生産性を上げる「立ち会議」や「ABW」

大手オフィス家具メーカーとして知られるオカムラ。オフィスに限らずさまざまな空間づくりを行っているが、実はそれだけではない。1980年に「ワークデザイン研究所」を立ち上げ、オフィスを中心に学校や病院、研究施設なども“働く場”と捉えて多様な研究を行ってきた。同研究所所長の森田舞氏は、次のように説明する。

森田舞(もりた・まい)
オカムラ ワークデザイン研究所 所長
岡村製作所(現・オカムラ)入社後、製品の企画開発担当を経て、大学や社外の専門家と働き方・働く場に関する共同研究・効果検証などに携わる。2022年より現職。講演会の講師、研究誌・ウェブでの情報発信なども手がける。博士(工学)、一級建築士。著書に『オフィスはもっと楽しくなる』(プレジデント社)

「40年以上にわたり空間の改善や効果的な働き方について調査・研究を行ってきました。働き方改革に注目が集まった頃からは、『ツール・環境・制度』が三位一体で『人』を支えていくという、『人』を中心に据える形で働き方を捉えています。自社の働き方も、この考え方に基づき改革を続けています」

実際に新しい働き方に挑戦するため、ミーティングスペースや集中スペース、協業スペース、カフェスペースなどさまざまな空間を設けた「ラボオフィス」では、社員たちが日々「ABW(Activity Based Working)」(※1)を実践している。ここで得た知見や各種の調査研究は、顧客提案に活用するほか、自社のホームページでも一部公開している。

※1 仕事の内容に合わせて自由に場所を選べる働き方。近年、国内でも普及が進んでいる

オカムラのラボオフィス

例えば、社内で立って行う「立ち会議」を導入してアンケートを取ったところ、会議が「はかどった」「ややはかどった」と回答した参加者は合わせて約7割に上った。立っていると効率よく会議が進むよう努めるようになり、時短につながるらしい。発言量や会話量が増えると感じた参加者も多かったという。これは職員会議が多い学校現場でも、早く帰るための方策として取り入れやすいかもしれない。

同社が実践・推奨しているABWに関しても、一定の効果が確認されている。113人を対象に行った2018年の同社調査では、ABWについて「集中できる」(62%)、「仕事の効率が上がる」(53%)などの回答が得られた。

「フリーアドレス」は学校に適しているのか?

しかし、「オフィスでのABWを現状の学校に導入するのは難しい」と森田氏は指摘する。確かに教員は授業があるので在校を基本としており、リモートワークが可能な学校も圧倒的に少ないため、働く場所を自由に選びにくい。

では、職員室をフリーアドレス(※2)にするのはどうか。企業では以前から導入が増加傾向にあったが、コロナ禍以降さらに増えているという。学校でもすでに導入しているところはある。

※2 固定席を持たず、空いている席やフリースペースを自由に使うスタイル

2018年の同社調査でも、フリーアドレスの効果として「コミュニケーションが増える」(39%)、「ペーパーレス化」(39%)などが上位に挙がっているといい、職員室でも対話の活性化や効率化につながるのではないだろうか。

ところが、森田氏は「一概に働きやすくなるとは言えません」と言う。何が問題なのか。

「フリーアドレスの基本はクリアデスク。帰宅時は片付けて机に何もない状態にする必要があります。当社もそうですが、フリーアドレスを導入する企業では、資料はデータ化し、どうしても共有が必要な紙類は共同収納に入れます。先生方は書類や個人情報をたくさんお持ちなので、ここのハードルは高いのではないでしょうか」

同研究所で学校施設の研究を担当する前田明洋氏も、次のように話す。

前田明洋(まえだ・あきひろ)
オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチセンター
岡村製作所(現・オカムラ)入社後、空間デザイナーとして設計に従事。2008年より学校教育に関わる空間環境に関する研究業務を開始し、初等教育から高等教育までの一貫した教育環境について、新しい学びのあり方をプロポーザルする。国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学客員准教授

「例えば小学校の先生は、大きな定規など不定形の持ち物が多い。手作りの教材が山ほどあり、児童たちからもらった思い出の品などが机の引き出しや足元の段ボールに詰め込まれている場合も。物量の観点で言うと、フリーアドレスの導入は中学校や高校のほうがスムーズです。また、デジタル教科書を使えるようになりましたが、児童生徒の教材はまだアナログが多い。答案も引き出しに入れて鍵をかける状態が先生方は安心なようです。ICT化に課題のある現状からも、フリーアドレスはあまり適していないように思います」

また、フリーアドレスの導入がうまくいくかどうかは、物の整理とICT化のほか、「人的な要因」も大きいようだ。自席を“自分の城”だと感じている教員は、フリーアドレスに抵抗感を持ちやすいという。

「企業もその点は同じで抵抗感を持つ人はいるので、移転や改装を機に、ワークショップなどを通じて『オフィスをどう使うか』『どう協力し合うか』を皆で考えるステップを踏むことが多いです。学校もそこから始めるとスムーズかと思いますが、忙しくてその時間が取れないという課題もあるでしょう」(森田氏)

