年々悪化していく「10代の孤立」と「貧困」

不登校、家庭内不和、経済的困難、あるいは虐待やいじめ、進路未定、無業……。そうした境遇に苦しむ「10代の孤立」が増えている。そんな10代の孤立を解決するために、立ち上がったのが、認定NPO法人D×Pだ。2012年の設立以来、若者へのセーフティーネットを提供し続けてきた。現在、理事長を務めている今井紀明氏の名前と顔を目にして、40代以上の人はぴんとくる方もいるかもしれない。

実は今井氏は今から18年前の2004年に大きな事件に遭遇している。今井氏は高校生のときに医療支援NGOを自ら設立し、子どもたちの不条理な状況を改善したいと、紛争地域のイラクへ支援のために訪れた。しかし、そこで現地の武装勢力に人質として拘束されてしまったのだ。解放後、帰国してからは「自己責任」という言葉とともに、大きなバッシングを受けた経験を持つ。今井氏が現在の活動に取り組み始めたのも、その経験が大きな契機となっている。

イラクの事件後、今井氏の元には想像を絶する量のバッシングが届いた
(写真:D×P 提供)

「振り返れば、一貫して子どもたちの支援を志し、20年間活動してきましたが、現在のD×Pの取り組みを始めたのは、イラクでの事件の後に4~5年くらい対人恐怖症やパニック障害、PTSD、うつ病などで引きこもりを経験したことが大きいと思っています」

当時、今井氏は引きこもりの状態からなかなか立ち直ることができなかったという。そこから抜け出せたのは、周囲の支援があったからだ。友人が自宅を訪れて学校に付き添ってくれたり、話を聞いてくれたりしたこと、あるいは高校卒業後に、高校時代の担任の先生が大学に進学するよう勧めてくれたなどのサポートが社会復帰につながった。

「自分は運がよかったんだと思います。ただ、自分には周囲の支えがあったことを、運がよかったねで終わらせたくなかった。このようなサポートを必要としている10代は、ほかにもっといるはず。自分が立ち直ったように、10代が孤立してしまうことなく、希望を持てる社会をつくっていきたい。そのための支援や仕組みづくりが必要だ。そう思って大学を卒業して大阪の専門商社で働いた後に、現在のD×Pを立ち上げたのです」

2018年、海外でのスタディツアープロジェクトでの1枚
(写真:D×P 提供)

現在、10代の孤立を取り巻く課題は多様化している。不登校や引きこもり、貧困、最近話題になっているヤングケアラーまで、孤立を深める境遇はさまざまだ。そんな10代の若者たちに救いの手を差し伸べようと、D×Pでは寄付で賄われた1.8億円という財源を元に支援を行っている。だが、最近はコロナ禍の影響もあり、より10代の孤立が悪化しているという。

10代に立ちはだかる「電話相談」の壁

例えば、D×Pで相談を受け付けるチャットの累計登録者数は2020年4月の段階で700人程度だったが、現在では8300人超と急増している。そのため、対象を10代から生活に苦しむ25歳にまで広げ、新たに現金給付と食糧支援を開始した。現在、行政の支援がなかなか届かない10代を中心に、現金給付は3400件、そして6万食前後に達する食糧支援を行っている。D×Pでは独自の支援を通じて、最終的に行政の公的支援へとつなげる地道な活動を続けているのだ。

「行政の窓口は電話対応が中心ですから、チャットを好む今の10代にはハードルが高い。私たちの相談窓口には、親に頼れない子どもたちからの相談が最も多く、中でもコロナ禍でアルバイトができず、日々の生活がままならなくなっている子どもが多いのです。1日1食しか食べられない、所持金がないという子どもも少なくなく、相談してくる段階で借金の返済を滞納している10代が6割にも上ります。現在、アルバイトの状況は改善してきているのですが、コロナ禍によるここ2年ほどのダメージは大きく、最近のインフレや物価の上昇も相まって、じわじわと生活に影響が広がってきています」

