こだわりたいテーマとして「教育」を掲げる訳

――市長に就任され、半年が過ぎました。市長の仕事はいかがですか。

一言で言えば、やはり面白い仕事です。市長の仕事は主に2つ。行政を動かしていく「経営者的な仕事」と、芦屋市の市の代表としてさまざまな方々とお会いする「市の顔としての仕事」です。鳥瞰的に捉えるマクロな目と、市民1人ひとりの声に注目するミクロの目、両方の目を持ちながらできる面白い仕事だと実感しています。

髙島崚輔(たかしま・りょうすけ)
芦屋市長
1997年生まれ。灘中学校・高等学校卒業後、2015年東京大学入学、中退。同年ハーバード大学入学(環境工学専攻・環境科学・公共政策副専攻)、22年卒業。在学中にNPO法人グローバルな学びのコミュニティ・留学フェローシップ理事長を務めるほか、芦屋市役所企画部政策推進課にてインターンシップを経験。公文教育研究会学習者アドバイザーを経て23年5月より現職

――なぜ市長を目指そうと思われたのですか。

世の中を変える、よい社会をつくっていく。そうした観点で考えると、一番面白く、かつ一番インパクトのある変革ができる仕事だと思ったからです。その原体験は、私が小学校6年生のときにあります。出身地である大阪府の箕面市長に、当時34歳だった倉田哲郎さんが就任したんです。市長が若返った途端、子どもたちが増えたり、学校の教育が変わったり、市民生活に大きなインパクトがあって、市長が変われば社会も変わることを実感しました。

また、自治体が学校を持っていることにも魅力を感じました。通常、民間人が学校経営をしようと思うとなかなかハードルが高いですが、市長なら教育委員会を通して学校づくりに参画することができる。もちろん、教育委員会の独立性はありますが、教育大綱の策定や予算面など、市長の立場からも学校をよくすることができます。公立学校がよくなることは、芦屋市だけでなく日本の未来を考えるうえでも極めて重要なこと。そうした面からも、市長は社会を変えることができる仕事だと思いました。

――まさにこだわりたいテーマとして「教育」を掲げていますが、教育に関心を持ったきっかけとは何でしょうか。

私には、3つ年下の弟と9つ年下の弟がいます。彼らの授業参観に行ったり、運動会のリレーのコーチをしたりしてきましたが、人の成長を見ることや応援することがすごく好きなんですよね。こうした原体験は大きいと思います。

また、小学校は公立、中・高は私立灘中学校・高等学校、大学は東京大学と米ハーバード大学で学び、また大学時代には海外大学の進学支援などを行うNPOの代表としてたくさんの公立学校を訪問しました。そのような中で、教育が与える影響の大きさを実感してきたことが、今の教育への関心につながっています。

「好奇心を育てること」と「なぜ学ぶのかを考えること」が大切

――さまざまなご経験の中で、日本の教育はどのような点が課題だと思われましたか。

とくにNPOの活動で全国の中学校や高校を訪問して生徒たちと話す中で、「なぜ学ぶのか」という問いに誰も自信を持って答えられないことは最大の問題だと感じました。なぜ学ぶのかということをもっとみんなが意識し、自分が納得できるまで考えられるような時間的・精神的余裕を持つことも大事なのではないかと考えています。

――ご自身は、「なぜ学ぶのか」という問いへの答えを持っていましたか。

私自身は、小さい頃から新しいことを知ること自体が楽しく、自分で考えた末の「わかった!」という喜びは大きいと感じていました。そうした知的好奇心が勉強においても1つのモチベーションになっていたと思います。幼少期から、自分が抱く日々の疑問について母親が一緒に考えてくれたことも大きかったのかもしれません。子どもの知的好奇心を育むことは、とても大事だと思っています。

自分が「何のために」という部分に思い至ることができたのは、高校生のとき。当時は東日本大震災から間もない頃で、生徒会の有志と定期的に東北を訪問していました。その中で、現地の同年代の生徒たちが自分の故郷のために行動している姿に衝撃を受けました。

私が通っていた灘校は、勉強に限らず1つのことに熱中でき、爆発的な集中力がある優秀な生徒がたくさんいてとても面白い学校です。一方で、残念ながら学力というモサノシで評価されることも多く、私は学びのアウトプット先というものをきちんと考えたことがありませんでした。だから、自分の学びを社会にどう生かすのかを真剣に考え、かつ行動に移している同世代に衝撃を受けたのです。この体験がなかったら、大学時代にNPOの活動もやっていなかったと思います。

――なぜ東京大学を半年で中退し、米ハーバード大学に進まれたのですか。

もともとハーバード大に行きたくてダブル受験をし、東大入学後にハーバード大の合格が決まりました。志望のきっかけは、高校2年生の1月に、ハーバード大に行っている先輩から「アメリカの大学に行ったほうがいいよ」と言われたこと。「とりあえず見てこい」と言われ、その年の2月に見学に行きました。実際に学生と話すと、彼らが自分の好きなことに誇りを持って学んでいるのが印象的でした。自分が世界を変えられると信じている学生もとても多い。ここで勉強すると、ワクワクできることにたくさん出合えそうだな、刺激的だろうなと感じました。

――ハーバード大卒なら、職業の選択肢もたくさんあったのではないでしょうか。

私は、自分が関心のあることや好きなことを仕事にすることが一番の幸せだと考えています。市長を目指した理由は先程お話ししましたが、こんなにワクワクする仕事はないと思いました。

