1. 『個別最適な学びと協働的な学び』(著:奈須正裕)
当初、2019年から5年をかけて進める予定だったGIGAスクール構想が、新型コロナウイルスの感染拡大によって大幅に前倒しされ、21年4月には公立の小・中学校の多くで「1人1台端末」とネットワーク環境が整備された。
昨年度は、とにかく試行錯誤の1年だったという学校も多いが、机の上にノートパソコンを開いて授業に臨む子どもたちの姿も一般的になってきた。
そんな学校における教育の情報化に深く関わり、ICT活用における教員の指導力向上にも尽力する東北大学大学院情報科学研究科教授の堀田龍也氏が選んだのは、『個別最適な学びと協働的な学び』(著:奈須正裕/東洋館出版社)だ。堀田氏は、推薦理由についてこう話す。
「GIGAスクール構想によって期待される学習のキーワードとして、『個別最適な学び』と『協働的な学び』があります。この2つは、ずっと昔から教育学において学校教育の理想型の1つとして検討されてきましたが、1人1台の情報端末によってにわかに現実味を帯びることになりました。私たちはややもすると、情報端末の活用法にばかり注目してしまいますが、これからの時代を生きることになる子どもたちにふさわしい学びの概念をしっかりと理解しておくことが必要だと思っています」
著者は、新学習指導要領の策定にも関わった上智大学教授の奈須正裕氏で、「個別最適な学びは難しい」と感じる教員の声に寄り添ってきた人物だ。山形県天童市立天童中部小学校の実践を交えながら、具体的な手立てについて考えられている。
2. 『「深い学び」の科学』(著:北尾倫彦)
学校現場では、20年度から小学校を皮切りに、21年度は中学校、22年度からは高校でも新しい学習指導要領がスタートしている。新学習指導要領では、「何ができるようになるのか」という観点から、育成すべき資質・能力として「知識および技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力、人間性」の3つを柱に掲げている。
こうした資質・能力を育むために、子どもたちが「どのように学ぶのか」を考えるときにキーワードになってくるのが、「主体的・対話的で深い学び」だ。
文部科学省初等中等教育局視学官として新学習指導要領の作成に携わった國學院大學 人間開発学部 初等教育学科 教授の田村学氏は、「主体的・対話的で深い学びの中でもイメージしにくいのが深い学び」と話す。そんな田村氏が推薦するのが、『「深い学び」の科学:精緻化、メタ認知、主体的な学び』(著:北尾倫彦/図書文化社)だ。
「『主体的・対話的で深い学び』が授業づくりのキーワードとなっています。とりわけ、重要であるにもかかわらずわかりにくいとされる『深い学び』の実現が急務です。その『深い学び』を、精緻化、メタ認知などの言葉によって解き明かしてくれます。授業実践を改めて見つめ直すには、お薦めの書籍ではないかと思います」
著者の北尾倫彦氏は、心理学者で大阪教育大学の名誉教授。心理学の理論や研究も踏まえながら、子どもたちのどのような学びが「精緻化」か、どのような学び方が「メタ認知」なのかを解き明かしている。
今や学校教育の現場でも心理学の用語や概念があふれている。実際の授業づくりに生きるのはもちろん、教育心理学を学び直したいと考える人にもお薦めの1冊だ。
3. 『統計学が最強の学問である』(著:西内 啓)
今年度からスタートした高校の新学習指導要領では「情報I」が必履修科目となる。従来の「社会と情報」と「情報の科学」を「情報I」に集約し、両方の領域を全員が学ぶことになるのだ。23年度からは選択科目「情報II」が新設され、25年度の大学入学共通テストには新教科として「情報」が追加される。
高校生の全員が「情報」を学ぶポイントは、「問題の発見・解決」にあるという。そのため「情報I」では、小・中学校に続き「プログラミング」はもちろん、「情報デザイン」や「データの活用」についても扱う。
とくに新学習指導要領では、数字をベースに物事を考える力の育成に重きが置かれているため、「小中高を通して統計教育が強化されている」と指摘するのは京都精華大学メディア表現学部教授の鹿野利春氏だ。「情報I」と「数学I」の連携も今まで以上に詳細に示されているが、新学習指導要領で「情報科」および解説の取りまとめに携わった鹿野氏は、『統計学が最強の学問である』(著:西内啓/ダイヤモンド社)を推薦する。
