決意の訳は、「不登校生徒の出現率約8%」の衝撃
2018年4月、国立市立国立第二中学校(以下、二中)に校長として着任した黒田宏一氏は、同校の現状を知り、驚きを覚えた。全校生徒数約500名のうち、不登校生徒数が約30名もいたためだ。さらにその数は翌年度、約40名に増えた。不登校生徒の出現率は約8%と、当時の全国平均の数値を大きく上回っていた。
「いじめの重大事態に当たるケースもあり、いじめが原因で不登校になった生徒もいました。不登校やいじめの実情を目の当たりにすると同時に、その解決のために奮闘する先生方の姿を見て、何としてもこの課題解決に取り組まなければいけないと強く思いました」と、黒田氏は述懐する。
そんな矢先、黒田氏はある雑誌の記事を通じて、公益社団法人子どもの発達科学研究所が提供する「学校風土調査」の存在を知る。記事には、自校の学校風土を調査し、その結果に基づいて対策を講じることで、不登校やいじめの問題が改善されると書かれていた。黒田氏は、すぐ同研究所に連絡を取り、すでに学校風土調査を実施していた浜松市の学校の研究発表会に足を運び、導入を決めた。
学校風土は、海外では100年以上前から研究されているという。そういった研究やエビデンスを参考に日本向けに作られたものが、同研究所の学校風土調査だ。文科省委託事業「子どもみんなプロジェクト」として約1万人の児童生徒の協力を得て開発された「学校風土尺度」を基に、①学校の規律・安心・安全、②学習環境、③生徒同士の関係、④生徒と教員の関係といった、4つの要素に関する質問で構成されている。このアンケートに生徒が無記名で回答する形で、学校風土を測定する。
黒田氏は、二中でもこの調査を活用し、不登校やいじめの問題に対応したいと教職員に呼びかけた。指導教諭の長尾菊絵氏は、こう振り返る。
「当時の本校の生徒は、とても素直でいい子たちでしたが、積極的に発言するのは一部の生徒。また、学習に普通に取り組み、休み時間も友達と笑い合っている、大人からは何の問題もなさそうに見える生徒が突然、不登校になることがありました。そうした問題に向き合い、エビデンスに基づいた取り組みを通じて課題解決を図りたいという校長の話に強い関心を持ちました」
実際に19年春に最初の学校風土調査を行うと、意外なことが判明した。「いじめなどをしっかり注意してくれる」「困っているときに助けてくれる」という「生徒と教員の関係性」に関する項目の偏差値が55以上と高く、よい結果が出たにもかかわらず、「学校の授業は楽しい」の偏差値は49、「私は学校が好きだ」の偏差値は47と、全国平均より低かったのだ。
「授業がよくわからないから主体的になれないし楽しくない、学校に居場所がないと感じている生徒が多いことが調査から浮かび上がりました。ということは、勉強がわかれば生徒の自己肯定感や意欲が高まり、学級の雰囲気もよくなって居場所が生まれるのではないか。そうした仮説を立て、不登校やいじめの対策として授業改善を掲げることにしました。一般的な対策としては、個別の教育相談、特別活動や道徳教育の充実などの選択肢もありますが、授業はすべての生徒と教師に関わることなので、全体的な予防の面から期待できると考えました」(黒田氏)
「脳科学のエビデンス」に基づく授業改善の中身とは?
