「卒業後どこに勤めるか」で人生のすべてが決まることはない

松岡陽子(まつおか・ようこ)
パナソニックホールディングス執行役員
Yohana株式会社/Yohana LCC CEO
1971年東京都生まれ。93年カリフォルニア大学バークレー校卒業後、マサチューセッツ工科大学に進み、98年博士号取得(電気工学、コンピューター科学)。ハーバード大学博士研究員、カーネギーメロン大学助教授、ワシントン大学准教授を歴任。2007年「天才賞」と呼ばれるマッカーサー・フェローを受賞。賞金を元手に、身体面および学習面に課題を抱える子どもたちのためのYoky Works財団設立。09年共同創業者としてGoogle X立ち上げ。10年Nest社CTO(技術担当副社長)。その後、Appleヘルスケア部門を経て、17年Google副社長。19年パナソニックに入社し、20年Yohanaをファウンダー兼CEOとして設立

――日本の学生たちにとって最大の関心事は就職活動でしょう。みんな、どこの会社に就職すべきか頭を抱えています。

よく、「どんな仕事を選ぶかで、この先の人生が決まる」「いったん選んだ仕事はずっと続けなければいけない」という声を聞きます。多くの人が、大学卒業後の最初の進路をとてつもなく大きな選択だと思っているようです。

確かに、日本と比べて雇用の流動性が高い米国でさえ、卒業後の就職先を深刻に考えすぎる人は珍しくありません。しかし、「これで人生がすべて決まる」なんて考えれば、その選択はあまりに重すぎるものになってしまいます。考えすぎたり、必要以上に情報を集めたり、周りの意見を聞きすぎたり。悩まなくていいことに悩んだ揚げ句、何も選べなくなる危険性すらあるでしょう。

現実には、最初のキャリアですべてが決まるなんて、ありえない話です。むしろ、あまり思い詰めると肩に力が入りすぎて逆に上手に選べなくなる。この点に目を向けるべきだと私は考えています。

学生さんにお勧めしたいのは、「今、自分がいちばんのめり込めるもの、夢中になれるものは何だろう?」と考えてみることです。答えが出たら、次の日もまた考えてみる。考えても考えても楽しくてたまらないこと、理由もなく夢中になれることを、まずは何とか見つけます。抽象的なことでも構いません。次に、それがどんな職業と結び付くのか考えるとよいと思います。

――親としては、わが子がのめり込んでいることが仕事になるのか、食べていけるのかと不安です。

人は何かにのめり込むと、その分野のスキルや知識、経験を得ることができます。それらは自分の「基盤」となり、別のフィールドでも大いに役立ってくれるはずです。私はスキルや知識を「道具」、基盤を「道具箱」と呼んでいます。

さらに言えば、就職先を真剣に選択し、全力で打ち込んでいたとしても、しばらくして「あっ、これじゃない。違っていた」と気づいたり、「ほかのことがやりたい」と変わったりするのも、とても自然なことです。

違うと思ったら、また選べばいいのです。そして新たな職場でまた別の道具を獲得する。道具箱の中身が増えるたびに、よりよい選択ができるようになると思います。

自分自身の指針「ミッション」を持っていつでも正しい選択を

――松岡さん自身も最初はプロテニス選手を目指していたんですよね。

はい。世界のトップ選手になりたくて16歳で単身渡米しましたが、数度にわたるケガで断念せざるをえませんでした。そこで、もともと数学と物理が好きだったこともあり、自分と互角に打ち合いができるパートナーのようなロボット「テニス・バディ」を作れないかと、ロボット工学の研究の道に進みました。ロボットアームを作るうちに「この技術で人を助けたい」と考えるようになり、自然な人間の手を再現しようとアカデミックの世界で研究に没頭していたところ、マッカーサー・フェロー賞というものを受賞したのです。これを機に、グーグルの共同創設者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジの2人に呼ばれてグーグルXの共同創業メンバーの一人になりました。その後は当時まだ10人ほどのベンチャー企業だった Nest Labs社に入社。アップルのヘルスケア部門やグーグル副社長を経て、2019年からパナソニックグループに移籍し、新会社Yohanaも設立しました。