10代の若者にとっては、電話よりチャットのほうが相談しやすいのだという
(写真:D×P 提供)

オフライン、オンラインの両面から支える取り組み

これまでD×Pでは、孤独な状況に陥りやすい通信制や定時制高等学校の生徒を主な対象として、オフラインとオンラインの両面から支援活動を展開してきた。まずはオフライン事業の取り組みから見ていこう。

1つ目は「クレッシェンド」という通信制・定時制高校の中に“つながる場”をつくるというプログラムだ。これは高校生とD×Pのボランティアである「コンポーザー」が対話する全4回の授業を高校内で行うもので、生徒一人ひとりに寄り添いながら関係性を築き、人と関わってよかったと思える経験をつくり出すことが目的となっている。

2つ目は、週1回、生徒たちが安心できる居心地のよい空間を通信制・定時制高校の中につくる「居場所事業」だ。内容はコンポーザー、地域の住民、他団体のスタッフなどが学校を訪れ、生徒が定期的にさまざまな人たちとつながれる場所を提供する。そこでは、生徒との会話から困り事を拾ってサポートにつなげ、生徒が卒業した後も社会の中に居場所がある状態をつくることを目指している。

3つ目が、生徒一人ひとりの希望や状態に合わせた職場見学や仕事体験ができる「仕事体験ツアー」。自分の生き方についての考えや仕事に対する理解を深め、生徒自身が納得できる進路を選べるようにすることが目的だ。

親でも先生でもない大人と関わり、多様な考え方に触れられる「クレッシェンド」(左)。学校内に設置されたカフェ。「居場所事業」では、定期的にサポートとつながることができる(中)。「仕事体験ツアー」で、未来の希望へつながる道をつくっていく(右)
(写真:D×P 提供)

D×Pでは「クレッシェンド」や「居場所事業」で生徒の希望を聞き、その生徒に合った仕事を「仕事体験ツアー」で体験するという支援の流れをつくっている。

「通信制や定時制の高校では、貧困や不登校に苦しんでいる生徒が多く、先生だけではサポートしきれない部分を私たちが支援しています。生徒の中には、そもそも先生とは話しにくいという子どもたちもいて、学校だけでは解決できない問題もあるのが実情です。今後は私たちだけでなく、多くの団体や組織を巻き込み、さまざまな問題を抱え悩んでいる生徒だけではなく、対応に苦慮し、悩んでおられる先生たちも孤立させないように、学校全体を支援する形にするのが、よりベターだと考えています」

実際、D×Pでは多くの学校と連携している。NPOと積極的に活用し、実例をつくっていくことで、長期的かつ楽に支援できるようになるのではないかと今井さんは語った。

一方、オンライン事業では10代の進路・就職相談の窓口として「ユキサキチャット」をLINEで展開している。そのほか、コロナ禍で新たに開始した現金給付や食糧支援は、経済的に保護者に頼ることが難しい15〜25歳を対象に「ユキサキ支援パック」として提供している。

現金給付では、緊急の場合は一括8万円給付、あるいは1万円ずつを3カ月など、個人の事情に合わせて速やかに支給し、生活費、家賃、学費の支払いや、ライフラインの滞納の解消などに充ててもらっている。食糧支援ではパスタセットやレトルトカレー、缶詰、コメなど約30食を提供。さらに相談者の多くは日用品も我慢していることが多いため、マスクや生理用品、ボディーソープなど必要なものを選択式のフォームで尋ね、希望があったものを届けている。今井氏はコロナ禍における両事業の状況を次のように語る。

ユキサキ支援パックは、約30食分をすぐに発送。また、一人ひとりの事情に合わせて必要な日用品も送る
(写真:D×P 提供)