こうした経緯から二中は、国立市教育委員会の研究指定校として、2019年度から3年計画で、子どもの発達科学研究所などから助言を受けながら、授業改善をスタートした。
脳科学のエビデンスを基に授業を捉え直し、「脳の多様性に配慮して発達の特性も踏まえ、すべての生徒が楽しくなる授業」(長尾氏)を目指した。50分間の授業の中で「指名されないように」と息を潜めている生徒がいること、そんな生徒も「本当はわかるようになりたい、手を挙げたい」と思っていることを全教員で共有したうえで研究を始めたという。
初年度は、主に「情報統合」と「実行機能」という脳の機能を意識して「わかりやすい授業をする」、2年目は「授業をユニバーサルデザイン化して学校全体で取り組む」、3年目は「楽しい授業を目指して全員が研究授業をする」という段階を設定して進めた。
とくに楽しい授業を実現するためには「わかった(習得)」「できた(活用)」「考えた(探究)」という3つの視点が重要だとして、具体的な改善方法を議論して取り入れた。例えば「わかった」を促進するため、授業の初めに「単元名、ねらい、ながれ」を最初に黒板に表示することにした。
授業の見通しが見えず不安になり、集中できなくなる生徒もいるので、授業のステップをはっきりさせることが重要だという。「単元名を大きく表示するだけでも効果は大きく、ねらいを明確にすることで記憶の定着も変わってきます。授業を受けた意味や価値を認識するうえで、まとめを表示することも大事」だと長尾氏は話す。
教員の言葉遣いも、平易な言葉を使うように改善。また、教員は言葉や話が長くなりがちだが、長尾氏は「端的に一文を短くすること。生徒にしゃべらせるのがいい教師」とポイントを説明する。
「発表者は、下を向かず、大きな声でゆっくりと話し、話の根拠を明確にする」「伝わりやすい順番は、い(意見)・り(理由)・た(例えば)・ま(まとめ)・ご(誤字脱字)」などの「二中・話し合いのルール」も作り、20年度初めに共有した。そのうえで、話し合い活動では「まずは自分で考える→小集団で話し合う→全体で話し合う→自分の意見をまとめる」という構造を意識して授業をつくるようにした。
視覚優位の生徒も少なくない。情報統合を補完する目的で、実物や写真、1人1台端末などの視覚教材も活用した。
「できた」を実感させるため、実生活につなげることも意識したという。例えば、力の学習の際にカーリングの実演を見せて考察させた教員もいる。そのほか、「ピラミッドランキング」や「Y字チャート」などのさまざまな思考ツールも活用。「授業改善が進むにつれ、こうした『生涯使えるような学び方』を身に付けさせることにも教員は意識が向くようになりました」と長尾氏は言う。
実は最初から全教員が積極的に取り組んだわけではく、足並みがそろわないこともあったが、その都度教員同士で話し合い、活動を進めていく中で徐々に教員の意識が変わっていったという。
「授業改善が進むと双方向の話し合いができるようになり、授業も深みを増しました。3年生にもなると知識構成型ジグソー法を活用した授業など、自分の考えを持って議論するような深い活動ができるようになっていきました」(長尾氏)
学校風土が向上して不登校といじめも減少、課題は継続性
授業改善に取り組んだ3年間、二中は毎年6月と11月の2回、学校風土調査を実施。その結果、4項目すべてにおいて、2021年度は19年度に比べて数値が向上した。
「20年度についてはコロナ禍で休校もあったので比較はしにくいのですが、それでも『教えと学び』の項目の伸びは顕著であり、授業改善によって学校風土が向上したことが見て取れます」と長尾氏は分析する。
また20年度と21年度に実施した「生徒授業評価アンケート」でも、多くの項目で改善が見られた。とくに「授業を楽しいと感じた」「自分の考えを深めたりする時間や、自分自身で工夫して活動する時間があった」という項目は、「あてはまる」との回答数が大きく伸びたという。
文科省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」においても、二中では不登校の生徒数もいじめの件数も、減少傾向を示した。いじめに関しては重大事態など深刻なケースは21年度以降なくなったという。3年間の授業改善は、一定の成果があったと考えていいだろう。
一方、異動がある公立校において、こうした取り組みは継続が大きな課題となる。二中でも、22年度は教員がかなり入れ替わったため、全員で発展的な授業改善に挑戦することはできなかったという。
そんな中、22年度の不登校生徒数は約40名と、21年度より約10名増加。全校生徒数が増加しているので、不登校生徒の出現率はそれほど上がっていないが、こうした状況も踏まえて黒田氏は、次のように総括する。
「授業改善は、不登校やいじめの予防という意味合いが強く、特効薬ではありません。全生徒がより充実した学校生活を送れるようになるには数年かかると見ていますが、エビデンスに基づく授業改善は多くの公立校でもできると思います。23年度は、授業改善を強化するとともに、22年度に始まった国立市教育委員会によるQ-U調査(学校生活における意欲や満足度を測定)のデータも活用して個別の相談支援も力を入れます。また、生徒が自分たちで学校生活をクリエートしていくような場面を、学校外でも設定することを考えています」
一方、長尾氏はこう語る。
「実は効果的な授業というのは教員がこれまでやってきたことだということを再確認しました。経験に基づいて実践してきた授業に科学的根拠があると知って自信を持てましたし、徹底できていなかった部分も明確になりました。また、若手の教員に根拠を持って指導できるようになったこと、特別支援学級の先生方と共通意識を持ち、通常学級に在籍する発達に特性のある生徒に対応できるようになったことも大きな成果と捉えています」
文科省の不登校対策「COCOLOプラン」でも注目される「学校の風土」の見える化。黒田氏が言うように、こうした取り組みが大きく実を結ぶには時間がかかるだろうが、生徒たちが楽しいと感じる学校づくりの種は確かにまかれたのではないだろうか。
(文:崎谷武彦、写真:国立市立国立第二中学校提供)