「不登校」という事実に惑わされる父親

学校に行きたくない、行けない──。
わが子にそう言われたとき、つい父親がやってしまいがちなのが、子どもを無理やり学校に行かせる、母親に「引っ張ってでも行かせろ」と圧力をかけるなどだ。『「とりあえずビール。」で、不登校を解決する』の著者でコピーライターの蓑田雅之氏はこう話す。

蓑田雅之(みのだ・まさゆき)
コピーライター。息子は「東京サドベリースクール」に通っていた。「もう不登校で悩まない! おはなしワクチン」の活動のほか、著書に「もう不登校で悩まない! おはなしワクチン」「『とりあえずビール。』で、不登校を解決する」(びーんずネット)がある
(写真:蓑田氏提供)

「一般的にはお母さんのほうが子どもと接する時間が長い傾向にあるので、子どものふとした表情や変化に気づきやすい。『これ以上無理に学校に通わせるのはよくない』と直感で確信します。しかし、平日の帰りが遅く土日しか子どもと話さないお父さんは、子どもの内面的な心の動きに思いが至らず、『学校に行っていない』という事実自体に焦って怒りを感じ、子どもやお母さんに圧をかけてしまうことが多いんです」

ふだん会社でも数字や客観的事実を基に状況を判断するからか、父親はつい外面的な部分を重視してしまいがち。また、社会で求められる能力を痛感しているからこそ、「学力や学歴、円滑な人間関係を身に付けるためには学校に行かなければならない。でないと、将来苦労するはずだ。弱いままでどうする──」などと考えてしまうのだろう。

「これも親心ではあるのですが、不登校の中には心に傷を負っている子もいます。大人の社会であれば、心を病んで休職している人に『会社に来い』とは言いませんよね。それなのに、子どもには『甘えたことを言うな』『学校に行け』と怒ってしまう。内面を見ず、とにかく『不登校という事実』を何とかしようとしてしまうのです」

蓑田氏は、不登校の親の心境を「霧のような漠然とした不安に包まれた状態」と説明する。とくに母親は子どもと長く接するうちに、子どもの不安や鬱(うつ)を自分にも取り込んでしまい精神的に追い詰められるケースも多い。そんなときこそ、父親が一定の距離を保った立場から冷静に対処することが求められる。

「大切なのは、問題の『切り分け』です。課題は学校に行けないこと自体なのか、勉強が遅れることなのか、はたまた学歴やコミュニケーション能力なのか。不安要素に1つずつ対処法を考えると『霧』も晴れてきます。知識をつければ解決方法はいくらでもあるので、いつまでも悩まずとにかく情報を仕入れてほしい。そしてこの役割はお父さんの得意分野だと思います。例えば会社で問題が生じたときも、やみくもに『何とかしろ!』と部下を怒るのではなく、一緒に原因を探って対策を立てるでしょう?」(蓑田氏)

ただし、ここで忘れてはいけないのが子どもの内面を見ることだ。学生時代の部活動や受験で成功体験がある父親はとくに不安が募り、家族に怒りをぶつけて追い詰めがちだという。こうした対応は子どもがコミュニケーションを遮断するきっかけとなり、不登校だけでなく部屋からも出てこない「引きこもり」に発展してしまう。最悪、離婚や家族崩壊につながるケースもあるそうだ。蓑田氏は「不登校自体はなんてことありません。悲しい結末を招くのは、周囲の対応なのです」と指摘する。

不安なのは、子どもではなく父親である自分

とはいえ、いざわが子の不登校に直面すると、動揺してしまうのも当然だ。オンラインサロン「ぼちぼち・ちちの会」を主宰する市川明氏も、かつては息子の不登校を「理解するのに時間がかかった」と話す。

市川明(いちかわ・あきら)
2021年9月から、不登校の父親向け「ぼちぼち・ちちの会」主催。 長男の不登校をきっかけに、不登校支援の活動を開始。 地元事業者の協力のもと、不登校向けイベントなどの企画運営も行う。写真の背景は毎週開催している駄菓子屋
(写真:市川氏提供)

「僕もそれまで、不登校は他人事でした。子どもが不登校になったとき、親にとって最初のハードルは『受け入れること』。僕もそうでしたが、つい父親は『このままじゃ生きていけないぞ』などと言ってしまいますよね。でも、レールから外れる不安を抱いているのは、子どもではなく自分だったと気づいたんです」

市川氏がそう気づいたきっかけは、息子に 「自分は何でこの世に生まれてきちゃったんだろう」と言われたことだった。

「ショックでした。優しい言葉をかけてきたつもりが、前提には『昔の息子に戻ってほしい』という思いがあった。その圧力が息子を追い込んでいたのです。あの言葉を聞いて、『息子を信じて寄り添わなければ』と思いましたね」

その後は母親が、息子とのささいな会話から「コンピューターやプログラミングに興味があるのでは」と思い当たり、コンピューターに詳しいスタッフがいるフリースクールに通うことに。現在はすでに成人した息子だが、今ではコンピューター関係の仕事に就くため専門学校に通っているという。当時を振り返って、「自分がふと話したことを気に留めてくれたことがうれしかった」と話すそうだ。