「この本には、『統計』は何のために必要なのか、『統計』を扱う際には何に気をつければよいのかが数式を使わずに平易に書いてある。『統計』が大切なことはわかっているが数学は苦手という人が、『統計』について何となく理解するにはよい本である。私は、基礎から始めて早々に挫折するより、何となく理解してから興味・関心を持った分野を順に深めていくほうが合理的であると思う。数学の苦手な人の統計分野の最初の1冊として適切ではないかと思います」
14年にビジネス書大賞、17年に日本統計学会出版賞を受賞した統計学の入門書ともいうべき本書は、統計家である西内啓氏が最新の事例と研究結果を基に、基礎知識と統計学の主要6分野を横断的に解説している。
4. 『ケーガン協同学習入門』(著:スペンサー・ケーガン)
今回の選書には、現職の先生にも協力いただいた。フリーランスティーチャーとして活躍する田中光夫氏がお薦めするのは、『ケーガン協同学習入門』(著:スペンサー・ケーガン/大学図書出版)だ。
田中氏は、10年ほど前に日本協同教育学会(JASCE)主催の認定ワークショップに参加したことを機に、協同学習の理論や実践を学んでいる。文部科学省が学習指導要領で示す「協働学習」は、子どもたち同士が教え合い学び合う協働的な学びで、グループで課題解決に取り組む学習だ。
一方、「協同学習」もペアやグループで学習するものの、仲間と一緒に活動するうえでの目的などに明確な定義があるのが特徴だという。
「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実によって『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善を、と提言した文科省。2030年以降の社会を生きる・つくるうえで求められる力、『多様性の尊重』『持続可能な社会』『共生社会』を実現するためには『協働』が欠かせません。それらについて学ぶために重要なのが『協同の理念』と考えます。『協働と協同の違いって?』『具体的な手段とは?』が学べる一書です」
米国では19世紀ごろから協同学習が活用されていて、その技法の多くは本書の著者であるスペンサー・ケーガン博士によって紹介されている。協同学習のエッセンスを簡潔にまとめた入門書の全訳で、ぜひ田中氏の実践をまとめた「子どもが自ら学び出す「協同学習」超重要な4前提」と一緒にお読みいただきたい。
5. 『教師のための教育効果を高めるマインドフレーム』(著:ジョン・ハッティら)
昨年、公立小学校を辞め、今年4月にオルタナティブスクールのヒロックを東京・世田谷に開校、校長を務める蓑手章吾氏がお薦めするのは、『教師のための教育効果を高めるマインドフレーム:可視化された授業づくりの10の秘訣』(著:ジョン・ハッティ、クラウス・チィーラー/北大路書房)だ。
情報教育、ネットリテラシー教育、SDGs教育、キャリア教育など――。学校では教科の指導とは別に、社会の変化に応じて生じるさまざまな課題に対応する教育が求められている。まさにこれからの社会を生きる子どもたちに必要な教育である一方、ただでさえ忙しい学校現場でどのように取り入れていくべきかについては課題が多いといわざるをえない。
ICTを活用した教育に実践的な経験を持つほか、特別支援学校でのインクルーシブ教育や発達の系統性、学習心理学にも関心を持つ蓑手氏は、子どもたち目線での学びのあり方や教師の役割について問い直す。
「学校現場では『やらなければいけないこと』が次から次へと押し寄せてきます。しかし、大切なのは『なぜそれをやるのか』であり『どんな子どもを育てたいのか』です。この書籍には、教育現場での長年にわたる膨大な調査データによって解明されてきた最先端の学習科学と、教師のあり方や学ぶべきことが書かれています。教師が目的を明確にし、根性や努力や我慢以外の方法を子どもたちに提示できる。そんな教師でありたいですよね」
本書では、学習を成功へと導く授業を行うために、教師は自身の指導と役割をどう考えるべきか、熟練教師の実践知とメタ分析によるエビデンスを示しながら10の「心的枠組み」を提示している。子どもたちと日々向き合う、教師が抱えるリアルな悩みに寄り添う1冊といえそうだ。
6. 『哲学は対話する』(著:西 研)
さまざまな新しい教育が学校で始まる中、道徳が小学校で2018年度、中学校で19年度に教科化されたことも大きな話題となった。そんな中、哲学者で教育学者の苫野一徳氏は、「道徳教育は本来学校でやるべきではない」と話す。
代わりに道徳科でやるべきなのは「市民教育」と訴える苫野氏が、その実践方法として提案するのが「哲学対話」「学校・ルールを作り合う道徳教育」「プロジェクトとしての道徳教育」の3本柱だ。
