電話を使わない若年層、「1人1台端末」で相談してくる子も
年齢や性別を問わず、誰もが匿名かつ無料で利用できる「あなたのいばしょチャット相談」がスタートしたのは、2020年3月のこと。当初は1日数十件だった相談件数は、今では1日約1000~1500件に上るという。
大きな特徴は、相談を24時間受け付けていること。これは珍しいといい、厚労省が自殺防止を目的に紹介している5団体のSNS相談窓口の中でも、24時間体制なのは「あなたのいばしょ」だけだ。NPO法人あなたのいばしょ理事長の大空幸星氏は、こう話す。
「厚労省などのデータからも午前0時から午前6時ごろに自殺が増えることは明らかになっていて、実際、夜は相談が増えます。そのため既存の相談窓口や行政も24時間対応の必要性がわかっているのですが、人員を24時間配置するのは難しいもの。そこで私たちは、相談員がリモートで自宅などから相談を受けられるようにするほか、ノルマを月に最低4時間と低く設定し、海外在住の方にも参加してもらうことで、相談員の心身の健康を守りながら24時間体制を実現しています」
相談員の多くは研修を受けたボランティアのスタッフたちで、現在約700名。緊急性の高い相談は、経験豊富な有給職員の専門相談員やスーパーバイザーにつなぐ形を取っている。
もう1つの特徴は、チャットを使った相談窓口である点だ。このツールを選んだ理由を大空氏は次のように説明する。
「行政やNPOなどが運営する相談窓口は、電話での対応がほとんど。しかし、今の若い子は電話で話す習慣がなく、友人とのやり取りもほぼSNSです。また、自分の顔や名前が特定できる状況では『頼るのは恥』というスティグマ(汚名・負の烙印)が強化されやすいので、匿名で相談できるチャットは自己開示しやすいのです。最近、LINEによる相談窓口が増えていますが、LINEは携帯電話番号の登録が必要であるため、携帯電話がないと使うことができません。だから、電話番号の登録も声を発することも必要ない、匿名で利用できるチャット相談窓口をつくりました。これなら学校のパソコン室からも相談できますし、実際、GIGAスクール構想で配付された1人1台端末を使って相談してくる子もいます」
「あなたのいばしょ」の利用に年齢制限はないが、相談者は29歳以下が約7割、10代が約4〜5割を占める。家庭の問題や友人関係、恋愛、学業、将来への漠然とした不安など、悩みの内容は人それぞれ。大空氏は、「『10代はこういう問題を抱えている』と決めつけることはできない」と強調し、こう続ける。
「18歳以下であれば親や家族がいて、学校に通っている人が多いでしょう。しかし、周りに大人がいてもチャット相談を利用するのは、きっと悩みを吐き出せないからなんですよね。その背景には『相談する・頼るのは恥ずかしい』という感情や、社会に蔓延する懲罰的な自己責任論があるのではないかと考えています」
なぜ大空氏は、頼れる誰かに24時間つながることができる場をつくったのか。そのきっかけは、自身の原体験にある。小学生の時に両親が離婚、父との2人暮らしで心身ともに追い詰められ、不登校を経験した。その後、再婚した母と暮らし始めたが、ネグレクトと経済的な困窮に直面。そんな大空氏に寄り添い、支え続けてくれたのが通っていた高校の担任の先生だった。
「私が先生に出会えたのは奇跡。だからこそ、頼りになる誰かに出会うことの確実性を高めたいのです。しかし、若い世代のためのセーフティーネットはほとんどなく、あっても若者が使わない電話による相談がほとんど。若者の生活習慣や文化に合ったツールによる相談の場を広めていく必要があると思い、チャット相談を始めました」
必要な「調査・検証」、「学校主体の支援体制」からも脱却を
そう話す大空氏は、1年間に514人もの小中高生が自殺によって亡くなっているこの状況をどう見ているのだろうか。
「1998年以降、自殺で亡くなる人の数は3万人台が続いていましたが、2006年に自殺対策基本法が施行されるなど、対応が強化されるようになってから減少しています。しかし、全体では減少傾向にある中、自殺で亡くなる子どもは増加し、昨年は過去最多を記録しています。確かにコロナ禍の影響は大きいですが、それ以前から続いている問題であり、これは異常事態といえるでしょう」
国もこの事態を重く受け止め、動き始めた。23年4月にはこども家庭庁を中心とした「こどもの自殺対策に関する関係省庁連絡会議」を開催、6月の「骨太方針」の策定までに対策を取りまとめる方針だ。
しかし、「これまで莫大な国家予算を投じて自殺対策をしてきたにもかかわらず、なぜ子どもや若者の自殺だけが増えたのか。まずはその検証と反省をするべき。それをせずに新しいことをやっても、うまくいくはずがありません」と大空氏は危惧している。
