徒は自走するようになって後輩につなぐサイクルができ、誰もがやりたいことを気軽にできる学校になったのです」

グローバル講演会だけでなく、同校は、ルーブリックによる自己評価や進路探究スタンプラリーなど、生徒たちの主体的な活動を後押しするさまざまな工夫を重ねてきた。「改革に当たって、外部に頼る必要はありません」と後田氏は話す。

また、生徒たちに、「活動を突き詰めれば無知に気づき勉強し始め、勉強を突き詰めれば仲間を集めて活動したくなるもの。活動でも勉強でもどちらが先でもいいので、そうした転換が起こるくらい夢中に取り組んでほしい」と伝えることも大切にしているという。

そして、何より授業を変えていくことが重要だと後田氏は語る。学習指導要領の改訂を機に、同校では授業と評価を大きく変えたが、ここの変革はまだ道半ばだという。

「2年前から宿題をなくし、授業を変えるチャレンジを続けています。授業を変えなければ、ユニークな生徒は生まれませんし、教員も生徒のよいところを見ることができません。私は物理を担当していますが、実際、反転授業に転換したところ、生徒たちの『キャリアエリートの8項目』がよく見えるようになりました。ここが学校全体でクリアできたらキャリア検討会はよりよいものになると思います。また、専門性の高いメンターをもっと増やすことも大きな課題。私たちも、現在進行形で挑戦を続けています」

(文:國貞文隆、写真:長崎県立諫早高等学校提供)