自由進度学習、異学年の探究学習、サークル対話などを導入

イエナプラン教育はドイツで始まり、後にオランダで発展した教育法だ。異年齢クラスでの活動を通じて、自律と共生を学ぶ。特徴ある取り組みとしては、自ら立てた学習計画に沿って学ぶ時間「ブロックアワー」、教科横断的な探究活動「ワールドオリエンテーション」、子どもたちと教員が車座で話す「サークル対話」などが挙げられる。

山吹小学校はイエナプランスクール認定校ではないが、ブロックアワーにヒントを得た自由進度学習「山吹セレクトタイム」(以下、YST)を導入。そのほか異学年グループの「ふれあい活動」やサークル対話など、「イエナプラン教育の『いいとこ取り』をしている」と校長の山内敏之氏は話す。

山内敏之(やまうち・としゆき)
名古屋市立山吹小学校 校長
同校に赴任して10年目。自らの情報収集によりイエナプラン教育を知り、そのコンセプトを取り入れた授業改革を行う

「一斉授業は、明治期以来、約150年続いてきましたが、習熟度の差への対応が難しいと感じていました。ほかの子との比較により、自己肯定感の低下、いじめ、不登校につながるおそれもあります。そのような問題意識をずっと抱える中でイエナプラン教育を知り、これは『個別最適な学び』と『協働的な学び』を実現できる教育方法だと思ったのです」

山吹小では2019年度より、ワールドオリエンテーションの理念に基づき、総合的な学習の時間を使ってふれあい活動を開始。1〜3年生、4〜6年生が、それぞれ8人程度の異学年グループで探究学習を行う。21年度は、SDGs(持続可能な開発目標)に基づき、低学年では「つくる責任 つかう責任」をテーマに給食調理場で食べ残しの量を調べ、高学年では「住み続けられるまちづくりを」をテーマに防災・福祉・観光の3つの観点からそれぞれのグループが取り組みたい学習を行った。

ふれあい活動

「上級生と下級生でグループをつくる従来の異学年交流では、お世話をする・されるという関係にとどまり、発展性に欠けることが課題でした。年齢の近い異学年グループにしたことで活発な意見交換が行われるようになり、3年生と6年生の2回、リーダーを経験できることの教育効果も大きいと感じます」

20年度には、自由進度学習の実践経験のある教員に学年主任を任せ、5年生の全3クラスでYSTを導入。21年度は全学年へと拡大し、1〜2年生では国語や算数の1単元から始め、3年生以降は国算理社の4教科へと広げていった。現在、1〜2年生では週4〜5時間程度、3〜6年生では週8〜10時間程度がYSTに充てられている。

児童自らが時間割を決めて学ぶ「山吹セレクトタイム」

では、YSTの具体的な進め方について詳しく見ていこう。

① 児童が「学習計画」を作成、教員が「助言」

児童は毎週金曜日に配布される翌週の「週計画」と、単元のゴールや時数、教科書の該当ページなどを記した各教科の「単元進度表」を基に、翌週のYSTの学習計画を立てる。教員はそれをチェックし、学習法などを助言する。

学習計画を立てる児童

「教科書、プリント、ICT教材など、学び方や教材は選べることをつねに全員で共有しており、そういった選択肢も単元進度表に示したり、教室に掲示したりしています。子どもたちはいつ、何を、どのように学ぶかを自分で決めるのです」

単元進度表

② 「インストラクション」で見通しを共有

各単元の最初には見通しがイメージできるよう「インストラクション」を実施。学びのゴールや、日常生活や既習事項との関連性などを教員と児童が共有する。到達目標や評価基準は3段階のルーブリックにまとめ、これも教室に掲示している。

ルーブリックは教室に掲示して可視化

「例えば、6年生の算数の『対称な図形』の単元であれば、『点対称・線対称の図形を使ってオリジナルの模様を作ってみよう』というゴールを伝えます。そして、名古屋東部を走るリニアモーターカーの各駅のロゴには点対称や線対称の図形が使われているといった話をしながら、興味をかき立てていくのです。インストラクションはどこまで説明するかのあんばいが難しく、教えすぎると子どもの興味をそぎかねないので、教員の腕の見せどころだといえます」

③ 学習計画を「実行」「振り返り」

YSTでは、タブレット学習で算数の問題を解く児童、国語の教科書を音読する児童など、1クラスの中でさまざまな教科・手法の学びが同時進行する。教員は巡回しながら個別にアドバイスをするほか、同じところでつまずいている児童を集めて説明することもある。

YSTの様子

「わからないことがあったら、自分で調べてもいいし、友達や先生に聞いてもいい。複数の解決方法があることを子どもたちはYSTの実践から学びます。教員も今まで以上に見取る時間が増えるため、前学年の復習が必要な子どもやさまざまな特性がある子どもにも個別対応がしやすく、子ども自身が引け目を感じずに済むのもYSTのメリットです」