「現在、いじめを原因とした自殺の調査義務はありますが、それ以外の自殺は調査されていません。自殺の原因は多様かつ複合的なものなのに、調査がしっかり行われていないのです。警察や文部科学省、厚労省など、横断的に子どもの死亡を検証する仕組みもありません。まずはすべての自殺の原因を調査し、これまでの対策を検証したうえで新たな視点を取り入れた対策を考える必要があるでしょう」
文科省もスクールカウンセラー(以下、SC)の配置を拡充するほか、不登校対策「COCOLOプラン」において1人1台端末を活用した心身の不調の早期発見を掲げるなど、心のケアに関する対策を進めている。しかし、こうした取り組みも、子どもの実態とのミスマッチがあると大空氏は指摘する。
「SCの配置は、1995年の154カ所から昨年度は約3万カ所と、この20年ほどで約200倍に増えているものの、自殺で亡くなる子どもは増えています。SCの存在は重要であり、学校をよりよい場にすることも大切ですが、多くの子どもは学校や友人に悩みを知られたくないので、SCの配置を有効な解決策とは考えないほうがいい。文科省が推進する1人1台端末による健康観察も、心身の不調を学校が把握することが前提ですよね。学校主体の支援体制から抜け出し、子どもの悩み相談は第三者機関に任せたほうがいいです。本来ならこどもコミッショナーをつくるべきだったと思います」
一方で、文科省を自殺対策の枠組みの中にきちんと位置づけることは重要だと大空氏は言う。とくに1人1台端末を活用した対策は文科省が主導すべきだと考えている。
「1人1台端末を通じて子どもたちが匿名で第三者機関に相談できるようにするべきでしょう。しかし、現状は自治体によって端末の運用ルールが異なります。例えば、SNSの使用制限があってLINE相談窓口にアクセスできないとか、最も相談が多くなる深夜に端末が使えない地域もあります。文科省がこのあたりの調査をしっかり行って端末の運用ルールを定め、子どもたちが端末からアクセスできる適切な相談窓口にきちんと予算を振り分けるべきではないでしょうか」
「マイナスからゼロへ」、求められる「伴走型支援」や「孤独対策」
こうした状況の中、学校や教員、そして保護者は子どもたちに対して何ができるだろうか。つらい思いを抱える人たちを24時間365日、受け止めるために奔走する大空氏はこう語る。
「まずは『自分は何かできる、助けてあげられる存在だ』という考え方から脱却し、『自分は無力な存在だ』と知ることから始まるのではないでしょうか。われわれも、支援には限界がありますから『助ける』『救う』という考えは持っていません。でも、死にたいくらい苦しい人の話に耳を傾けることで、『今日は死ぬのをやめておこう』と状態をマイナスからゼロに持っていくことはできるかもしれない。緊急時は別として、まずはじっくり話を聞き、ラポール(信頼関係)を築くことを大切にしています。そのうえで初めて児童相談所や警察などの支援機関につないでいく。そんな伴走型支援を行っています。学校の先生や保護者にできることも、『その子の話にじっくり耳を傾けること』ではないでしょうか」
子どもにとって必要なのは「問題を解決してくれる人」ではなく、「受け止めてくれる存在」だと大空氏は語る。
「生きるうえで必ず悩みは生じるもの。だからこそ、その場しのぎの応急処置ではなく、自立して歩んでいけるよう、寄り添って導く伴走型支援をすることが、周囲の人間や私たちのような第三者機関の役目だと思っています。しかし、出生数が減っているとはいえ、私たちもすべての子どもに対応する窓口をつくることは不可能です。私自身、特殊な環境で育っていますが、やはり学校や家庭に子どもを受け止め、寄り添う大人がいることが理想だと思います」
しかし、その子どもに寄り添う大人の不安や孤独も課題となっているのが現状だ。
「誰かに頼れることが当たり前である社会にしなければいけませんが、家庭を安全な場所にすることも絶対に諦めてはいけません。大人が抱える不安は子どもに伝わっていくもの。親世代の孤独や孤立に寄り添うことも、結果的には子どもに寄り添うことにつながると考えています」
大空氏が政府・与野党に孤独対策の提言を行ったことを機に、2021年の菅義偉政権時に孤立・孤独担当大臣が新設された。23年5月末には孤立・孤独対策推進法も成立、対策は強化される見通しだ。厳しさを増す社会情勢の中、誰もが孤独や不安に追い詰められる可能性を秘めている。そのシワ寄せが弱い存在である子どもたちを追い詰める前に、しっかりとリーチできる対策が求められている。
・厚生労働省のウェブサイト「まもろうよこころ」は、相談窓口の情報がまとめられている
(文:吉田渓、撮影:今井康一)