ワンボックスカー購入も!「教員の自腹問題」の実態とは?
「教員の自腹問題」は、実は以前から、教員たちの間で疑問視する声が上がっていた。例えば、全日本教職員組合(以下、全教)青年部が全国の小・中・高・特別支援学校の教職員を対象に行った「教職員の自己負担に関するアンケート」(2010年11月~11年2月実施)では、部活動顧問の68%が部活動に関わる自己負担が「ある」と回答。また、授業に関わる自己負担が「ある」と回答した教職員は64%、出張に関わる自己負担が「ある」と回答した教職員は26%に上った。具体的には、次のような自由記述が見られる。
・練習試合のガソリン代、遠征費、合宿費、大会参加費等々
・部活動顧問の負担が大きい。熱心な先生ほど時間とお金を費やしている
・大会が出張扱いにならず自己負担。なぜ大会の時も自己負担しないといけないのか!?
・前年度3月までに計上した予算以外のものが購入できないので、教員の自己負担のものが年々増えている。(木材、手芸用品、文房具、教材材料など)
・学校予算での物品を購入するには、「市の登録業者でなければならない」などの様々な制限があり、緊急の場合などはやむを得ず、自己負担となっていることもあります
・経済状況が厳しい家庭の負担減のため、クラス内での実習費用など
・遠足等の引率時、入場料等が出ない
・宿泊の下見が1日1人しか認められず、プライベートで下見をするしかない状況が見られる
・希望ではなく必ず参加といわれるものなのに、研修費は自己負担。なぜ?
現在もSNSで「教員 自腹」などと検索すると、似たような事例とそれを嘆く声が見られる。とくに部活動については教員の自己負担が支えているといっても過言ではない状況があるようだ。これまで全国の学校事務職員や教員、保護者などから教育費の実態を聞いてきた千葉工業大学工学部教育センター准教授の福嶋尚子氏もこう話す。
「Tシャツやユニホームから始まって、競技用の備品、大会運営や審判資格取得のための講習費、ときには部専用の設備までも負担しなければならないケースも。中には、顧問が備品をすべて購入している、数十万円のトレーニングマシンは教員の私物だった、遠征のためにワンボックスカーを購入したなど、驚いてしまう話も聞いています」
金額は小さくても、よくあるのが、補助教材を作るための文具や理科の実験で使う手羽先などの消耗品を自己負担でそろえるケースだという。そのほか修学旅行において、自治体の旅費規程では施設の入館料は出ないという理由から、自腹を切る教員なども少なくないようだ。
「教員の自腹問題」が放置されてきた3つの理由
しかし、なぜこうも教員の自己負担は放置されたままになっているのか。福嶋氏は、その背景には主に3つの理由があると語る。
「まず公費予算が圧倒的に少ないことが挙げられます。そのため学校も自治体から運営費用を十分に配当してもらえず、その不足分を、保護者が私費負担をし、教員が自腹を切る形で何とか賄ってきたという構造が長く続いてきたのです」
2つ目の理由としては、教員が半ば自主的に自己負担してきた側面も強いという。指定業者から購入しなければならないなどの手続きが面倒で自腹を切っているケースや、経済状況が厳しい家庭の子どもの費用を自ら肩代わりするようなケースだ。
「多忙さゆえに『時間をお金で買っている』という感覚もあるでしょう。また、授業改善や教育活動の充実、子どもとの関係性、ほかの教職員の同調圧力の中で、献身的な教員像を内面化していることもあるのではないでしょうか」
こうした教員文化のほか、福嶋氏は、さらに3つ目の理由として仕組みの不備も指摘する。
「最近は全国の半数の公立学校で給食費の支払いは公会計になってきていますが、校長の口座に振り込む形の私会計の学校では、給食費の未払い分を校長が肩代わりし、その総額が何百万円にも上るという話も。このように仕組みのせいで生じる自己負担もあります」
福嶋氏は、負担していることに気づきにくい教育費を「隠れ教育費」と呼ぶ。子どもが学校に通うために必要な教育費について、保護者も学校関係者も意外とわかっていない。たとえ認識していても「仕方ない」と思ってしまう。
このように見えなくなっている「隠れ教育費」の保護者負担について、福嶋氏は著書などを通じて問題提起をしてきたが、教員の自己負担についても議論していくべきだと考えている。
「学校運営は、ある研究では小学校で公費1に対して保護者が5~6、中学校では1対10~12くらいの割合で負担している状況もわかっており、教員の自腹問題はその陰に隠れてしまっています。文部科学省も『子供の学習費調査』は行っていますが、教員の自己負担に関する調査はなく、外部のデータも全教による10年ほど前の調査くらいしかありません。しかし本来、公費で行われるべき公教育が、個人のお金でやっと成り立っているわけです。近年、Twitterなどで教員たちが声を上げ始めて問題の一端が顕在化してきましたが、もっと多くの人に問題意識を持ってほしいです」
