お互いの背景を知れば、人は理解し合える
田内 学(以下、田内):私は、高校生で読んだ『銀河英雄伝説』が今に生きています。銀河帝国(専制政治)と自由惑星同盟(民主主義)が争うのですが、これが、両者の視点で物事を考えるきっかけになりました。作中で登場人物が、「愚将と智将は紙一重だ」と指摘する場面があります。愚将は味方を100人殺しているが、智将は敵の人間を100人殺している、というものです。
このように、世界を俯瞰して両側から見る視点はとても大切で、例えば投資も、1000円で買って2000円で売れれば自分は儲かりますが、一方で裏には、1000円で売らされた人と2000円で買わされた人がいるわけですよね。この視点は、現在私が金融教育をするうえでも、非常に役立っています。
髙宮 敏郎(以下、髙宮):私が経験してよかったのは留学です。留学当初、見た目に親近感があるアジア人が自分と違う考え方や行動をすることに、なんとなく違和感がありました。欧米の友人が土足で部屋に入って来ても、「文化が違うから」と納得できるのに。そのうちに、外見が似ていようがそうでなかろうが、おのおのが自分の国の文化を大切にしていて、それは私自身が日本の文化に誇りを持っているのと同じということに気が付きました。以降は、自分と違う考え方や生き方をする他人も理解し、尊重できるようになりました。
田内:とくに日本は、「周囲に合わせるべき」という同調圧力が強いですよね。
髙宮:異文化コミュニケーションは家族間にもありますよね。妻は幼い頃からいろいろな国を経験しているのですが、私が国内で驚いたエピソードを話すと、「海外では普通だよ」と言われます。でも、お互いの常識が違う場合は、その背景や理由さえきちんと理解すれば実はうまくいくんですよね。
「誰かの役に立つ」からお金がもらえる
髙宮:ここからは金融教育について話したいのですが、最近の子どもたちは、現金を使う機会が減っていると思いませんか? 昔のように、1000円を渡して「買い物してきて」と言える時代でもないし、子どもに電子マネーを使わせている家庭も多いです。電子マネーだと、子どもはチャージすればお金が降って湧いてくる錯覚に陥る懸念もあるし、最近ではYouTubeなどで、ゲームへの重課金や巨額の借金が武勇伝のように語られています。現金に対するリアリティが薄くなっていないか、気がかりですね。
田内:悩んでいる保護者は多くて、実際に相談もよく受けます。現金を使わせたいなら、例えばお祭りの縁日や、家庭内でお手伝いしたら現金でお小遣いを渡すなどがいいかと思います。心配なのは、今の時代「1人で生きていかなくては」、という気持ちが強いあまり、「なによりもお金が大事」という考えが大きくなっていると感じることです。
昔は子育ても、近所の人や親戚が自然と助けてくれました。しかし現代では地域社会が薄れ、子守りは保育園やベビーシッターなどに頼るしかありませんね。知らない人にお願いするからこそ、お金が必要なのです。お金はもともと、知らない人に物事を頼むための「道具」でした。知らない人とは信頼関係がないので、互いを信用するためにお金がいるのです。しかしそれは、誰にも協力してもらえないときの手段で、本来は困っている人がいれば助けたい・助けようと思うもの。それが今は、「道具」がメインになってしまっているんですよね。
子どもたちも、中学生から高校生へと年齢を重ね、社会をリアルに感じるにつれて、仲間や愛よりもお金が大切だと思う傾向にあるようです。最近は1人でお金を稼ぐ方法が増えて、仲間がいなくても暮らせるようになったという背景もあるでしょう。
髙宮:例えばアメリカは家庭での金融教育として、家族で作ったクッキーやケーキを売ってお金を稼ぐことを教えることがあるようです。お金は降って湧くものではなく、汗水たらして苦労してこそ手に入ると知るきっかけになりますよね。