「不定形の業務」が多い教員、実態に合ったレイアウトが必要

とはいえ、空間づくりによって働き方をよりよくしていく手だてがないわけではない。前田氏は、「オフィスと学校が大きく違うのは、ステークホルダーの種類。先生方は、児童生徒、保護者、地域、教職員など、多様な関係者に1人で対応しなければいけない。その特殊性が長時間労働につながっている面が大きい」とし、この点を踏まえた空間づくりが重要ではないかと考えている。

(資料:オカムラ提供)

下の図を見てほしい。これは前田氏が、教職員の日常業務活動と空間環境の特性の関係を整理したものだ。事務処理や授業関連の定型的な業務(青い部分)よりも、コミュニケーションを中心とした不定形の業務(赤い部分)が圧倒的に多いことがわかる。

(資料:オカムラ提供)

「青い部分はICT化で効率を上げられると思いますが、赤い部分、とくにメインとなる『見守り』の業務をフォローできる仕組みをつくらないと残業は減らないのではないでしょうか。そのためには、人員配置や抜本的な業務削減などの制度改革と、現場での環境改善が必要です。環境改善については、やはりABWの発想が重要になると思います」(前田氏)

そこで、前田氏が一例として提案するのが、次のプランだ。ある程度、物の整理とICTの活用などによってペーパーレス化ができていることが前提だが、標準的な面積の職員室でもこれだけ変わる。

ABWの要素を取り入れた職員室のイメージ。幅13.5メートルの標準的な職員室のサイズでレイアウト
(資料:オカムラ提供)

壁に向かう形で個人席が並んでいるので、きっと集中作業もしやすい。収納量のある机にアップデートできれば、ある程度私物も残しやすいだろう。一方、共有作業空間や、児童生徒とコミュニケーションが可能なオープン交流空間も設けている。これなら教員は資料を広げた作業やちょっとした打ち合わせもすぐできるし、児童生徒も質問や相談などがしやすそうだ。

「実際、ある中高一貫校の職員室前にオープンスペースを作ったことがありますが、先生と生徒のコミュニケーション度がすごく上がりました。相談したいけれど先生が忙しそうだから生徒が遠慮して帰ってしまう、といったことがなくなったそうです」(前田氏)

管理職の席にも注目したい。教職員全員の様子が把握できるよう中央に配置。教員から何か相談された際に同じ目線で話せるよう、管理職の席の間に別途テーブルといすも設けている。

「本当はロッカー室や先生のリフレッシュスペースもあったほうがいい。でも、同じ空間かつ固定席であっても、このようにABWの要素を取り入れることで先生方のコミュニケーションをサポートすることはできるのです。こうした考え方をベースに、校種や学年、学校の特性、予算などによって検討するとよいのではないでしょうか。また、環境改善を足がかりに、職員室内を段階的に学年ごとのグループアドレス(※3)にし、最終的にフリーアドレスにしていくことは可能だと思います」(前田氏)

※3 チームごとにエリアを決め、そのエリア内で自由に席を使うこと

「教員が健やかであること」がよりよい教育につながる

一方で、主体的・対話的で深い学びを実現するにはどのような空間が必要か。ポイントとしては、「児童生徒にとって、居心地のよい学びの居場所をきちんとつくってあげること」だと前田氏は言う。

「身体的・心理的安全性や生理的な快適さはもちろん重要ですが、コミュニケーションを育む工夫も必要でしょう。例えば米国では、廊下にファミレス型のテーブルとソファを置くなど、対面で話せる場所を各所に設けている。また、アクティブラーニングの場では、ヒエラルキーを生む四角い机よりも、共感を生む丸いテーブルのほうが向いています。四角い机しかないなら、それを円形に並び替えるだけでも違います。そうやって、その空間で何をさせたいかを考え、居場所をつくってあげることが大切だと思います」(前田氏)

教員が家具を活用するという方法もある。実際、キャスター付きのスタンディングデスクを上手に動かしてアクティブラーニングを行う教員や、カスタマイズできる箱型のツールを用いて「自分たちの空間を自分たちでつくる」という体験を児童生徒たちにさせ、主体性や創造性を育もうとする教員もいるという。

キャスター付きのスタンディングデスク(上)やカスタマイズできる家具(下)などを使って新しい学びに挑戦する教員もいる

しかし、そうした授業改善の意欲や余裕を生み出すものは、やはり働き方改革だと森田氏は言う。「先生方が健やかでいることがよりよい児童生徒の指導や教育につながると考えています。違う視点から解決できることもありますので、われわれのような学校外の力も活用しながら働き方を変えていっていただきたいです」(森田氏)

空間づくりは予算やプロの力がないとできないことも多いが、ABWの要素を取り入れた配置変更のポイントは、ウェルビーイングな職員室づくりの参考になるのではないか。また、フリーアドレスの検討はさておき、「物の整理」と「ICTの活用」は働き方改革を進めるうえでどの学校にも重要なことだろう。物の整理については関連記事(整理収納のプロが語る、忙しい学校も今すぐ可能な「時短をかなえる片付け術」)が参考になるかもしれない。ペーパーレス化などの効率化も、文科省が情報端末とクラウドの活用を推進し、好事例も多く出てきている今、難しくはないはずだ。

・同社の調査研究データは「オフィスづくりのコラム」より引用 

(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:オカムラ提供)