例えば、織田信長について授業をするなら?

「日本は僕が自分で選び、家族を持った国。この国の教育には、いい面がたくさんあると思います」。インタビューの冒頭、パックンはそう口にした。
「ほかの国では買い物のお釣りを間違えられたり、計算が面倒なのかお釣りの代わりにアメを渡されたりすることもありました。そんなことは日本ではまずないでしょう。アメリカでは進化論や地球温暖化を信じない人がいることが社会問題にもなっていますが、日本ではこうした問題も聞きません。それは、教育のレベルが高いからでしょう。新型コロナウイルス感染症の対策でも専門家の科学的な見解が取り入れられていますし、倫理道徳が身に付き、集団生活がうまくできるようになることも日本の教育のいいところですね」

一方、自身が生まれ育ち、初等教育からハーバード大学まで学んだアメリカの教育にもいい点はあるという。

その1つが、教室での教員と子どもたちの対話が、自己表現や論理的、批判的思考につながること。「例えば」とパックンが挙げたのは「織田信長について授業をするなら」。教員は、織田信長にまつわる史実や業績といった情報を一方的に教えるのではなく、「誰か織田信長について何か知っている?」と質問するのだという。

「知っていることなら何でもいいのです。それこそ『フィギュアスケーターのご先祖様!』でも構いません。もちろん、先生が正しい情報を伝えますが、そこで終わりではありません。『なぜ明智光秀は織田信長を討ったのか?』とアイデアを出し合うのです。教室では発言したり、プレゼンテーションしたり、ディベートする機会がすごく多いですね。そして、先生は子どもの発言を『いいね』とか『それも考えられるね』となるべく肯定する。だから、子どもが発言したくなるんです」

そうして、教室に自分も目の前の対話に参加したいという気持ちが伝染していくのであろう。新しい情報やアイデアが出されると、教員は子どもたちに質問を重ねていく。何でそうなったのか、それによってどんな効果があったのか、どうしてそのように考えるか、などなど。本能寺の変のように、諸説あり、といまだに解明されていない歴史的な出来事でも、子どもたちのアイデアによって説得力のある新説が生まれる可能性だってあるかもしれない。まずは、対話を導くような環境づくりが大切だ。

パックンは親子の対話と交渉で考える力を伸ばす

パックンは、家庭でも子どもたちのプレゼンテーション能力や交渉力を磨く機会を積極的につくっているそうだ。

「わが家では、週末や夏休みの過ごし方を考えてプレゼンテーションし合います。みんなをうまく説得して票を集めることができれば、自分の希望が実現するというわけ。また、子どもも今日はピアノをやりたくないとか、掃除をしたくないという日もありますよね。そんなときは『パパが納得して自分の気持ちも満たされるよう、交渉してごらん』と伝えます。すると、『明日2.5倍練習するよ』とか『ほかの場所を掃除する』と交渉してきます。回数を重ねるうちに子どもも知恵がついてきて、汚れていない場所の掃除を交換条件に挙げるようになるんですけど」

子どもが自分で考えるまで待ち、受け止める。こうしたやりとりは、親にとっても根気がいること。親が決めたことを押し付けるほうが簡単かもしれない。

「僕も権力で押し付けてしまうことは結構ありますよ」とパックン。必ずしも、すべてが理想どおりに運ぶとは限らない。親も人間だから、完璧ではない。だからこそ、気をつけていることがあるという。

「子どもとの対話のタイミングですね。眠いときやお腹が空いていると、けんかになりやすいので、微妙な交渉はご飯の後にやるとかね。そして、もう1つは交渉の結果がウィンウィンになること。親から見て大事なことだけでなく、子どもから見て大事なことが何か、ちゃんと聞いてから交渉に入ります。ウィンウィンってそういうことだから」

例えばテレビゲーム。子どもはテレビゲームがやりたいが、親としてはなるべくやらせたくない。そこで、「どうしてテレビゲームで遊びたいのか」と聞く。その答えが「映像の刺激が欲しい」なら家族で映画を見ればいいし、「勝ち負けの勝負ごとがしたい」ならばほかのスポーツやゲームをすればいい。こうした対話を通じて、自分は何がしたいのか、どういった喜びを得たいのか、を考えるようになる。すると、そこでたどり着いた本質的な目的に沿って子どもの希望と親が許容できる妥協点を探すことができるだろう。

「ところが先日、『新型コロナで友達に会えないからオンラインゲームで交流したい』と言ってきたんです。僕は子どもが友達と交流するのは大賛成。そうした社会的な一面が失われるくらいなら、オンラインゲームと抱き合わせにした方がいいと思いました。そこで、『ゲームで交流する』を親子の妥協点にしました。対話をしていると、子どもは意表を突くことを言ってきます。それがすごく面白いんですよ」

パックンは、家庭で実践している金融教育も対話を重視。しかも、できるだけ包み隠さずにストレートに物の値段と価値の関係を伝えているという。例えば、一緒に買い物に行ったときなどに、「何で同じ品物なのにこっちのほうが高いと思う?」などと、普段から質問形式で進めるのがパックン流だ。

パックン
1970年生まれ、アメリカ出身。ハーバード大学比較宗教学部卒業。93年に来日し、97年にお笑いコンビ「パックンマックン」を結成。2012年から東京工業大学にて非常勤講師を務める。おもな著作に『パックンの「伝え方・話し方」の教科書 世界に通じる子を育てる』(大和書房)、『ハーバード流「聞く」技術』(角川新書)。

英語は特別、という意識をなくすには

子どもと一緒に考えることもディスカッションも大好き、と話すパックン。タレントとして活躍する一方、2012年からは東京工業大学で非常勤講師として国際社会とコミュニケーションの講義を担当している。

「対話やディスカッションには気力が必要だけど、教える側もその方が面白いんじゃないかな。僕にとっては教え込むほうが眠くなっちゃって大変!僕の講義は熱いですよ。学生もディスカッションを楽しんでいますし、『コミュニケーションスキルを生かして就職できました』と報告しにきてくれる学生もいます」

そう話すパックンは、新学習指導要領に期待しているという。

「新学習指導要領によって、日本の教育のいい点を保ちながら思考力を育むという理想に近づくのでは。ただ、クリエーティビティを伸ばすためには、テンプレートを教えるのではなく、自分なりのやり方をつかんでほしいですね。子どもたちが研究の方法も発表の仕方も自分で考えて実行するとかね。外国語教育にしても、英語の授業だけにこだわらず、いろんな場面で英語を使ってみるのもいいでしょう」。どういうことか。例えば、教員が、英語以外の授業で英単語を混ぜてしゃべりかけるのも1つ。「学年が上がったら『列に並んで!』を『Get in a line!』と言ってみたり。先生や親が普段から英語を話せば、子どもにとっても英語は特別なことではなくなるでしょう?」とパックンは続ける。

対話的な授業によって、教員が子どもたちの意見や発想力に本気で驚いたり、感心したりする姿を見せることが、対話の環境づくりに寄与するのではないだろうか。新学習指導要領の導入は大人のマインドセットを変えることにもつながるはず。そう期待する一方で、教員の過重労働が気になっているという。

「先生たちの働く環境をもっと改善してほしいな。そのためなら、僕はもっと税金を払ってもいいと思っています」。教員の仕事は、社会的にもっと尊重されるべきだとも指摘する。

「僕は日本の社会が大好き」とパックン。「その社会の基盤をつくるのが教育なのです」と力強く語ってインタビューを終えた。