児童の提案を全校で考え、話し合う

「自分の行動で国や社会を変えられると思いますか?」

そう問われたとき、あなたはどう答えるだろうか。日本財団の18歳意識調査で「はい」と答えた日本の18歳の割合は45.8%。6カ国で最下位だった(下記の図)。

日本だけ5割を切っている。引用元:日本財団公式ウェブサイト

日本では“正解”を答えさせる教育が長らく行われてきたが、現行の学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」を重視している。

そして今、1つの議題を全校で話し合う全校ミーティングに取り組む学校がある。東京都中野区にある私立学校、新渡戸文化小学校だ。全校生徒みんなで1つの議題を話し合い、その結果によっては学校のルールが変わる。

その仕組みはこうだ。全校ミーティングは学期ごとに1回、年に2〜3回行われる。時期が来ると全校ミーティングで話し合う議題(提案)を児童から募集する。提案者は自分の思いや理由についてプレゼンを行い、その様子を動画に撮って各クラスで視聴する。中には一部の学年のみが影響する提案もあるため、動画を見た感想を集約し、全校で話し合うべき提案を代表委員(5〜6年生)と教員で吟味する。

新渡戸文化小学校の全校ミーティングの流れ(2024年1学期の例)

テーマが決まると各クラスでその提案について話し合い、結果をペーパーにまとめて校内のボードに貼る。ボードは全児童が通る場所に設置されており、ほかのクラスの意見を見ることができる。

一人ひとりの意見をまとめたボードを見る児童たち

各クラスの意見を見たうえで、最終決定の場である「にとべサミット」で話し合う内容の論点を検討し、再度クラスミーティングを行う(タイトル上の写真がその様子)。並行して教員や保護者の意見をGoogle フォームで集める。このように、にとべサミットの開催日程に合わせて、児童・教員・保護者からの情報集めや話し合いを進めていくのだ。

にとべサミットとは、各クラスの代表2名、代表委員、教員代表、保護者代表(教員が代わりに担当する)が一堂に会する場のこと。Zoomで全クラスに中継され、全校児童が視聴する。児童はチャットで意見や応援コメントを送ることも可能だ。そして、原則、にとべサミット内で新たなルールやアイデアの最終決定を行う。ただ、45分の時間内に決まりきらなかった場合は、代表委員と校長が最終決定をする。

にとべサミットで話し合う子どもたち。このときは「私服デイ」の運用について
【新渡戸文化小学校 全校ミーティングのこれまでの議題】
第1回:学校にあったら、みんなで楽しめるものって何だろう?
第2・3回:毎朝必ず制服から体操服に着替えることについて考えよう
第4回:学校に必要な筆記用具を考えよう
第5回:私服で学校に来てもいい日をつくりたい!
第6回:よりよく登校できるカバンについて考えよう~もっとスッキリ・わくわく・安全に~
第7回:みんなが楽しめる全校スポーツ大会にしよう
第8回:学校のルールをみんなが守れるようにするためには、どうしたらよいか
第9回:休み時間を20分から30分にのばしたい!

1年生の提案で新設された「私服デイ」

全校ミーティングでは具体的にどのような提案が話し合われ、ルールチェンジが行われるのか。新渡戸文化小学校 校長補佐の遠藤崇之氏は、第5回を例に話してくれた。

「本校は制服があるのですが、第5回では当時1年生の女の子の『私服で学校に来てもいい日をつくりたい』という提案が選ばれました。1年生が出してくれたことにも驚いたのですが、その子は入学時点では人前で話すのは恥ずかしいというタイプでした。しかし、提案が選ばれるとみんなの前でしっかりプレゼンし、拍手を受けていました。3年生になった今(2025年3月時点)は、校内プロジェクトの中心人物として活躍しています」

話し合いの結果、年3回の私服デイが設けられることになったが、当時は教員側も不安を感じていたという。

私服デイに思い思いの服装を着て記念撮影

「ハロウィンに近い私服デイもあったことから、『とんでもない服を着てくる子もいるかもしれない』とか『私服を揶揄されて傷つく子がいるのでは』と考えました」

そこで、話し合いのテーマを『みんながしあわせな私服デイにするには』と設定したという。その問いの源流にあるのは、同校の教育目標である「Happiness Creator(しあわせをつくる人になろう)」だ。

「話し合いを経て、子どもたちは“仮装するなら学校で着替える”“登下校時は安全のために制帽をかぶる”“相手が嫌な気持ちになることは言わない”というルールを自分たちで決めました」

対話はツールではなく理解し合う営みそのもの

児童の声から対話が生まれ、新たな仕組みをつくる新渡戸文化小学校。同校では「子どもが主語の学校づくり」を掲げているが、全校ミーティングで子どもが主役となって有意義な話し合いが行われるようにするために、教員はどのような役割を果たしているのだろうか。

「本校は“自律型学習者”を育てることを目指しています。そのためには大人の関わりを最小限にしたいのですが、子どもたちはよりよいやり方を知らないのも事実。そのため、伝えるべきことは伝えますし、段取りなども教員と代表委員が一緒に考えています。

