心理的安全性が保証されないことの絶望

LGBTQは、性的マイノリティーを表現する言葉の1つ。性的指向や性自認(※1)を表す5つの言葉の頭文字から構成されている。Lはレズビアン(同性を好きになる女性)、Gはゲイ(同性を好きになる男性)、Bはバイセクシュアル(同性を好きになることも異性を好きになることもある人)、Tはトランスジェンダー(体の性と心の性が異なる人)、Qはクエスチョニング(性的指向・性自認がはっきりしない人)のことだ。意外と見落としがちなのは、この5つだけが性的マイノリティーではないということ。好きになる性を持たない人もおり、ひとくくりにすることはできない。そのため、近年では誰もがそれぞれの性を持つことを表す「SOGI(ソジ)」という言葉も使われるようになってきている。

※1 性的指向(Sexual Orientation:セクシュアル オリエンテーション)は「どんな性を好きになるか」を示す概念。性自認(Gender Identity:ジェンダー アイデンティティ)は「自分の性をどのように認識しているか」「どのような性のアイデンティティ(性同一性)を自分の感覚として持っているか」を示す概念。
参照(法務省サイト):http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00126.html

他方で、マイノリティーという表現に惑わされてしまうが、LGBTQ当事者の数は決して少なくない。調査団体や実施時期によってばらつきがあるが、電通ダイバーシティ・ラボの「LGBT調査2018結果報告」(※2)によれば、日本のLGBT層の割合は8.9%。11人に1人ということは、1クラスに2、3人当事者がいる計算となる。公立小学校の非常勤講師を務めながら、LGBTQや教育に関する講演活動を精力的に行っている鈴木茂義氏は、「周囲に必ずいると考えておくことがとても大切」だと話す。

※2 調査名は「LGBT調査」だが、電通ダイバーシティ・ラボは実質的にLGBTQ+調査であると補足説明をしている。

「子どもたちの中だけではなく、保護者や同僚の教員なども含め、どの世界にも必ずLGBTQ当事者はいます。ただし、ほかの人との違いを持っているのはLGBTQ当事者だけではありません。いろいろな人がいて、それぞれを大切にしなければいけないという当たり前のことを学校での教育活動のありとあらゆる場面で伝えていくことが大前提です」

つまり、多様性を尊重し受容するインクルーシブ教育の実践だ。この思考の有無は、LGBTQ当事者にとってかなり大きい。鈴木氏が指摘するように、ありとあらゆる場面で積極的にメッセージを発信していかないと伝わらず、閉塞感を与えてしまうからだ。鈴木氏自身も、小・中・高と息苦しさを感じてきたと明かす。

「私は、小学校1年生の時に男の子が好きだということに気づきました。でも、好きな女の子もいたので、他者との違和感はありましたがうまく説明できなかったんです。学校の先生に相談したかったのですが、『先生にバカにされるのでは』『周りの人に言いふらされるのでは』『そうなったらもう学校に行けなくなるかもしれない、そうなるくらいなら黙っていたほうがいい』と無意識に口をつぐんでいました」

鈴木氏を息苦しくさせたのは、同性を好きになる気持ちを揶揄するような言葉だ。たとえ直接向けられたものでなくても、「あいつはオカマだ、ホモだ」といった嘲笑交じりの言葉が放たれれば、心が閉じてしまう。

「子どもですから無邪気に言っているんですが、そういう人がいる場所では心理的な安全性がまったく保証されませんから『絶対に明かさない』となってしまいます。私も、20歳になるまで社会からやんわりと否定されているような感覚がありました。ずっと『自分は変だ』『なぜこうなってしまったんだろう』と思っていましたし、大学に入学した頃まではどう生きていけばいいのかまったくわかりませんでした」

ポジティブな「肯定」を伝え続ける意味

鈴木氏がその閉塞感を打破したのは20歳のときだ。

「仲のいい女性の友達にカミングアウトしました。そうしたら『びっくりしたけど、シゲはシゲで変わらないからいいんじゃない?』と温かく受け止めてもらえました。その瞬間、まるでトレヴィの泉のように大きな安心と自信が湧き上がり、体の中を駆け巡ったことを覚えています。気持ちを共有してもらえるということは、こんなにも大きなエネルギーになると気づきました。この経験がなければ、現在のように社会に自分の性的指向を公表することはなかったと思います」

この鈴木氏の経験が示すのは、カミングアウトの大切さではない。自分を否定せず、すべてを肯定してくれる安心感がいかに大きいかということだ。

「先生は日常的に子どもたちと接していますので、何となく気づくこともあると思うんです。でも、その気持ちを先生に伝えるかどうかの選択肢を持っているのは、先生ではなく子どもたち自身です。無理やり言わせようとしたり、詮索したりするのは、“してはいけない対応”だと思います」

では、どうすればいいか。鈴木氏が提案するのは「環境整備」と「窓口の開放」の2つだ。「環境整備」は、前述のように「ありとあらゆる場面」で多様性を受容することの大切さを伝えたうえで、LGBTQに対するポジティブなメッセージを発信することを挙げる。