そう強調するのは、「いつまでも教員が自腹を切っていると、すでに大きな問題になっている保護者負担を減らすことにもつながらないから」だと福嶋氏は話す。確かに「人の子のためにこんなに自分は負担している」という感覚のままでは、保護者負担を減らすことに本気にはなれないだろう。
「例えば、数年後にはGIGA端末の費用も保護者負担になり、教員使用分も教員自身が準備することになる可能性が高い。公費の不足を保護者や教員が負担することが当たり前になってしまっていますが、公教育はどうあるべきか、教員の方々にこそ考えていただきたいです。保護者も実態を知らないだけで、教員に自己負担を望んでいるわけではありません」
事務職員や管理職がカギ、学校も「当たり前の見直し」が必要
長年の慣習のようになって見過ごされてきた教員の自腹問題。解決するにはどのようなことが必要だろうか。
「2018年~19年に行った私たちの調査によれば、公立の小中学校の3分の1が、年間200万~300万円の予算で運営しています。多いところでも、せいぜい年間1000万円ほど。例えば紙代だけで約40万円、備品で数十万円、修繕費も100万円ほどがあっという間に消えるのに、公費が少なすぎます。まずはここを国が増やすべきです」
また、部活動の行き過ぎた教員の自腹問題についても、「国が公の責任として見直すべきではないか」と福嶋氏は指摘する。部活動は、23年度より3年間で地域移行していくことになったが、働き方改革の文脈にとどまった政策になっているという。
「もともと、経済的に厳しい家庭の子どものために、教員が遠征費などを数十万円、人によっては数百万円も負担してきた実態があったわけです。そこをどうするのかという視点が、今の部活動の地域移行の政策からは見えません。お金をかけなければ維持できないような部活動のあり方を、見直す必要があるのではないでしょうか」
公費をどう学校に配布するかを決める自治体が、仕組みを見直すことで解決できることも少なくないはずだ。
「学校教育法には学校の設置者がその運営を行うと書いてあるのですから、自治体が抑制策を取れば教員の自腹はそれほど増えるはずがありません。例えば、修学旅行の旅費規程など見直せる部分はあるはずで、給食費も教員は給食指導をしているのですから無償にしてほしいところです。教育費は教員の自己負担をなくしたうえでなるべく自治体が持ち、どうしても足りない部分を保護者負担とする形を目指すべきだと思います」
さらに、行政の動き以上に、学校の自発的な動きが問われているという。配付された公費をどう予算建てし、どう執行するのかは学校に権限があるからだ。
「教員の指導計画などを基に、学校が財務の算段をつければ、ある程度教員の自腹問題は解決されるはず。ワークやドリルの見直し、教員が経費を申請しやすくなる仕組みづくりなど、財務を担当する学校事務職員や管理職の計画と工夫がカギになります」と福嶋氏は言う。
例えば、教材作りのために100円均一ショップなどで自腹購入する教員は多いが、実は色画用紙など似たような物を買っている。そこで、ニーズの高い材料を集めたコーナーを事務室の脇に作り、教員が自由に使っていいという仕組みにした学校事務職員もいるという。
また、「そもそもの目的や計画を見直すことで、教員や保護者の個人負担を減らすことができる」と福嶋氏は考える。例えば、修学旅行や制服は絶対に必要なのか、教職員でおそろいのTシャツの購入を異動してきた人全員に求める必要があるのかなど、当たり前だと思われてきたものの見直しについて教員たちで議論する余地はあるはずだという。実際、コロナ禍で縮小しても大きな問題がなかった行事や教育活動があるように、廃止や縮小をしても影響のない活動や慣例はいろいろとありそうだ。
「とくに重要なのは学校長の判断。そして必要な教育活動と物品購入だけを残したうえで足りない点は、学校が自治体に条件整備を要求していくことが大切になります。今後はそのように必要なものだけを残すようなコンパクトな学校運営にしなければ、公教育そのものも持続できないのではないでしょうか。ICTを活用し、授業や教材を複数の学校で共有するなど、学習効果を維持しつつ費用を減らす工夫も必要かもしれません。教育や部活動などさまざまな面から学校の形が変わっていく今こそ、教員と保護者が公教育のあり方を再考し、一緒に個人負担という重い荷物を下ろしていく必要があると思います」
(文:國貞文隆、注記のない写真:takeuchi masato/PIXTA)