「自由進度学習」を行う教室で目にした子どもたちの姿
教室には、黒板に背を向け1人で学ぶ児童、友達同士で机を合わせて学び合う児童、イヤホンで好きな音楽を聴きながら問題を解く児童……。子どもたちは、教科書やドリル、プリント、パソコンなどを使いながら自分のペースで勉強を進めている。
先生は教室全体を見て回りながら、個別に質問を受けたり、声かけを行ったりしている。
授業終了10分前。「キリのいいところで丸つけをして、振り返りをしようね。音楽を聴いている人は終わりにしましょう」。この言葉を合図に、児童全員が真剣なまなざしでパソコンに向き合い、「振り返り」を書き込み始めた。
これは、前原小学校6年生の算数「分数×分数」の授業の一こまだ。担任は、蓑手章吾先生。蓑手学級では、授業の進度を学習者が自分で自由に決められる自己調整学習の1つの手法、「自由進度学習」で授業を進めている。いわゆる “一斉指導”は、冒頭の約10分のみ。その後は、子どもたちが自由に学習を進めていくのが基本スタイルだという。
なぜ、このような授業を実践しているのか。
「当校に着任する前、4年間特別支援学校で勤務しました。障害のある子どもたちの指導は初めて。それまでの通常級の指導経験を生かせる場面がまったくといっていいほどなく、非常に苦労しました。しかし、障害児教育、心理学、人間発達科学などを学びながら接するうち、ある子はiPadを渡すと喜々として学習を始める、また「駅」が好きな子にはカタカナよりも先に漢字を覚えるよう促すと学習意欲が向上するなど、さまざまな成長が見られたのです。
その子の『好き』に寄り添いながら、一人ひとりの子どもに合わせた指導や支援を行うことで、すべての子が楽しく学べるようになることに気づきました。障害のあるなしにかかわらず、これが“学びの本質”なのだと。この経験を生かし、公立の小学校でも一人ひとりに向き合う教育に挑戦したいという気持ちが芽生え、自由進度学習のスタイルに行き着きました」
「めあて」と「振り返り」で“成長の実感”が味わえる
蓑手氏が実践する自由進度学習の、1時間の授業の流れを見てみよう。
45分のうち、冒頭の約10分は、その日の指導内容をまとめ全員に教える「ミニレッスン」。その後は児童それぞれが、「これから何を学習するか」という「めあて」を約5分で立て、それぞれに合う方法や環境の中で、約20分間の学習を行う。最後の約10分は、各自による丸つけと「振り返り」の時間。
重視しているのが、「めあて」の立て方と「振り返り」の内容だ。「めあて」については、子どもたちに常日頃から、「自分がぎりぎり達成できないくらいのレベルの『めあて』を立てよう」と伝えているという。
「極端な例ですが、6年生が『1年生の計算問題を5問解く』と『めあて』を立てると、ほぼ全員が100点を取れますよね。しかし、学びの本来の目的は、『100点を取る』ことではなく『自分を成長させること』。子どもたち一人ひとりが今の自分としっかり向き合い、成長につながるようなめあてが立てられるよう指導しています」
「振り返り」では、学習が終わった子どもたちに自分で丸つけをさせ、まずは「『めあて』が達成できたか否か」の確認を促す。達成できた場合もできない場合も、その理由をできるだけ具体的に書くようにと導いている。
「例えば、『うっかりミスで2問バツだった。次から気をつけたい』という『振り返り』に対しては、『約分を忘れた』『通分で計算間違いがあった』など、『どんなうっかりミスだったのか』をさらに深掘りしてもらいます。これにより、次に同様の問題が出たときの具体的な“戦略”が立てられる。ただ漫然と問題を解いて“量”をこなすのではなく、間違えた問題と深く向き合うことで、学びの“質”を上げることができます」
さらに「人と比べるのではなく、とことん自分と向き合い『昨日の自分よりもできるようになっている』という成長の実感を味わう経験を重ねることが、学びの本来の楽しさなのだと思います」という蓑手氏。子どもたち全員の「めあて」と「振り返り」に丹念に目を通し、一人ひとりに寄り添いながらサポートを続ける。
ICT×自由進度学習で実現する「個別最適な学び」
自由進度学習は、「ICTとの親和性が非常に高い」というのも大きな特徴だ。
前原小学校は、次世代ICT実践推進校として、全国に先駆け2016年から児童1人に1台端末を配備。Web授業システムとして「スクールタクト」を導入している。
「スクールタクトには、子どもたちの学習状況をリアルタイムに把握できる機能があるのですが、自由進度学習の『めあて』と『振り返り』でこの機能を活用しています。ページを2分割し、上段に『めあて』、下段に『振り返り』を書いてもらうことで、その内容を画面上で瞬時に把握し、記入にとまどっている子には書き方のヒントを伝えるなど、個別に素早く対応することができます。
また、子どもたちが取り組んだ活動を時系列で一覧表示できるポートフォリオ機能を活用すれば、一人ひとりの学習の進捗状況が一目でわかり、その子に応じた学びのサポートができます。これまでの学校は、『1対多』の一斉授業が主流でしたが、自由進度学習にICTを取り入れることで、教員と児童が『1対1』の関係をたくさんつくることができる。まさに、個別最適な学びにつながっていると思います」
子どもたちにとっても、スクールタクトでお互いの「めあて」や「振り返り」を閲覧することができるのが大きなメリットだ。「周りの友達が書いた内容を参考にすることで、よりよい『めあて』や『振り返り』を書けるようになった」という児童も多いという。
「自分の解答やテストの点数を隠したがる子がいなくなった」「自分に甘い目標設定や評価をしなくなった」「先生に質問ばかりしていた子が、自分で考えるようになった」など、学びに対する子どもたちの“マインド”の変化も見逃せない。
「当たり前ですが、子どもは一人ひとり違います。『自分はこうすればすぐに覚えられるんだ』『こう考えれば理解できるんだ』というテクニックのようなものは、その子にしかわからないですよね。だからこそ、自由進度学習を通して、まずは成長の実感を持つことが大切。『できるから楽しい!』という学びの喜びを増やしていきたいですね」
教員も一緒に学ぶことで、子どもも学校も育つ
当初は23年度を目指して進められてきたGIGAスクール構想だが、新型コロナウイルスの影響により前倒しとなり、20年度中にほとんどの小中学校で1人1台の端末とインターネット環境が整備される。
ICT教育は、児童生徒にとって個別最適で多様性のある授業を実現するための手法として期待されているにもかかわらず、ICT機器やネット環境の整備の問題、教員のITリテラシーの格差、ICT教育環境の地域差などにより、「本来の目的が現場に浸透していない」といった問題が生じているのが現状だ。
自由進度学習のみならず、公立学校のICT教育のフロントランナーとして多数の研究授業やセミナー登壇経験を重ねてきた蓑手氏に、日本のICT教育のこれからについて聞いてみた。
「ICT教育は、子どもが自分で考える力や創造力、みんなで学び合う力などを育み、時代が求める新しい学びの実現に有効な手段だと思います。ただ、学校や先生って、新しいものやシステムに対する警戒心がなきにしもあらずで、トラブルや失敗を避ける傾向が少なからずあるように感じます。自分が『知らない』『わからない』ということを恐れず、まずは教員同士がつながって、草の根的に学び合うことが大切だと思います。『子どもたちのさらなる成長』という本来の目的を忘れず、教員になりたての頃の熱い思いを思い出し、学び続けることで、子どもも学校も育っていくのではないでしょうか」
(文:長島ともこ、写真:すべて蓑手氏提供)