自分の興味や好奇心を大切にするのは昔からのこと。実は、灘校に行きたいと言い出したのも自分からなんです。私は喘息気味で体が弱く、毎日病院に行ってから幼稚園に行くような子どもだったので、最初、親は乗り気ではありませんでした。でも、どうしても受験したくて、喘息の発作が出たら受験はやめるという条件で、小学5年生の年から塾に行かせてもらえました。すると、受験までの間、不思議とずっと発作が出なかったんです。やはり自分がやりたいことをやるというのは、すごく大事なことだと実感しましたね。

「教師が児童生徒と向き合える環境」をつくるのは「行政の役割」

――今年8月に「教育大綱」を公表されました。

教育大綱は通常、事務方が作成して市長が決裁するものですが、すべて自分で考えて作りました。教育のビジョンを組み立てるうえで、市民の声に基づいて自分の思いを言葉にすることが極めて重要だと考えたからです。

だからこそ、5月に市長に就任して以来、当事者の話を聞くことを大切にしています。例えば、毎月子どもたちと話す会を設け、5月は高校生たちと2時間議論し、6月は市内の全小学校を訪問して児童をはじめ先生や保護者とも話をしました。7月は市内全中学校で生徒たちと一緒に給食を食べて生徒会などの学校代表の生徒と議論し、8~10月はこども家庭・保健センターを使う中高生50人と「センターをどんな居場所にしたいか」をディスカッション。そのほか、10月には「子育て・教育」をテーマにした市民との対話集会も行いました。

市内全中学校で生徒たちと一緒に給食を食べた

とくに中高生たちと話す中で、今の子どもたちが身の回りの課題と環境問題などの大きな課題をグラデーション的に捉えており、地球規模の課題を自分事として認識していることに驚きを覚えました。そうした現状も反映しようと、目指す市民像は「自分と地球の未来を、探究と創造を通じて切り拓く市民」と定めています。

芦屋市教育大綱
(出所:芦屋市ホームページ)

――目指す教育には「『ちょうどの学び』とそれを支える組織づくり」を掲げています。

いわゆる個別最適な学びを軸に、一人ひとりに合った学びを実現したいということです。国も含めて日本中が目指している方向ではありますが、残念ながら今の学校現場はそれがかなう環境になっていません。だからこそ、私が明確に打ち出すことにしました。ただ、これは習熟度別の授業をすればよいという話ではありません。一人ひとりの好きなことや興味関心と学校で学ぶ内容がどのようにつながっているか、納得感を持って学べる環境をつくるということです。

また、芦屋市はインクルーシブ教育に力を入れてきましたが、今後はいわゆる統合教育ではなく、もっと特性や理解度、関心を踏まえた学びへと進化させたい。障害の有無を問わず、一人ひとりの学びやすさに合わせた「学び方」も含めて、誰もが学びの権利が保障されるような公正さも実現していきたいです。

芦屋市の児童生徒は、学力が高いにもかかわらず、学びへの意欲や自己肯定感が低いことが課題です。阪神間ゆえに市外の私立中高一貫校を受験する子も多いのですが、塾で嫌々学んでいる子も少なくないのかもしれません。しかし、偏差値だけで大学を選ぶ時代は終わりつつあります。自分はなぜ学ぶのか、自分の興味あるものとは何かを突き詰めて考えられる力こそが重要になる時代です。そのためには学びへのモチベーションを高めることが重要だと考え、教育大綱では主体性や探究などの重要性も強調しました。

AIやICTの活用も欠かせません。全国的な傾向と同様、芦屋市もICTの活用は教員間や学校間で差がありますが、中高生からは「デジタル教科書の導入を早く進めてほしい」「GIGA端末を使いやすくしてほしい」といった声が寄せられています。テクノロジーについては子どもたちのほうが得意だという現状を踏まえ、将来を見据えたAIやICTの活用を考えなければと思っています。

「教師が児童生徒と向き合える環境」をつくるのは「行政の役割」

――児童生徒だけではなく、教師と市民の「ちょうどの学び」についても示されました。

教師と市民も、子どもたちと共に学ぶ主体ですから。とくに教師については、より児童生徒に向き合える環境をどうつくるか、これが一番大事だといっても過言ではありません。働き方改革なくして児童生徒の「ちょうどの学び」は実現できないと考えています。負担軽減とともに、教師自身が専門性を向上させるための探究・創造ができる精神的余裕をどうつくるかが重要。今後、どういう形であれば持続可能に人手を増やせるかといった検討も含め、働き方改革を進めます。

――教育大綱を推進するために体制なども変えられたのでしょうか。

東大大学院公共政策学連携研究部と連携協定を結び、同大の鈴木寛教授からも助言をいただいています。また、教育委員会の中に「学校教育改革推進室」を新たに設け、これまで部署ごとに分かれていたものを統合する形で強化を図っています。

とはいえ、すべてトップダウンで進んでいるわけではありません。例えば、部署の新設も教育委員会からの提案です。今の教育委員会は非常にやる気がみなぎっているので、今後もその主体的な発案や行動を最大限サポートして教育改革を実現したいと考えています。

――今後、どのような教育政策を行いたいと考えていますか。

やはり、まずは教師の働き方改革。これを最初に進めなければ、ほかの話もすべてできないと考えています。部活の地域移行を始め、各学校の課題や教師が本当にやるべき仕事について整理し、手を打っていきたい。教師が児童生徒の学びを最大限サポートすることにちゃんと集中できる環境をつくるのは、行政の役割だと思っています。

(文:國貞文隆、写真:芦屋市提供)