「学校のトイレ」改修しないと衛生面に課題が残る

学校のトイレ研究会の「2022年度全国自治体アンケート調査」によると、「学校で改善が必要な場所」の1位は「トイレ」で、15年度から5ポイントを上回る結果となった。改修が現場のニーズに追いついていない様子がうかがえる。

Q.学校で児童・生徒のために施設改善が必要だと思われる場所は?
出所:学校のトイレ研究会「2022年度全国自治体アンケート調査」
(画像:学校のトイレ研究会提供)

学校のトイレ研究会とは、トイレ回りの製品やサービスを展開する企業が集まり、学校のトイレに関する調査研究や啓発活動を行っている非営利組織だ。学校のトイレはいわゆる5Kの課題があり、「子どもたちにとってより衛生的で快適な環境にしたい」との思いから1996年に発足した。今年で設立27年目となるが、事務局長の冨岡千花子氏は、今も衛生面の問題は残っていると指摘する。

「大人の皆さんが子どもだった頃、学校のトイレは和便器で、床に水をまいて掃除をする湿式清掃を行うケースが多かったのではないでしょうか。しかし、和便器周りの床は汚れがひどく、大腸菌が多く検出され、その菌を靴で運んでしまうという報告があります。湿式清掃も菌を増殖させ、タイルの目地にアンモニアが染み込むことで悪臭につながることがわかっています。今も和便器の学校が多いですが、それでは感染リスクを抱えていることになり、臭い、汚いという課題も解決されません」

冨岡千花子(とみおか・ちかこ)
学校のトイレ研究会事務局長
1994年TOTOに入社。パブリックトイレの提案業務に従事した後、2022年より現職
(写真:冨岡氏提供)

衛生面で重要なのは、洋便器化と乾式清掃、手洗いの非接触化だという。文部科学省の2016年度の調査では小中学校の洋便器率は43.3%だったが、20年度の調査では57.0%(幼稚園と特別支援学校を含めると58.3%)と、便器の改善は進んでいる。しかし、快適なトイレ環境が当たり前となりつつあるオフィスや商業施設などに比べると、だいぶ整備が遅れている。なぜ一気に改善されないのだろうか。

「公立の小中学校は全国で約3万校ありますが、そのトイレは大便器だけで約135万個あります。膨大な個数があるうえ、ほかにも耐震対策、空調対策、ICT化など必要不可欠な整備があるため、自治体ごとに優先順位が異なります。さらに20~30年経つとトイレは老朽化してしまうので、そのサイクルに合わせた更新が追いつかず、今でも和便器の学校が残ってしまっているのです」

しかし、研究会が発足した当時の状況から考えれば、学校のトイレ環境は改善が進んだという。

「国庫補助によって改修は加速しましたし、自治体の努力は大きいと感じています。大規模改修では、便器の交換だけでなく、床材は目地に汚れがたまりやすいタイルではなく防汚性の高い塩ビシートに、壁も汚れや臭いが付きづらいパネルに替えることも増えています。トイレを新築・改修した学校の8割以上が乾式清掃を行っているという調査結果もあり、衛生面は以前よりも向上しているといえます」

さらに、コロナ禍で、手洗いの際の蛇口を、ハンドル式の水栓から非接触式の自動水栓に替える学校が増えたという。

「研究会の参加企業であるTOTOの調査では、19年度上期と21年度上期を比較すると、自動水栓の全体の販売台数は2倍に伸び、とくに学校への販売は5倍に伸びました。実は、学校のトイレで最も細菌が検出されるのは、便器ではなく濡れた床や水栓の蛇口。コロナ禍で感染対策の重要性が注目されたことで、ようやく学校にも自動水栓が入り始めました」

一方、冨岡氏は、環境配慮やメンテナンスコストの観点からも、学校トイレの改修は必要だと訴える。1970年~90年代の和便器の1回の洗浄水量は11リットルだったが、今、いちばん節水できる最新の洋便器は4.8リットルであるため、洋便器に替えるだけで節水になるのだ。また、湿式清掃を乾式清掃にすることで掃除の水量も減らすことができるという。

改修後、「子どもたちの好きな場所1位」になるケースも

興味深いことに、学校のトイレを改修すると、子どもたちにさまざまな変化が見られるという。

学校のトイレの新築・改修事例
(写真:「学校トイレノウハウブック」より)