第9回の『休み時間をのばしたい』というテーマは学校のシステムにも関わるので、“この曜日ならこうできる”という案を教員が出し、児童がそれぞれのメリット・デメリットを話し合う形にしました。しかし、対話の方向性や結論を教員が決めることはしません」

遠藤崇之(えんどう・たかゆき)
新渡戸文化小学校 校長補佐。大学卒業後、大手IT企業に就職。通信制大学で教員免許を取得し、NPO法人のフェローとして公立小学校の教員に転身。2020年より同校にて現職。コロナ禍におけるデジタル化対応や多数の教育変革活動に従事

教員はファシリテーターとして対話を見守り、「どうしたらみんなが幸せになるか」という言葉を投げかける。これが非常に大事だと遠藤氏は語る。

とはいえ、1〜6年生の全児童が参加するとなると、理解度にもばらつきがある。そこで、各クラスのペーパーをまとめた動画を作っており、文字情報では理解しきれない子も理解しやすくなるように工夫しているという。

その一方で、理解度の違いを超えた対話そのものに全校ミーティングの意義はあると遠藤氏は話す。

「全校ミーティングでの対話を、“答えを出すためのツール”や技術と捉えれば、理解度の違いは課題となるでしょう。しかし、対話は議論やディスカッションではありません。本校では教員も『対話とは何か』という研修を重ねており、『対話とはそこにいるメンバーで言葉を交わし、理解し合おうとする営みそのものだ』と捉えるようになりました。

1年生と6年生がお互いの言葉をよくわからなくても、まずは相手の話を聞く、相手が一生懸命話そうとしているのを感じ取る、ということ自体が対話なのです。そう考えると、子どもたちは対話で『相手の言っていることが理解できる』以上のことが味わえるということなのです」

全校ミーティングに込めた学校と教員の思い

新渡戸文化小学校ではプロジェクト(課題解決)型学習に力を入れており、プロジェクト科の時間配分をやや多めに配当している。全校ミーティングはプロジェクト科の時間や学級の時間を使っている。ファシリテートする教員にとってもチャレンジングな取り組みだが、なぜ全校ミーティングをやることになったのだろうか。

「1927年創立の本校は、平岩国泰が理事長に就任した2019年から教育改革に取り組んでいます。2020年に私を含めた多くの職員が加わり、新しい学校とは何か議論してきました。その中で、大きな柱の1つとして上がったのが“対話”です。

2019年当時に日本財団が行った18歳意識調査では『自分で国や社会を変えられると思うか』という問いに対して『はい』と答えた割合は、18.3%という最新の調査よりさらに低い結果が出ていました。学校教育に関わる者として、『そういう意識を学校の中で植え付けてしまったのでは』と振り返らざるを得ない、衝撃的な結果でした」

だからこそ、子どもが主役となってルールや仕組みを変える経験が必要なのだ──。公立の大規模校で勤務経験のある校長の杉本竜之氏を筆頭に、教員たちはその思いを強く持っていたという。

※日本財団「18歳意識調査『第20回 -社会や国に対する意識調査-』要約版」(2019年)より

プロジェクト型学習と対話は相互関係にある

「全校ミーティングには目的が2つあります。1つは自分たちでルールをつくるという成功体験を積むこと。その体験を通し『自分たちでしあわせな学校をつくる』ことを実感するはずです。自分の提案が記憶だけでなく仕組みに残る経験はなかなかありませんよね。社会を変えたいと思いつつ本当に変えられると思っていない大人が多いからこそ、学校の仕組みを変えたという原体験を持ってほしいのです。

そしてもう1つの目的は『対話を重ねて前に進む空気』をつくること。対話は、本校の柱の1つであるプロジェクト型学習と相互関係にあり、学びの活性化にもつながります。中にいると子どもたちの変化はわかりにくいもので、近所でお店を営む方に『何千人ものお客さんを見てきましたが、この学校のお子さんは自分の気持ちや意見を言える子が多いですね』とおっしゃっていただいたのが印象深かったです」

同校では対話を大切にしており3年生(2025年3月時点)は「対話と言い争いの違いは何か?」というサークル対話を行っている。

「サークル対話の中で、『言い争いは自分の言いたいことを言うことで、対話はまず聞くことではないか』と発言した子がいました。これは対話を重ねてきたからこそ出てきた言葉だと感じますね。こうした対話の文化で本校を満たしていけたらいいですね。そして、今後は多様性の理解にも光を当てていきたいと思っています」

全校MTGやその対話によって全員がすぐに成長するとは限らない。しかし、自分たちで学校やルールを変えることができたという成功体験は、子どもたちの心に残るのではないだろうか。それは種となってそれぞれのタイミングで芽を出し、インターネットでも見知らぬ人と出会い、言葉を交わす時代に生きる子どもたちの今と未来を生きる力になるはずだ。

(文:吉田 渓、編集部 晏 暁丹、注記のない写真・画像:新渡戸文化小)