「僕が不登校に関する講演や地域活動を行う中で、お母さんから聞いた話で驚いたのが、『子どもが不登校であることを父親に隠している』『子どもと父親が互いに拒絶をしている』というものです。一般的な不登校の始まりは、学校での居場所を見失うことです。そんな中で、家はいちばん安心できる居場所である必要があります。家族の新しい絆をスタートさせる機会と捉えて、まずは、困り事を素直に言える環境を整えてほしい」

わが子の不登校に直面した父親がやるべき3つのこと

それでは、父親が心がけるべきこととは具体的に何か。蓑田氏と市川氏が共通して挙げた3つの項目を紹介しよう。

① 子どもとの対話

蓑田氏
話を否定せず、受け止めて肯定することです。子どもをいつまでも未熟だと思っていると、つい『それは違う』と言いたくなる。でも、これからも子どもに話してほしいなら、日頃から何があっても、どんな小さなことも聞く姿勢をとってください。日々忙しい父親でも、この関係性は不登校になってからでも築けます。親の変化は子どもにもちゃんと伝わるので、「言ってもどうせ叱られる」と思われる人から、「この人には話しても大丈夫だ」と思われる人になってください。
同時に『絶対にやってはいけないこと』もあります。それは、ゲームを取り上げること。不登校で自信を失った子どもにとって、ゲームは唯一、自己肯定感を救ってくれるものです。それすら取り上げられると子どもは絶望の淵に追いやられてしまう。どうしても口を出したいなら、『お父さんはゲーム依存症や視力の低下が心配なんだけど、どう思う?』と、お子さんと一緒に考えてみましょう」
市川氏
「子どもとの対話の中には必ず、子どもの深層心理や本心のヒントがあります。そのメッセージを聞き逃さないよう、つねにアンテナを張ることが大切です。その姿勢は子どもにとっても、『見放されていないんだ』という安心感につながります。とはいえ、無理に子どもの趣味に合わせる必要はありません。付け焼き刃の会話は見透かされますから、それよりも父親自身が楽しむ様子を見せて、『働くだけが大人じゃないんだ』と大人になることへの希望を持たせてあげてください。大人になってからも変化できる、いろいろな生き方がある、と肌で感じることで子どもも前向きになります」

② 情報収集

蓑田氏
「『情報』は闇を照らす懐中電灯です。調べれば、学歴はいつでも取れること、学校以外にも学ぶ場があること、枠にとらわれないさまざまな生き方などが見つかります。ただし、『成功例』ばかりに気を取られると、『わが子がこうならなかったらどうしよう』と新たな悩みができてしまう。子どもの幸せを決めるのは子ども自身ということは忘れないでください」
市川氏
「子どもが不登校になったとき、親は『認めたくない』と葛藤します。この葛藤からいち早く脱するカギが情報収集です。男性は物事を事実や理屈で理解する傾向にあります。そこで不登校も、数字やデータで捉えると見方が変わります。例えば、不登校の児童・生徒が約24万人いると知れば、『自分だけではなく、全国的な課題だ』と冷静に考えられるようになります」

③ コミュニティー参加

蓑田氏
「地域の『不登校の親の会』などコミュニティーに参加するのは有効です。ただし、中にはカウンセリングと称して法外なお金を請求したり、引きこもりの『引き出し屋』など子どもに過度な負担をかけたり、さらには宗教勧誘を行うなど悪質な団体もあるので要注意です。こうした見極めは、たくさんの情報を仕入れる中で身に付きます」
蓑田氏が、不登校に悩む子どもと親をなくそうと保護者向けに開催している講演「おはなしワクチン」の様子
(写真:蓑田氏提供)
市川氏
「他の人と話すと、『悩んでいるのは自分だけではない』と気がつきます。大切なのは孤立しないこと。人と関われる場はたくさんあります。その地域やコミュニティーが、将来子どもが生きる場所になるかもしれません。ただ現状では、こうした場に参加するのはほとんどがお母さん。妻に連れてこられる形では、父親も何となく居心地が悪かったり、いよいよわが子の不登校を認めるようで気が進みません。そんなときは案外、父親1人で参加すると本音と向き合えるものです。不登校の父親に限定した場も参加しやすいでしょう」
市川氏が開催する、不登校児童・生徒対象のイベントの様子
(写真:市川氏提供)

親が、自分や家族のあり方を見つめ直すタイミング

子どもの不登校では、親自身の価値観や人生観をも問われる。現実を受け入れ、家族とも自分ともじっくりと向き合うことは、「親にとっても『生き直し』『学び直し』になる」と蓑田氏は指摘する。「社会」で必要だと思っていた能力や地位が、実は「会社」でのみ必要とされていたにすぎないこと。「こうあらねば」という思い込みに自分もとらわれていたこと。それに気づき、しがらみから解放されて楽になる親も多いそうだ。

市川氏も、「不登校は家族のあり方を見つめ直すよいきっかけになる」と話す。加えて、親も新しい出会いや知見を得て活動の幅が広がるなど、親自身が新たなスタートを切るタイミングになるという。

現在、全国に約24万人いる不登校児童生徒。その数だけ、悩みや葛藤を抱える親と家族の形がある。もちろん、父親が理解を示す一方で母親がなかなか受け入れられないケースや、ひとり親で奮闘しているケースもあり、一くくりにはできない。特効薬が存在しないからこそ、子どもとの対話・情報収集・コミュニティー参加を重ねて、一歩ずつ、進むべき道を照らしていく必要がある。

(文・吉田渓、注記のない写真:ノンタン / PIXTA)