実は身近、小児期のDCDの割合は人口の「5~6%」

──DCDは、どのような特徴が見られるのでしょうか。

DCDの診断で用いられるDSM-5(アメリカ精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)における、正式な診断名は「Developmental Coordination Disorder」。発達障害の1つで、日常的な動作に極端なぎこちなさが見られます。人間が何か動作を行う際は、視覚や聴覚からの情報、モノと自分の位置関係など、さまざまな情報を無意識に統合しながらイメージどおりにいくつもの筋肉を動かし、目的を達成します。これを「協調運動」と呼ぶのですが、DCDは協調運動の発達がスムーズにいかないことで生じるといわれています。

※ WHOのICD-11(国際疾病分類第11回改訂版)では「Developmental Motor Coordination Disorder」

例えば、子どもは幼児期から学童期にかけて、箸を使って食べる、ボタンを留める、クレヨンで色を塗る、字を書く、ハサミを使う、ボールを蹴るなど、さまざまな動作ができるようになっていきますが、DCDの子は極端に動作がぎこちなく、時間がかかってしまいます。

こうした様子に当てはまるお子さんが思い浮かぶ学校の先生もいるのではないでしょうか。小児期のDCDの割合は人口の5〜6%といわれており、実は身近な存在です。

古荘純一(ふるしょう・じゅんいち)
青山学院大学 教育人間科学部教育学科 教授、医学博士
1984年昭和大学医学部を卒業後、88年同大学院を修了。小児科専門医、小児精神科医として臨床現場で診察を行いながら、発達障害や自己肯定感に関する研究を行っている。日本小児科学会用語委員会委員長なども務める。『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)など著書多数、近著に『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(講談社)
(写真:古荘氏提供)

──いつ頃から困難さが生じ始めるのでしょうか。

DCDのお子さんの保護者の方に話を聞くと、赤ちゃんの頃から気になる様子が見られたという声も。「嚥下が苦手で、ミルクを飲むとすぐむせた」「自分で姿勢を保つことができず、抱っこすると全体重をかけてくる」「ハイハイがうまくできず、やりたがらなかった」といったお話を聞いています。

幼児期では、極端に食べこぼす、よく転ぶ、スプーンやコップがうまく使えないといった様子がよく見られます。こうした動作がまったくできない場合、医師は神経系や筋肉の病気、脳性麻痺などを疑いますが、DCDの子は動作に時間がかかるものの、できないわけではありません。そのため、「単に不器用なのかな」「運動神経が悪いのだろう」と見過ごされがちです。

しかし、年齢が上がるにつれて細かい協調運動が求められるようになるため、小学校に上がった頃からぎこちなさが目立ち、いろいろな問題が出てきます。例えば、給食の配膳ができない、トレイを水平に持つのが難しいといった子がいます。

教科学習では板書がうまくできない、実技科目でも道具がうまく使えず時間内に終われないといった事態が生じます。また、答えは合っているのに「字が汚い」と減点されたり、着替えが遅いことから生活態度の評価が下がったりすることも。

そうした様子がからかいやいじめの対象になったり、体育ではドッジボールやサッカーなどのチーム対抗で「お前のせいで負けた」と言われてしまったり、ということも多いですね。

このように、さまざまな二次障害が生じることも大きな問題です。自信や意欲をなくしてしまい、学習にも身が入りませんので、不登校になってしまうお子さんや、次のステップへの展望が持てなくなるお子さんもいます。成長して就職したものの、作業効率が悪いと低い評価を受けてつまずいてしまうケースも。また、大人になってからのスポーツや趣味などの余暇活動にも、DCDが影響することが指摘されています。

「道具の活用」やその子なりの「マイゴール」の設定を

──DCDのお子さんに対して、どのような支援や配慮が必要でしょうか。

例えば書字が苦手なら、授業が理解できていれば写真に撮ってノートに貼り付ける、提出物にパソコンを使うなど、本人に合った学び方を認めてあげてほしいと思います。定規やはさみ、エプロンなど、道具を使う授業では、苦手なことをカバーしやすい道具や便利グッズを選んであげてください。

また、自分のペースで繰り返し練習すると動作を習得しやすいのかもしれません。ある関西圏にお住まいのDCDの方は、財布から小銭を取り出すことは異常に時間がかかるけれど、小さい頃から日常的に食べているお好み焼きはひっくり返せるそうです。ちなみに私もDCDの傾向があって図画工作が苦手でしたが、ピアノを習っていたため音楽には苦手意識を持たずにすみました。

繰り返しの体験によって自分なりにマスターできたり心に余裕ができたりすることはあるようなので、例えば、家庭科で調理実習があるなら、事前に家庭で同じメニューを一緒に作ってあげると、取り組みやすくなるかもしれません。

