失敗を恐れる子どもが増えた

田内 学(以下、田内):私は現在、お金の教育を通して社会で今起きていることを、書籍や講演で伝える活動をしています。最近は、日本が長期的に抱えている問題について子どもたちにも考えてほしくて、高校の「公共」で金融分野の教科書作成にも協力しています。髙宮さんはこのところ、子どもたちと接する機会は多いですか?

髙宮 敏郎(以下、髙宮):塾や予備校で生徒と直接触れ合う機会は元々多くないのですが、コロナ禍前は部活の後輩の就職活動をサポートしていました。そこで感じたのが、「社会の役に立ちたい、貢献したい」と考えている学生が増えたということです。ただ、就活相談では残業・転勤の質問ばかり気にする印象もあります。

例えば営業は、相手の課題に対して自分ができることを考え、信頼を組み立ていくという高度でやりがいのある仕事です。しかし、学生にとってはノルマや飛び込み営業のイメージが強く、働くことにネガティブな感情を持っているのです。このあたりは、メディアが伝える情報に偏りを感じます。それでも社会に貢献したいと思っているのは、彼らなりに、このままでは日本が大変なことになってしまうと感じているからかもしれません。

田内:たしかに、この4年ほどで、日本はすごく変わりましたよね。日本財団の「18歳意識調査」でも、「自分の行動で国や社会を変えられると思う」と考える若者が、2020年は18.3%だったのが、2024年は約46%まで上がりました。バブル期を知っている大人たちは、現在を「失われた30年」と悲観的に捉えてしまいますが、 逆に“いい時代”を知らない子どもたちにとっては、現状からは上に上がるしかない、と感じるのかもしれません。

田内学
【写真右】田内 学(たうち・まなぶ)
作家・社会的金融教育家
2003年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブなどの取引に従事。19年に退職後、執筆活動を始める。 著書に「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」総合グランプリとリベラルアーツ部門賞をダブル受賞した『きみのお金は誰のため』のほか、『お金のむこうに人がいる』、高校の社会科教科書『公共』(共著)などがある

髙宮選挙権が満18歳以上になったのも大きいようです。高校3年生は、同じクラス内でも誕生日によって選挙に行ける子とそうでない子がいますが、選挙権がある子はどことなく誇らしげで、嬉しそうに選挙に向かうと聞きます。一方で、「コスパ」「タイパ」というように、失敗や無駄をしたがらない傾向も感じます。社会を変えたいけれど失敗はしたくない、社会に貢献したいけど残業はしたくない、ということです。

田内:本来、子どもは失敗や実験を繰り返しながら学んで成長していくものです。しかし、最近は「子どもに失敗させたくない」という親も多いですよね。親自身も傷つきたくないという気持ちがあって、先回りしてしまうように感じます。失敗を経験せずに大人になってしまうため、社会に出てからも過度に失敗を恐れてしまうのでしょう。

髙宮塾でも、親が「うちの子はこういう子なので」とおっしゃることは多いです。「未熟で幼いので」とか「競争が得意ではないので」と決めつけて、挑戦させずに枠に閉じ込めてしまう。塾は受験本番のリスクを減らすためにあるので、本番までは多少失敗させて、リスクとの向き合い方も学んでいってほしいです。そもそも子どもには、親に見せる姿と外で見せる姿とで違う部分があります。親も意識を変えていく必要があるでしょう。

信頼関係を築く力は大人になるほど大事

田内:子どもたちには、私たちの希望を託しています。彼らには、私よりよほど可能性があるからです。私も「この社会をどうにかしたい」と考えていますが、大人が考えるよりもいい答えを持っているはずです。

この数十年で、年功序列・終身雇用が崩れ始め、働き方は大きく変わりました。リーマンショックで多くの社員が解雇され、「いい会社に入れば一生安泰」という時代が終わったのです。最近は国にも体力がなく、年金でさえ守れません。上の人が考えて守ってくれるという、ローリスクハイリターンの世の中はすでに幻想です。会社は社会のためになってこそ儲けがでますから、一人ひとりが社会のためになることを考える必要があります。逆に言えば、そうしたことを考えられる人が重宝され、チャンスをつかめる時代だと思うのです。