「オフライン事業については、20年に全国の学校が休校になったこともあり、思うように活動ができませんでした。しかし、学校側も事業の開催を望むところが多く、20年6月からは2校で居場所事業を再開しました。オンライン事業についても、ニーズが高まっており相談件数が急増しています。その内容も、相談だけでは間に合わなくなってきたため、現金給付と食糧支援という直接サポートする事業を始めることになりました。相談に来る10代の3割弱〜4割が、ガスなどのライフラインを止められていたり、1日1食しか食べていないというような現状があります。そのうち6割は現金給付や食糧支援で改善していきますが、残りの4割は、対面支援や長期支援が必要なので、オフライン、オンラインと区切ることなく、両面の支援を続けていくことが必要です」

男女比で見ると、相談してくる7割強は女性で、現金給付や食糧支援についても女性の比率が高くなっているそうだ。今井氏はこう続けた。

「女性の相談が多くなった理由としては、女性が多く就業している接客業など、非正規雇用の仕事がコロナ禍で大きな影響を受けたためではないかと考えています。今後は街中で食糧支援や相談を行うことも検討中です。いずれも行政機関と連携を取りながら進めており、賛同いただける自治体とは独自に協定を結び、連携を強化しています」

例えば、徳島市とは協定を結んでおり、行政の窓口などでユキサキチャットの告知をしてもらっているそうだ。ほかにも、大分県のあるコンビニでは、ユキサキチャットのカードやポスターを設置してもらっているという。

セーフティーネットから抜け落ちやすい10代

今や「10代の孤立」は大きな社会的課題となっていることは間違いない。行政の力だけでは解決できていないのも事実だろう。今後、支援のスピードを上げていくためにも、やはり官民が一緒になって支援する仕組みづくりが不可欠だ。D×Pでもさまざまな団体や人的ネットワークを利用しながら支援に当たっており、これからは各方面と、さらに連携を深め、課題解決の事例を増やしていきたいという。

また、22年度は長期間サポートできる寄付体制をつくり、150名の困窮した10代に最大1年間の食糧支援を実施するための月額寄付サポーターの募集も開始したそうだ。「ぜひ、D×Pと一緒に孤立する10代へのサポートを考えてほしい」と今井さんは語る。最後に、今井氏はD×Pの支援事業にかける思いをこう語った。

「私は2004年の事件を経験してから、ほぼ再起不能にまで陥りました。希望もありませんでしたし、本当に死にそうだった。むしろ、1回死んだような気すらしています。そんな自分が味わったようなどん底の経験を、今の10代の子どもたちにはしてほしくない。私は今、2度目か3度目かの人生、もう一度与えられた人生だと思って、目の前の仕事に取り組んでいます。私のこれまでの人生は、周囲の人々に助けられてきた人生でした。そうやって自分が助けられたからこそ、社会に対してその恩返しをしていきたい。今後D×Pとしては、2030ビジョンという目標を掲げており、2030年までに日本全体の支援対象者の3割にアウトリーチできる体制を築いていくのが目標です。3割がカバーできれば、社会が変わっていくきっかけになると考えているからです。これからも行政と連携し、役割を補完しながら、広く深く、いずれは支援の輪を世界にも広げていきたいと思っています」

今井紀明(いまい・のりあき)
1985年生まれ。37歳。立命館アジア太平洋大学卒業。認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。高校生のとき、イラクの子どもたちのための医療支援NGOを設立。その活動のために、当時、紛争地域だったイラクへ渡航。現地の武装勢力に人質として拘束された。帰国後「自己責任」の言葉の下、日本社会から大きなバッシングを受け対人恐怖症になるも、大学進学後、友人らに支えられ復帰した。通信制高校の教師から通信制高校の生徒が抱える問題を知り、親や教師から否定された経験を持つ生徒たちと自身の経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。オフライン(学校現場)とオンラインで生きづらさを抱えた若者に「つながる場」を提供、寄付も募っている
(写真:D×P 提供)

(文:國貞文隆、注記のない写真:xijian/ゲッティイメージズ)