田内:実はここについては、私はちょっと意見が違うのです。大切なのはお金をどう稼ぐかではなく、「誰かの役に立つからお金をもらえる」ことを子どもに教えることだと思います。アメリカの例だと、苦労したからではなく、誰かがクッキーを美味しいと思って喜んでくれたからお金がもらえた、ということです。人の役に立てたことを実感することこそが重要だと思います。その点アルバイトは時給制で、自分の時間を売ってお金を得ているので、こうした実感はしにくいかもしれないですね。でもこれでは、「働くこと=自分の時間を売る罰ゲーム」のように感じてしまうと思います。
髙宮:たしかにそうですね。キャッシュレスなどで世の中が便利になり過ぎていることが、子どもたちにとってはむしろ可哀想なのかもしれません。欲しいものはいつでもネットで買えて、我慢する機会も少ない気がしますから。
田内:お金については、改めて「金融教育」と銘打つのではなく、親が正しい使い方を見せてあげることが1番だと思います。もちろんお金を払えば、誰かがどうにかしてくれることは多いでしょう。現に、ビジネスはそれで成り立っています。でも、金融教育はお金を払ってレッスンを受ければいいわけではなく、最終的にどう「生き方」につなげるかが重要です。親が普段から行動で示せば、子どもも自然とそれをまねていくはずです。
髙宮:そのためにはやはり、親子でコミュニケーションをとるに尽きるのでしょうね。
減少する生産年齢人口、まずは働く人へのリスペクトを
髙宮:お金の価値観が変化するとともに、子どもの仕事に対する価値観も変わっています。最近は、YouTubeなどで知った給料の低い職業に対して、「こうはなりたくない」と考える高校生などが増えていて、これはよくないなと思いますね。
田内:高齢化社会の進行もあり、10年後20年後にはいろいろなところで人手不足が起こると予想されます。そもそも人が少ないので、単純に給料を上げれば増えるというわけでもないでしょう。将来、例えばドライバーが足りずに交通手段が減ったときに、今までいろいろな人が働いてくれていたことのありがたみを知るはずです。昨今は、搾取構造の中でカスハラも問題視されるようになり、全体的に働く人への感謝が足りていない気がします。人手不足の一因には、利用者側の問題もあるのでしょう。
髙宮:「闇バイト」も、仕事に対するこうした価値観の延長かもしれませんね。「楽に稼げるならそれでいい」という感覚がありそうです。
田内:知らない人でも、「同じ社会を生きている一員」と思えば、だましたり襲ったりできないはずですよね。身内以外は敵、のように見えてしまっているのかもしれません。「闇バイト」がどれだけ報道されていても、SNSの偏った情報ばかり見ていると気づけないのだと思います。相談する相手がいないことや、現代の格差社会も拍車をかけていると思います。
髙宮:田内さんの話を聞いて、改めて、働くうえでは人の役に立つことが大切だと感じました。私の会社でも、子どもたちに喜んでもらいたくて働いている人が多いですね。
田内:これからの子どもたちは、親世代が知っている働き方はしないでしょう。40年後には生産年齢人口が4割減るといわれていますから、今と同じ仕事を続けるのも難しくなります。しかし、これはきっとチャンスでもあって、自分に何ができるか、もう一度考える機会になると思います。子どもたちは可能性のかたまりです。親が子どもを心配する気持ちはよくわかりますが、子どもたちは私たち大人ができる以上のことを知っているはずです。子どもの考え方や生き方をぜひ尊重してあげてほしいです。
髙宮:今の子どもたちは、自分が本当にやりたいことではなく、外からの見え方を意識して価値判断をする傾向があると感じます。やはりSNSの影響が大きいのだと思いますが、保護者の皆さんには一言、「人の目は気にしなくていいんだよ」と背中を押してあげてほしいですね。
田内:自分の価値の物差しは、他人の中にあるのではなく、自分の中にだけ存在するものですからね。
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(文:酒井明子 編集部 田堂友香子、撮影:梅谷秀司)