過去数十年で最高の水準となった関税、給料を受け取れなくなる何十万という連邦職員、アメリカの労働市場を一変させようとしているAI……。これらが現時点でアメリカの経済に及ぼしている影響を知るのは不可能だ。
というのは、連邦政府機関の閉鎖が始まってから1カ月が経過したアメリカでは、統計機関が機能不全に陥り、経済データに史上最長の空白が生まれているからである。
雇用、支出、賃金、物価などに関する政府データは、普段は安定的に提供されるものの、今ではわずかな情報しか出てこない。そのため、経済の専門家は、(定量的なデータの代わりに)定性的なエピソードや、民間の統計から得られる不完全でしばしば矛盾する指標を寄せ集めることで、政府統計の空白を埋めようとしている。
濃霧の中を車で突っ走る
信頼できるデータがない状況はいつだって好ましくないが、今回はとくに間が悪い。夏に雇用の伸びが急激に鈍化したため、労働市場が一気に悪化するのではないかという懸念が生じたタイミングと重なったためだ。
労働市場が急激に悪化する懸念が強まれば、物価を安定させつつ雇用を最大化する責任を担う連邦準備制度(FED)の当局者は迅速に対応しようとするだろう。しかし政策当局者は、雇用の悪化傾向が秋に入ってからも継続したのか、あるいは良化に転じたのかを知る確かな手段を失っている。
ジョージ・ワシントン大学の経済学者タラ・シンクレアは、こうした状況は濃霧の中を車で突っ走るのに近い行為だと話す。
「目の前に何かが現れるまで、あるいは道が折れ曲がるまでは大丈夫かもしれない。だが、どこかの時点で、目の前に何かが現れたり、道が折れ曲がったりする。それがいつになるのかを知るすべが、われわれにはない」
連邦準備制度理事会(FRB)議長のジェローム・パウエルも10月29日に同様の例えを使って、労働市場の軟化リスクとしつこいインフレの板挟みでただでさえ難しくなっている状況判断が、統計の欠如によって一段と難しくなっていることを認めた。
FRBはこの日、今年2度目となる0.25ポイントの利下げを実施した。しかし、連邦公開市場委員会(FOMC)で2人の委員が正反対の意見——1人は大幅な利下げ、もう1人は利下げなし——を示したことは、状況判断が大きく割れていることを示している。


