「子どもたちに『学校で好きな場所と嫌いな場所』を聞くと、古いトイレがある学校では、汚いから、怖いからとトイレを嫌がる子が多いです。中にはトイレに行きたくないから我慢して便秘気味になったり、飲食を控えて体調を崩したりする子どもたちも。しかし、トイレがきれいな学校では、好きな場所としてトイレが1位になることもあります。トイレがきれいになると、そこが子どもたちのコミュニケーションや憩いの場に変わると学校の先生方はおっしゃいますね」

研究会の調査からも、トイレの環境が子どもたちの心理や健康面に大きな影響を及ぼすことが示唆されている。例えば、さいたま市立内谷中学校のトイレ改修前後に実施した教職員アンケート調査では、排便を我慢することによる健康障害、感染症等の蔓延、トイレにまつわるいたずらやからかいなどが大きく改善した。

改修前後の教職員の声
出所:学校のトイレ研究会「さいたま市立内谷中学校トイレ改修前後教職員アンケート調査」(2016年1月)
(画像:学校のトイレ研究会提供)

「排便がからかいの原因になることもありますが、トイレがきれいになるとそれがなくなります。トイレが汚くて臭いとコミュニケーションにも影響があるということですので、やはりトイレの環境は重要だといえます」

研究会が協力した大阪府和泉市立伯太小学校のトイレ改修前後のアンケート結果からも、その様子が読み取れる。「トイレに行くのを我慢してしまうことがある」と答えた5・6年生の児童たちにとって、最大の理由は「汚い・におい」「和式便器」だったが、改修後はそれらを理由に挙げる児童は大きく減った。また改修後は、大便をしてからかわれると回答した児童はゼロとなった。

改修前後の子どもたちの声
出所:「和泉市立伯太小学校トイレ改修前後アンケート調査」(協力:学校のトイレ研究会、2010年実施)
(画像:学校のトイレ研究会提供)

トイレの改修に当たり、トイレづくりに子どもたちを参画させる学校もある。自分たちでデザインを考えたトイレだと、きれいに使う意識が高まり、大事に使おうと一生懸命掃除をするようになるという。「さらにそれが後輩たちにも受け継がれていくという、よい教育効果が生まれるきっかけにもなっています」と冨岡氏は話す。

「多様な利用者」を前提とした役割も求められるように

一方、学校のトイレには新たな課題もある。文科省は、インクルーシブ教育を推進しており、そのためにも学校施設のバリアフリー化を進め、ユニバーサルデザインの考え方を目指していくこととしている。

バリアフリー化については、東日本大震災以降、内閣府の国土強靭化の一環として推進されてきたが、文科省は2025年度までに避難所に指定されているすべての学校の校舎と体育館にバリアフリートイレを設置することを目標に掲げている。22年度の実施状況は、校舎が70.4%、体育館が41.9%となっている。

「学校のトイレの役割が、児童生徒の教育の場だけではなく、地域の人たちのための施設であることが求められるようになりました。そのため、都道府県によってその取り組みに差はありますが、トイレのバリアフリー化は進んでいます。水害時は2~3階が避難所になる場合があることや、特別な支援を受けている子がいることなども踏まえ、すべての階にバリアフリートイレを造ったり、男女共用トイレを複数設けたりする動きも広がっています」

性的マイノリティーの子どもたちのニーズに応じたトイレも増えつつあると冨岡氏は語る。

「学校でも性同一性に悩む子どもたちが一定数いて、男女に分かれたトイレを使うことや並んで立ち小便をすることに抵抗感を持つ子がいるという課題が出てきています。トイレに対する考え方は多種多様で明確な答えがあるわけではありませんが、職員用のトイレや保健室のトイレを開放してあげるといった工夫だけでなく、男女共用トイレの個室に手洗い場も設けて入りやすくするなど、新たな形のトイレができ始めています。校舎の中で子どもたちが選択できる環境が広がりつつあると感じています」

多様な利用者を前提とした役割が求められるようになっているため、学校のトイレは今後、もっと進化していくだろうと冨岡氏は見ている。

「学校内はもちろん、地域の方も年齢、性別、国籍、身体状況はさまざまで、誰が利用するかわからないという前提で、その備えをしておかなければなりません。そういった意味でも、学校のトイレの役割はもっと大きくなるのではないかと思います。コロナ禍で一気に衛生面が向上したように、必要性が伝われば変わります。学校のトイレは課題が多いのですが、解決されるよう研究会も引き続き啓発に努めたいと考えています」

(文:國貞文隆、注記のない写真:学校のトイレ研究会提供)