いろいろなところで学び、働いてきましたが、周到に計画してキャリアチェンジをしてきたわけではありません。いつも、その場その場に全力でのめり込んでいました。のめり込めるものが見つかれば、おのずと情熱を抱けるものが見つかり、のちにミッションを発見することになるはずです。

――ミッションとはどのようなものですか。

不確実性の増す今の時代、何かを選択することが難しくなってきたと感じる人は多いのではないでしょうか。この世界に「正解」はありません。何を大切に、何を誇りに、何をアイデンティティーにしているかは人それぞれ異なり、誰かにとっての正解が自分にとっての正解とは限りません。それはキャリアも同じです。十数年前とは事情が異なり、「これさえやっておけば大丈夫」というような、保証されたルートは存在しない。これは、若い人たちほど敏感に感じていることでしょう。

人は迷うし、間違えるし、混乱します。予想外のアクシデントに見舞われることもあります。将来、家族が増え、責任が増え、大切なことが増えたがために選択に迷うこともあるでしょう。そんなときでも正しい選択をするために持つ自分自身の指針。それがミッションです。

完璧主義の裏返しで「馬鹿なふり」をし続けた過去

――学生が「よい決断」をするために、やってはいけないことはありますか?

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「馬鹿(ばか)なふり」「完璧主義」、そして「人に頼らないこと」でしょうか。馬鹿なふりというのは、実は私が渡米してからずっとし続けていたことなんです。「英語が話せない異国人が現地の学生文化になじむには、かわいくてちょっとおバカなチアリーダーのようなキャラクターを演じればいい」、子ども心にそう考えたのでしょう。実行してみると、本当に友達とうまくいくし、友達ができれば英語も上達します。そのまま大学生になり、大学院でロボット工学の研究をし始めても、まだ続けていました。「教科書なんて興味ないから買わないわ」と言いながら、試験に向けて猛勉強するタイプですね。本当はロボットに夢中なのに、「なんとなく面白いからやっているだけ」とも言っていました。

ある日それを担当教授に鋭く指摘され、顔から火が出るほど恥ずかしかったと同時に、夢中でいることを隠す生き方はもうやめようと決めたのです。よく考えると、完璧主義の裏返しだったように思います。「完璧じゃないと恥ずかしい」「もし失敗するなら、何かできない理由が欲しい」。馬鹿なふりを普段からしていれば、「まあ、もともと本気じゃないし努力もしていないから、できなくて当たり前よね」と周りにも自分にも格好がつきます。

これは実は、多くの女性が取りがちな態度なのではないでしょうか。とくに女性は得てして完璧主義の傾向にあると思います。私は仕事の場でも折に触れて、「失敗して構わない。失敗したらほかの人に助けてもらえばいい。パーフェクトなスーパーヒーローになろうとしないで」と伝えるようにしています。

――複数の選択肢で迷ったときに、悔いの残らない選び方を教えてください

私は子どもの頃からとても慎重な性格で、清水の舞台から飛び降りるようなことは決してしないタイプです。転職などの重要な選択をするときには、自前のリストを活用しています。

まず、「自分のスキルと、その仕事はフィットしているか」「社内文化は自分と合いそうか」「家から職場までの距離」といった項目をずらっと並べます。次にそれぞれの項目について、自分にとっての重要度をウェ-トづけします。例えば、「社内文化」の重要度は10点満点中4点、家からの距離は2点、という感じです。

『選択できる未来をつくる』松岡陽子 著(東洋経済)より抜粋

そして、A社、B社、C社、「今のまま」について、上記項目のスコアを書き込むのです。実際にどうかはわからなくても、印象やかき集めた情報を基に点数をつけてみてください。最後に、A社、B社、C社、「今のまま」のそれぞれで各スコア×ウェートの合計値を算出すれば、リストの出来上がりです。大事なのは、合算値が高いところにすぐ決めるのではなく、スコアを見ながら自分の気持ちと照らし合わせて、ウェートを上下させるなど調整していくことです。そうするうちに、自分の本当の気持ちが見えてくることが多いと思います。ぜひ試してみてくださいね。

(文:東洋経済出版局、注記のない写真:松岡氏提供)