中でも「近年、『哲学対話』が学校でも少しずつ実践されるようになっている」(苫野氏)と言うが、1960年代以降に世界各地の教育現場に広がった哲学対話は、日本でもアクティブラーニングの1つとして注目を集めている。
授業で「哲学対話」を行うとなると、ハードルが高いように感じる先生もいるかもしれないが、そこでお薦めしたいのが『哲学は対話する:プラトン、フッサールの〈共通了解をつくる方法〉』(著:西 研/筑摩書房)だという。
「さまざまなスタイルが提唱されている哲学対話だが、本書が重視するのは『共通了解』を見いだし合う対話。昨今の世界情勢を見ても痛烈に感じるように、互いに価値観や考えの異なる私たちは、共に生きるためには何とかして共通了解を作り合う必要がある。『人それぞれ』では済まされない場合は多々あるのだ。哲学は、そのための思考の宝庫。ぜひ、多くの教育関係者の間で、この英知が共有されてほしいと思う」
こちらは、「多くの市民が哲学の対話に参加し、それを楽しんでもらえるようになってほしい」と話す哲学者・西研氏の著書。ものごとの「よさ」について「なぜよいのか」「どういう点でよいのか」を問うことで一人ひとりの生き方と、社会のあり方とを「よりよき」ものにしようと配慮することが哲学の目的と説く。プラトンやフッサールの哲学を押さえつつも現在の対話に生かす方法が学べる1冊だ。
7. 『そろそろ、部活のこれからを話しませんか』(著:中澤篤史)
一方、学校現場において早急に解決すべき課題として「教員の働き方改革」がある。急務とされながらも、なかなか進まない教員の働き方の改善を図るうえで今、期待が寄せられているのが部活動改革だ。
部活動の運営が教員の残業を前提としていたり、全員顧問制によって競技経験のないスポーツの顧問を担当しなければならなかったり、その指導が教員の大きな負担となっている。だが、「子どもたちのために教員は身を削ってでも頑張るべき」という意識や文化をいよいよ見直すべきときに来ているのではないだろうか。
そんな中、教員の働き方改革や部活動負担の問題などに詳しい名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授の内田良氏が選んだのは、『そろそろ、部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義』(著:中澤篤史/大月書店)だ。
「『部活博士』と呼ぶべき部活動研究のトップランナーが、その研究の成果を、実に平易な言葉と統計によって提示してくれている。生徒の負荷や事故から教師の長時間労働まで、また、部活動の過熱の歴史から今日的な課題さらには近未来の活動のあり方まで、重要なトピックが幅広くカバーされている。海外の事例もまた、日本的部活動の『当たり前』を、効果的に揺さぶってくれる。部活動のすべてを、1冊でわかりやすく教えてくれる良書だ」
「部活は楽しい」「部活を指導してこそ一人前」など、学校の当たり前を壊すのには時間がかかる。だが内田氏自身、「部活がしんどい」「部活やめたい」という教員の声に向き合いながら徐々に部活動改革のうねりを広げてきた。実際、文部科学省をはじめスポーツ庁や文化庁で部活動のあり方を見直す議論が始まっている。
子どもはもちろん、教員も含めて元気で笑顔に集える学校空間にするには、部活動改革は避けて通れない道といえるのではないだろうか。
8. 『心が元気になる学校』(著:副島賢和)
「大人は子どもが安心できる環境をつくるだけでいい」と話すのは、大阪市立大空小学校 初代校長の木村泰子氏だ。木村氏は同校で「不登校ゼロ」を目指し、特別支援教育の対象となる子どももそうでない子どもも、共に学び合う教育体制を敷いたことで知られている。
当時の経験から得たものを、教員を引退した現在も精力的に発信し続ける木村氏は、大人の一言が「子どもが言いたいことを言えない」関係をつくると話す。
子どもに言うことを聞かせるのではなく「聞く」「受け止める」姿勢が必要だと。何を聞いても「別に」「うるさい」「わからない」と言うような子は、しつこく追いかけないのもコツだという。そんな子どもの本音、気持ちを読み解く達人ともいうべき木村氏がお薦めするのが、『心が元気になる学校 ―院内学級の子供たちが綴った命のメッセージ』(著:副島賢和/プレジデント社)だ。