2019年にニューヨークのLGBTQの祭典「NYCプライドマーチ」に参加した後、国連を訪れた鈴木氏。国連職員とLGBTQについての意見交換を行ったという

「例えば、学級文庫の中に性の多様性について書かれた本を入れるだけでもいいと思いますし、朝の会で先生がLGBTQのポジティブな話をするのもいいでしょう。“1人1台PC”の環境が整いますので、動画教材などを活用するのも効果的です。そうやって多様性を受容する環境を整えることで、LGBTQ当事者だけでなくすべての子どもたちの心理的安全性を広げられます」

もう1つの「窓口の開放」は、面談の機会を設けることだ。必ずしも、LGBTQとひも付ける必要もなく、無理に話をさせる必要もない。「先生に話してみようかな」という子どもたちの思いの受け皿になればいいと鈴木氏は話す。

「子どもたちが先生にやってほしいこと、やってほしくないことをきちんと話せる状況をつくるということです。もちろん、面談を設定したからといって、子どもたちがすべてを打ち明けてくれるとは限りません。私は、クラス担任をしていたとき、年に3回個人面談をしていましたが、『今学校でいちばん楽しいことは?』『今学校でいちばん困っていることは?』『先生にしてほしいことは何?』の3つだけを聞くようにしていました。子どもたちが抱えている悩みはそれぞれ異なりますので、こういう対応をすればいいという答えはありません。むしろ、LGBTQに特化して考えず、一人ひとりに向き合うことが大切でしょう」

外部リソースも積極的に活用すべき

子どもたちにとっての「窓口」は、担任の教員である必要もない。スクールカウンセラーなど学校外のリソースも積極的に活用するべきだと鈴木氏は主張する。

「学校の先生は、何でも自分でやろうと頑張ってしまうところがあります。でも、先生にわかってほしいという子もいれば、先生にだけは言いたくないという子もいるんです。担任の先生には話さず、スクールカウンセラーだけにカミングアウトしたという事例もあります。脳性マヒを持ちながら小児科医として活躍する東京大学准教授の熊谷晋一郎先生が、『自立とは依存先を増やすこと』とおっしゃっていますが、学校の先生もいろいろな人に頼るべきだと思います」

鈴木茂義 氏(すずき・しげよし)
公立小学校非常勤講師、自治体相談員、上智大学文学部非常勤講師。専門は特別支援教育、教育相談、教育カウンセリングなど。文教大学教育学部卒業後、14年間の正規小学校教諭勤務を経て現職。LGBTQなどの情報発信を行うホスピタリティー施設の設置や、多様性に関するさまざまなイベント・コンテンツの提供を目指すプロジェクト「プライドハウス東京」(https://pridehouse.jp/)にも参加。同プロジェクトは、日本初の常設大型総合LGBTQセンター「プライドハウス東京レガシー」を2020年10月にオープンしている。鈴木氏の心のオンライン相談はこちら、連絡先はこちら

実際、現時点で学習指導要領には「性の多様性」についての記載はない。2020年度から、一部の保健体育の教科書に盛り込まれたものの、適切な接し方や教え方が学べる公的資料は多くない。関連研修の実施に力を入れている自治体もあるなど、LGBTQについて学ぶ機会は増えているものの、教員や教員養成課程の学生たちが必ず学ぶべき研修とはなっていないため、どうしても認識に格差が生じている。だからこそ、教員が1人で解決しようとするのではなく、外部と連携したり情報交換をしたりするのも1つの方法だという。

「ICTが身近なものとなったことで、動画教材のほか、オンラインのコミュニティーとつながりやすくなったことは、学校でのLGBTQ教育にも役立つのではないかと思っています。私がスタッフとして参加している日本初の常設LGBTQセンター『プライドハウス東京レガシー』でもさまざまな取り組みをしていまして、パナソニックやシスコシステムズなどの企業から協力を得ながら遠隔授業やライブイベント、映画の上映会なども実施しています。遠隔授業では、LGBTQ問題に関心がある日本全国の生徒とつながって話すことができました」

ICTによってそうしたつながりを増やしていくことが、多様性を受け入れるインクルーシブ教育の実践となる。鈴木氏は、教員も自身を受け入れ、「減点」ではなく「加点」の意識でLGBTQ問題を考えてほしいと語る。

「学校の先生方にLGBTQや違いを持った子どもたちへの対応の話をすると、多くの方がご自分で反省会を始めてしまいます。『あのときの一言が子どもを傷つけてしまったかもしれない』『あのとき、クラス内できちんと対応できなかった』とご自分を責めて“悪いところ探し”をする傾向にあるのですが、日本の先生は本当に優秀で、子どもたちとのいい関わりをたくさんしているんですよ。反省してご自分を減点するよりも、ご自分の関わり方の強みは何なのか、ぜひ“成功の原因追究”をしてほしいですね。そのやり方を少し変えるだけで、LGBTQの子どもたちにもうまく対応できるはずです」

2~3年前までは、鈴木氏がゲストティーチャーで「自分がゲイだ」と話すと子どもたちも非常に驚いていたというが、最近はそういう反応もないという。テレビやYouTubeなどで情報を得たり、LGBTQがテーマとなった映画を親と見たり、自治体が同性パートナーシップ制度を導入していたりとさまざまな要因はあるが、着実に「性の多様性」についての理解は進みつつある。だからこそ、とりわけ小学校のクラスで、多様性をポジティブに受け止めるスタンスを示し続けることの重要性が増しているのではないだろうか。

(写真はすべて鈴木氏提供)