養護教諭はまず「ICTを使う」ことを目的にしよう
阿部氏は、高校時代に野球部の先輩のリハビリを支えた経験から、心身両面のケアができる養護教諭を志すようになった。しかし、当時は男性の養護教諭が全国に20人程度しかおらず、採用や経済面への懸念から、看護師としてキャリアをスタート。看護師として働きながら、大学の通信教育学部で養護教諭を取得し、東京都の採用試験に合格した。
採用後は、特別支援学校で5年間、離島の小学校で3年間の勤務を経て、現在の立川市立西砂小学校に転任。当初は「ICTはオンライン会議で使用する程度で、職員会議で先生方が話している『(Google)Classroom』や『スクールタクト』が何だかわからなかった」という。
「先生方の会話についていけず、『これはまずい』と思いました。よく、『ICTはあくまで手段であって、使うことが目的ではない』と言われますが、私はあえて『使う』ことを目的にして、日常業務に取り入れることにしました」
まず取り組んだのは、毎日の水質検査の結果を(Google)Formsに入力し、スプレッドシートで記録することだった。その後は、トイレットペーパーなどの在庫管理にデジタルホワイトボードの(Google)Jamboardを活用し、確認担当の児童が記録した在庫状況を、充填担当の児童が見て補充できるようにした。
健康診断ではJamboardで「待ち時間ボード」を作成し、「現在健診中のクラス」と「保健室に移動するクラスの待ち時間」をClassroomで共有。従来は、健診の進行に遅れが生じた場合、待機中のすべてのクラスの教室に知らせて回らなければならなかった。
しかしこのボードを作成したことで、健診当日の阿部氏の歩数は約6000歩から約3000歩にまで半減。健診全体の時間も短縮されたという。就学時健診でも、Jamboardで各検診部屋の混雑状況を3段階に色分けして可視化するボードを作ったことで、手の空いている教員がスムーズにヘルプに入れるようになった。
さらに、研究授業などで保健室を留守にする際は、保健室の入り口に絆創膏・体温計・マスクを置き、その様子がカメラに映る位置にタブレットをセットして(Google)Meetをつなぎ、自身の端末で映像と音声を確認できるようにしているという。
「保健室前に来た児童とMeetで話をして、軽症なら『そこの絆創膏を使ってね』で済みますし、急ぎの対応が必要ならすぐに保健室に戻ることができます。体力測定のシャトルランでは児童が体調不良を訴えることが多いので、体育館と保健室をMeetでつないで状況を見守るようにしています」
ICT導入で、朝9時には全校の欠席状況が集計可能に
保健室でのICT活用に慣れてきた阿部氏は、全校児童の健康観察にもICT導入を提案。それまでは、担任が欠席状況を記入した健康観察板を、係の児童が保健室に届け、それを養護教諭が集計して管理職に報告するという流れだった。しかし、健康観察板が届かないクラスがあったり、保健室の来室者対応で集計が遅れたりすると、報告が11時になることもあり、学級閉鎖などの判断が遅れるおそれもあったため、ICTを活用して作業の効率化を図ったという。
「Classroomを使って各クラスの欠席状況などのデータをFormsで集め、スプレッドシートにまとめるようにしたところ、朝9時頃には集計が終わるようになりました。その後は教育機関向け連絡網サービスのアプリの導入を提案し、アプリ経由で欠席連絡を受け付ける仕組みを整えました」
アプリの導入以前は毎朝10~20件程度の欠席連絡の電話がかかってきていたため、電話対応が不要になったことは他の教員にも好評だったという。欠席した児童のフォローも、緊急度の低い内容はメールを活用し、重要なことのみ電話で連絡する体制にしたことで、教員の業務負担を軽減できたそうだ。
ICTの導入にあたっては個人情報の扱いへの配慮が必要になるが、阿部氏は次のようにアドバイスする。
「アプリ自体にセキュリティ対策がなされていても、先生方が扱いに慣れていないと、個人情報が含まれるデータを全員が閲覧できる設定にしてしまうなどのミスが起こりがちです。まずは個人情報を含まない範囲でICT活用を始めて先生方のスキルアップを図り、慣れてきたところで個人情報を含む範囲へと徐々に広げていくのがいいのではないでしょうか」
不登校や特別な支援を必要とする子どもたちのサポートにも
特別な支援を必要とする子どもたちに対しても、ICTは重要な役割を果たすと阿部氏は話す。
「話すのが苦手な子が泣いてしまった時、JamboardにSNSのような画面を作ってテキストでやり取りを重ね、その理由を教えてもらえたことがあります。ICTを活用して自分の気持ちをアウトプットする経験ができれば、その子はいずれ話し言葉でも伝えられるようになるかもしれません。外国籍の児童とも、翻訳アプリを使えば意思疎通がしやすくなります」
阿部氏は現在、不登校の子どもたちの支援策の1つとして、アバターを通じて会話ができるメタバースの活用の準備も進めているという。
「アバターの動かし方を知るために不登校の児童が学校まで来てくれたこともあり、子どもたちの本音とつながるツールとして、メタバースの可能性は大きいと考えています。不登校児童数が最多となっている今、これまでICT活用に積極的ではなかった養護教諭が新しい発想でICTを使いこなしていけば、パラダイムシフトを起こせる可能性も十分あるはずです」
ただ、保健室経営はICTを活用しなくてもそこまで大きな支障がないのが実情で、養護教諭向けのICT関連の研修や書籍が限られていることもあり、阿部氏が研修などで出会う養護教諭の多くは「何から始めればいいかわからない」状況にあるという。そのような人でも気軽に始められることとして阿部氏が推奨するのが、約1億点のテンプレートを活用できるデザインツール「Canva」を使った、ポスターや保健だよりの作成だ。
阿部氏は、朝の通勤中にその日の保健に関するトピックを集めてCanvaでスライドを作り、学校の昇降口付近のテレビで音楽つきで流すデジタルサイネージを展開している。保健だよりは、Canvaで作成したものを連絡網アプリで各家庭に配信することで印刷する手間が省け、配信直前まで記事作成が可能になって余裕が生まれたという。
「これまでICTに馴染みがなかった養護教諭の先生方は、まずは自分の『かわいい』『楽しい』という感覚から始められる、Canvaのようなデザインツールの導入をしてみるのも手だと思います」
阿部氏は、今後は保健室のホームページを立ち上げてClassroom経由で保健関連の動画を見られるようにしたり、個別の相談フォームを設けたりすることも検討中だという。また、保健室をより身近な場所にするため、保健室前の廊下の壁と天井にプロジェクションマッピングのような楽しいアニメーションを映し出す取り組みも始めたそうだ。
「保健室業務をきっかけに、JamboardやCanvaなどの使い方を全校の先生方に発信できれば、養護教諭もGIGAスクールの取り組みに積極的に関与していくことができます。ICTの導入は面倒なことだと捉えられがちですが、他の先生方の業務効率化にもつながる提案をすれば、好意的に受け入れてもらえるのではないでしょうか。
私の場合は、ICTの導入によってどのようなメリットがあるのかを説明し、ツールの扱いに不安がある先生には個別にフォローを行うことで、多くの先生方の理解と協力を得ることができました。学校における養護教諭の地位をもっと高めていくためにも、養護教諭は自分にできるところからICT活用を始め、全校に向けて新しい提案を積極的にしていってほしいと思います」
(文:安永美穂、注記のない写真:enterFrame / PIXTA)