なお、YSTの冒頭では必要に応じてサークル対話を行い、児童それぞれが意識したいことや全体で大切にしたいことなどを共有。終了時には各自でその時間の学びや学び方を振り返る。宿題の有無は担任に委ねているが、YSTで終わらなかった課題を自主的に家で仕上げてくる児童もいるそうだ。気になる評価だが、「もちろん3観点に基づき評価をしていますが、通知表は変えておらず、理解度の確認にはペーパーテストも実施しています」と山内氏は説明する。

「心理的安全性」が保たれた環境づくりに注力

さらに、心理的安全性が保たれた環境でYSTを実施する土台づくりとして、学級活動やふれあい活動の前に「山吹アドベンチャープログラム」(以下、YAP)を実施。

年度当初はYAPやサークル対話を頻回に実施

これは価値観の共有を目的とするアクティビティーで、とくに年度始めは頻回に行って「このクラスは安心できる」と思える関係づくりに注力しているという。

「YSTやふれあい活動で子どもたちが自然に教え合ったり助け合ったりできるのは、日頃からYAPで信頼感を深めているから。とくに1年生の1学期はYAPなどを通じて早く学校に慣れることを第一に考え、YSTの導入は2学期以降としています」

2021年度に3年生だった学年を対象に行った3年次と4年次のアンケート結果を比較すると、「自ら進んで課題に取り組むことができる」という質問に「はい」と答えた児童は52%から61%へ、「課題によって学び方を選んで取り組むことができる」という質問では48%から67%へといずれも増加した。

また、21年度の卒業文集では、「YSTを通して『計画性』が確実に身に付きました」「振り返りの大切さを学びました」「『友達と一緒にやる意味』が学べたと思います」など、約100人の卒業生のうち14人がYSTについて触れたという。

保護者も、児童の家庭学習について「計画的に勉強している」「パソコンで遊んでいるのかと思ったら調べものをしていた」と変化を感じているそうだ。

「よりよいインストラクションや、進度が速い子の知的好奇心も満たす探究学習についての実践研究を深め、さらなる学びの充実を図りたい。同じエリアの小中学校で個別最適な学びのコンセプトを共有して取り組む計画も進んでいます」と、山内氏は今後の展望を語る。

重要なのは「共通認識」、実現の手法は多様でよい

2019年度から独自にイエナプランのコンセプトを取り入れてきた山吹小。その実践を後押ししたのが、名古屋市教育委員会(以下、市教委)が「ナゴヤ・スクール・イノベーション事業」の一環として21年度に実施した「マッチングプロジェクト」だ。民間企業などと連携した実践研究を希望する140校以上の応募の中から、山吹小は6つのプロジェクトのうちの1つに選ばれ、日本イエナプラン教育協会と連携して教員研修を実施。YSTも全学年で展開することになった。ただ、具体的な活動内容や進め方は教員自らが考える必要があり、その話し合いには多くの時間を割いたという。

「当初は教員の負担が増し、導入の目的から理解を求める必要がありました。しかし、いざ始めてみると、子どもたちが目を輝かせて学ぶようになり、教員のモチベーションが向上していきました」

現在は、新任や転任の教員には時間をかけて研修を行い、各種資料は校内で共有することで教員の負担軽減を図っている。しかし、体験学習が多いふれあい活動に関しては教員の負担が大きいため、持続可能な働き方とのバランスを模索しているという。

山吹小の公開授業には全国から毎回100人以上の参加がある。市内でも1単元内、1時間内といった範囲で自由進度学習を取り入れる学校が増えてきているという。しかし、市教委首席指導主事の横井裕人氏は「市内の全公立校に山吹小と同様の取り組みを一律に求める意図はない」と話し、こう続ける。

横井裕人(よこい・ひろと)
名古屋市教育委員会事務局 新しい学校づくり推進部 新しい学校づくり推進室 首席指導主事
(写真:横井裕人氏提供)

「市の学びの方針『ナゴヤ学びのコンパス 中間案』では、目指したい子どもの姿を『ゆるやかな協働性の中で自律して学び続ける』としています。この姿を実現する手法は1つに限定されるものではありません。各学校において教職員が対話を重ね、自校に即した実践を進めていけるように支援したいと考えています」(横井氏)

山内氏も、授業改善に当たっては「まず手法ありき」の発想に陥らないようにする必要があると指摘し、「重要なのは、なぜ新しい学びを取り入れる必要があるのかを教員一人ひとりが理解し、共通認識を持つこと。『個別最適な学び』や『協働的な学び』を実現する手法は、多様でよいのです」と言う。

自校にとって必要なことは何かを考え、できることを、できるところから始めていく。山内氏の言う「いいとこ取り」の精神で、柔軟な形で授業改善を進めていくことが、新しい学びを実現する秘訣なのかもしれない。

(文:安永美穂、注記のない写真:山吹小学校提供)