「院内学級の子どもたちがつづった命のメッセージです。著者の副島賢和さんは『大丈夫だよ』という言葉の裏側にある意味。『別に』という言葉に隠された本当の気持ち。『何でもないよ』という言葉が発しているSOS。これらを入院中の子どもたちから学ばれました。子どもたちのどんな感情も大切にしてくれる大人が、あなたの周りにもきっといるからと本書は締めくくられています。先生たちや子どもの周りの大人たちにぜひ読んでいただきたい1冊です」
感情にふたをしてしまうのは入院している子どもたちに限らないと話す著者の副島氏は、そのふたを外すために、院内学級が安全で安心な場所と感じてもらえるようにしているという。
本音を受け入れてくれる大人がいると、子どもは安心する。そうした環境をつくるのに必要なのは何なのか。子どもがその子らしく、誰もが大切にされる学校、「みんなの学校」をつくるヒントが、この1冊からも学べるかもしれない。
9.『リストラなしの「年輪経営」』(著:塚越 寛)
子どもだけでなく、教員が働きやすい学校をつくる際も、組織のトップである校長の役割は重要だ。「働きやすい」と教員が口をそろえて語る学校、人間関係が良好な学校には、学校全体を俯瞰して課題に対応したり仕組みを変えたりする校長が必ず存在する。
やるべきことが山積みの学校の中で、教職員たちが疲弊せず、子どもたちと共に学びを深めていく風土づくりを醸成するにはどうすればいいのか。今年4月、湘南学園の学園長に着任した住田昌治氏は、これまで公立学校の校長としてさまざまな実践を行ってきた。
ユニークなのが、「教職員を管理しない」をモットーにしていること。教職員の主体性に任せ、トップダウンの「コントロール型」とはまったく異なるサーバント・リーダーシップ・スタイルの「マネジメント型」で学校運営に向き合ってきた。
そんな住田氏が、自身が影響を受けた本として挙げたのは『リストラなしの「年輪経営」:いい会社は「遠きをはかり」ゆっくり成長』(著:塚越寛/光文社)だ。その理由について、こう語る。
「いい会社は『遠くをはかり』ゆっくり成長、『社是は、社員を幸せにすること』。私が校長1年目に単身訪ねた伊那食品の塚越寛さん。私は、塚越さんの年輪経営を学校経営に生かし、教職員が幸せになる学校づくりをしてきました。その結果、子どもたちが幸せになる学校づくりにつながりました。ぜひ、多くの学校関係者の方に読んでいただきたいと思います。企業経営の神様から学ぶことで、時間はかかりますが、学校が心地よい空気に変わります。子どもの幸せは、教職員の幸せからです」
本書は、創業以来48年連続増収増益という実績を打ち出した経営者の企業戦略をまとめたものだ。著者の塚越寛氏は、「会社は社員を幸せにするためにある」とし、天候の悪い年でも成長を止めない「年輪」のように、ゆっくりでもいいから着実な成長を目指しているという。学校運営の手法に定評のある住田氏が、教育書ではなく経営書を選書したのは意外だったが、「理想の組織のあり方」と、そのための経営手法には学校も企業も共通するところがあるのだろう。
10.『多様性の科学』(著:マシュー・サイド)
こうした組織を考えるうえで、今最も必要だといわれるのが「多様性」だ。多様な人材を受け入れ、それぞれが能力や個性を伸ばして活躍できる組織を目指す「ダイバーシティー&インクルージョン」を掲げる企業も増えている。
なぜ、多様性が求められるのか。変化の激しい社会に対応していくには、できるだけ多様な能力、価値観を持った人材が集まっていたほうがいい。みんなが同じ枠組みで物事を見ていたら集合知が得られないからだ。
全国各地の教育現場で講演、研修、コンサルティングを手がける教育研究家の妹尾昌俊氏が、『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』(著:マシュー・サイド/ディスカヴァー・トゥエンティワン)を薦めるのにも、ここに理由がある。
「なぜ画一性の高い集団ではまずいのか、大きな失敗を犯してしまうのかについて書かれた本です。学校教育について扱ったものではありませんが、学校も同じだと思います。ワンマン校長の経験と勘による学校運営や、忙しいからといって議論やアイデア出しを軽視する職場では、不確実性の高いこの時代、危ないのです。多様性の高い教職員チームになっていく必要性を本書から学ぶことができます。同じ著者の『失敗の科学』も名著で、2冊続けて読むことをお勧めします」
本書では「なぜCIAは9.11を防げなかったのか?」「なぜ一流の登山家たちがエベレストで遭難したのか?」「白人至上主義の男が間違いに気づいたきっかけとは?」など、実際に起きたリアルな出来事をひもときながら、その失敗の背景に迫る。組織改革に役立つ1冊で、学校現場で応用できることも多いに違いない。
(注記のない写真:尾形文繁)