髙宮外資系企業は、「すごいと思ったら採用、ダメだったら辞めさせる」と、人を雇用するのも解雇するもハードルが低い印象です。しかし日系企業は「迷ったら採るな」が鉄則で、逆に一度採用した人を辞めさせるのはとても難しい。ポテンシャルがあったかもしれない人を逃す一方で、社内にパフォーマンスが悪い人がいても雇い続けるしかありません。当然、優秀な人は「なぜあの人が自分と同じ給料なのだろう」と不満を抱いて去ってしまいます。

田内:かといって、企業がむやみに人を解雇しやすくなるのもよくないですよね。それなら同時に、解雇された人たちのセーフティネットを張らなければなりません。

髙宮はい。私も日本企業が外資系企業のようになればいいとは思いません。ただ、日本は減点主義で採用しますよね。いわゆる学歴がなくても見込んで採用した場合、後々問題があった際に「なぜこの学歴で採用したんだ」と思われてしまうのです。

髙宮 敏郎
【写真左】 髙宮 敏郎(たかみや・としろう)
SAPIX YOZEMI GROUP共同代表
1974年、東京都生まれ。1997年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)に入社。2000年、学校法人高宮学園代々木ゼミナールに入職。同年アメリカ・ペンシルベニア大学へ留学し、教育学博士(大学経営学)を取得。帰国後、財務統括責任者を務め、2009年より現職。学校法人高宮学園代々木ゼミナール副理事長、株式会社日本入試センター代表取締役副社長も兼務。「教育はサイエンスであり、アートである」をモットーに、これからの時代を担う子どもたちの教育を支える活動を行っている

最近つくづく、「人を信頼すること」「人に信頼されること」の大切さを感じます。数十年ぶりに再会した友人でも、「こいつは昔から頑張っていたよな」という記憶があると、すぐに打ち解けて信頼できるのです。大人になってからも、お互いにリスペクトできる関係を築くことは非常に大切です。そのためにも子どものうちから、誰かと信頼し合う経験は大切だと思います。子どもたちには、頑張って成長すること、そしてその時間を誰かと共有して過ごすことをしてほしいです。

田内:仕事上で必要なものといえば、お金やITスキル、コミュニケーション力などさまざまありますが、髙宮さんが言う通りその1つに「信頼」もあって、信頼がある人は多少抜けているところがあっても、周りが助けてくれるんですよね。それに、やりたいことができたときに周りを巻き込む力も大きいです。社会でお金を稼ぐ能力も大切ですが、信頼をベースにチームづくりができる能力も強いと思いますね。

髙宮あとは英語や外国語も大事。言語があれば世界が広がるし、日本に限らず外国の人たちとも信頼し合えたら、こんなにいいことはないと思いますね。

打ち込めるもの、読書が将来を広げる

髙宮子どもたちにはぜひ、今後のためにも打ち込めるものも見つけてほしいです。私の場合は部活動で経験した軟式野球でした。以前関わったアメリカの教育プログラムで、子どもたちがシーズンごとに異なるスポーツに挑戦し、その中で可能性を見つけるというものがありました。多種多様な経験をする分、たくさんの引き出しがあることは強みですが、本当に苦しいときにどこを軸にして戦うのだろうとも思いました。1つのことに夢中になると、それで勝負するしかないため運用リスクは高いです。しかし、踏ん張って頑張った経験から得る成長は、非常に大きいものだと感じています。

田内:私は、子どもたちにはたくさんの人と出会ってほしいです。子どものうちは行動範囲も制限されていて、周りの大人が世の中の普通だと思ってしまうものです。たとえ知識やアイデアがあっても、それを生かしている人がいなければ単なる知識で終わってしまいます。そこで、子どものうちから本を読むことが大切になります。著者や登場人物を通して他者の考え方・生き方を知ることは、貴重な機会となるでしょう。

髙宮本を読んで、自分自身の脳内でイメージし、仮想体験ができるなんて素晴らしいですよね。私は昔、阿佐田哲也の小説『麻雀放浪記』を読み、賭け麻雀のヒリヒリした空気にスリルと興奮をおぼえました。ここで、人が麻雀で破滅していく姿を学んだからこそ、いつかのカジノで大損せずに済んだのかもしれません(笑)。

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(文:酒井明子 編集部 田堂友香子、撮影:梅谷秀司)

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