――体育においてはどのような配慮が求められますか。

体育は高度な運動が求められるので、DCDの子にとってはとても苦しい時間です。DCDに限らず、発達障害の方は「体育が一番苦手」という方が多いようですね。ほかの教科と違って、「できる・できない」が可視化されやすく、競争する場面が多いためでしょう。今の学校の体育は、技術や体力の向上が重視され、それが難しい子どもたちがどうしたら健康でいられるか、どうしたら体育に参加できるかという視点が抜け落ちています。

以前、日本DCD学会で、サッカーが苦手なDCDのお子さんを対象にしたデモンストレーションが行われましたが、指導者が実際にお手本を見せながら、「ボールを持って走る」「ボールを足に乗せる」といったことからチャレンジしていました。

そんなふうに、例えば体育の跳び箱も「まずは跳び箱に手をつく」を目標にするなど、実現可能なところから始めて、その子なりの「マイゴール」を設定してあげることが重要だと思います。

DCDは「ほかの発達障害との併存」が多く見られる

──DCDのお子さんを持つ保護者の方にアドバイスをお願いします。

DCDと診断されれば、学校や先生に対し、発達障害の1つということで合理的配慮の申請がしやすくなります。しかし、残念ながら日本ではまだまだDCDの認知度が低く、診断できる医師も限られています。

現状としては、東京よりも関西のほうがDCDに精通した先生が多いなど地域差もあるので、まずは地域の保健センターや小児科、小児神経科などで「これはDCDの症状ではないか」と聞いてみて、DCDの診断ができる医師を探すこと。養護教諭やスクールカウンセラー、外部の公認心理師などに相談して探すのも一つの手です。

また、DCDは、LDやADHDとの併存が多く見られるほか、 ASDとの併存も確認されています。ほかの発達障害も疑われるならばそちらの診断を受け、学校に合理的配慮の申請をするという方法もあります。

それも難しい場合は、DCDの疑いがあることを説明して「この動作を何度やっても失敗するので、こういう配慮をお願いできますか」と具体的に学校に交渉してみましょう。その際、さまざまな二次障害が起こりうることを伝えることも大切です。担任の先生の反応がよくないのであれば、ほかの先生やスクールカウンセラー、養護教諭などほかの教職員にも相談してみましょう。

保護者の方は、医師に限らず学校関係者やママ友など、さまざまな人にDCDやお子さんの特性について話し、その輪を広げていってほしいです。それが周囲の理解につながり、情報収集もしやすくなっていくと思うのです。

課題は「ディメンジョナルな診断」ができる医師の少なさ

──DCDの診断ができる医師が少ないというのは大きな課題ですね。

はい。診断に用いるDSM-5には質問紙やスクリーニング検査が記載されているわけでもなく、文言で書かれた診断基準を評価できる小児科医や小児精神科医がまだまだ少ないです。

子どもは発達過程にあり、時間経過とともに症状が変化しうる点もDCDの診断を難しくしています。例えば、発達障害を併存している場合、ADHDの症状が強く出ていてDCDは診断基準に満たない場合はADHDと診断されますが、ADHDの症状が落ち着いた頃にDCDの支援が必要になるケースもあります。

つまり、診断の時点で不器用さの評価が難しくても、症状や困り事が見られるのであれば診断書に記載しておき、経過観察をして必要なときに支援につなげていかなければなりません。正確に白黒つけることを重視する医師も多いですが、時間軸と症状軸でその子の高次機能全般を診ていくディメンジョナル(次元的)な診断をしていただきたいと思います。いわゆるグレーゾーンの子どもたちのそれぞれの症状を注意深く診ていくことです。

また、DCDの専門医が増えないのは、効果が確認されている薬があるわけでもなく、心理療法も行いにくいため、保険診療に反映されにくいという背景もあります。理想としてはDCDを診断できる小児科医が増えて、理学療法士や作業療法士につなげられる仕組みができるとよいと思っています。

──教育に携わる方に知っておいてほしいことはありますか。

DCDの人たちが公平に生きていくためには学校や社会の意識改革が必要です。とくに全国の学校の先生や保育士さんには、脳の特性によってどんなに頑張ってもみんなと同じように動くのが難しい子がいること、他者と比べると深刻な二次障害が起こりうることを知っていただきたいと思っています。

学校の先生は、「苦手なことは練習を重ねて克服できるようにしてあげよう」と頑張ってしまいがちですが、DCDの子のようにどうしてもできない子がいます。何かができない子に対し、どうか「努力不足」だと言わないで努力を認めてあげてください。それだけでも救われる子はいると思います。

(文:吉田渓、注記のない写真:TATSU/PIXTA)