「スクールカウンセラー」の不安定な雇用と子どもへの影響

東京都の全公立小・中学校、高等学校のスクールカウンセラー(以下、SC)を対象に心理職ユニオンが実施した「東京都スクールカウンセラー労働実態調査」(以下、都SC調査)。この調査の実施に関わった弁護士・兵庫教育大学大学院准教授の神内聡氏は、「対象とした1514名のうち702名から回答があり、SCの調査としては大規模なものだといえます」と話す。

まず注目したいのは、「職場においてストレスとなる要因があるか」との問いに87%が「ある」と答えていること。そのストレスの要因の上位3つは、「時間外の無償労働」「雇用の不安定さ」「社会保障がないこと」だった。

残業については87%の人が「している」と回答。都SCを務める40代の臨床心理士・高畑絹代さん(仮名)によれば、「残業代は支払われていない」という。

ストレス要因の2番目に雇用の不安定さが挙げられているのは、その雇用形態が背景にある。公立校で働くSCは、主に都道府県(または市区町村)で会計年度任用職員として任用されるが、都SCも1年任期の会計年度任用職員だ。「そのため労働契約法が適用されず、無期雇用に転換できない」と、神内氏は説明する。

都SCの勤務は1校につき年間38回、1回当たり7.45時間。その多くは2〜3校を担当している。次年度の任用について明らかになるのは1月の下旬ごろ。同じ学校で働き続けられるかどうか、何校担当できるかどうかは3月末になるまでわからない。そのため、担当校の数がいきなり減り、次年度の生活が苦しくなってしまうケースもあるという。

高畑氏は、SCの雇用の不安定さは子どもにも影響を及ぼすと警鐘を鳴らす。

「子どもや保護者に『先生は来年もいますよね?』と聞かれても、『わからないんです』としか答えられない。これでは、子どもも保護者も不安ですよね。次年度の勤務に関する通知が来るのは春休みなので、十分な引き継ぎも困難です。SCは一人ひとりと長い時間をかけて信頼関係を築きますし、何年もカウンセリングが必要なケースもあります。突然信頼する人との関係が断ち切られる子どもにとっては大きな喪失体験です。もう少し時間があれば、その子の成長につながるお別れの仕方もできると思うのですが……」

現在の体制では、相談する側にとっても、信頼するSCに継続して相談できるかわからないという不安定さが付きまとっている。

深刻な「SCの専門性」の軽視

また、都SC調査では、労働環境に次いで「教職員・管理職との関係」がストレス要因として挙がっている。職場で理不尽な要求、不快な対応、ハラスメントなどを受けたと感じたことはあるかという問いに47%が「ある」と回答。その際、誰かに相談したと回答した都SCで、管理職に気軽に相談できたという人はわずか20%だった。

高畑氏に労働環境について詳しく話を聞くと、SCの専門性が軽視されている深刻な実態が浮かび上がってきた。

まず、職場の教員たちにSCの専門性がきちんと理解されていない。SCの多くが、臨床心理士や公認心理師などの資格を有する臨床心理の専門家である。しかし、学校現場で求められるのはカウンセリングだけではなく、職務は多岐にわたる。高畑氏は、SCの専門性についてこう説明する。

「話を聞くことがいちばんの仕事ですが、子どもが抱える悩みをどうしたら解決できるかということも一緒に考えていきます。例えば、子どもの個性や能力が学校という枠組みに収まらず、不適応を起こすこともあります。ケースによっては、SCは『必ずしも今すぐ登校できるようになることがゴールではない』と判断することも。その子が自分らしさを受け入れ、社会に巣立っていけるよう支援するとともに、根拠を示しながら教員に説明するのも、教員とは違う専門性を持つSCの存在意義だと思っています」

また、教員の悩みを聞いて支援することで間接的に子どもと関わることもあれば、発達の偏りが見られる児童生徒ついて、医療機関やさまざまな支援とつなげるべきかなどの助言や情報提供を行うこともある。さらに、「子どもや保護者、教員などの個人に対するアセスメント(見立て)だけでなく、『この学校は教育相談に関して理解が深いので、こう提言するといい』などと、学校という組織をアセスメントする力も求められる」と高畑氏は考えている。しかし、こうしたSCの仕事や専門性が理解されていないと感じることも少なくないという。

「教員から『ただ子どもの話を聞いていればいいので、余計なことは言わないで』と言われたことも。また、あるケースについて『まず様子を見ましょう』と伝えたところ、『はい、SCが “様子見で” と言いました! もう何もしなくていいってことだね』と返されたこともあります」(高畑氏)

SCの仕事とはいえない仕事を求められることも珍しくないそうだ。

「あるお子さんについて詳しい経緯を知らされないまま、担任から『担任が言うともめ事になるので、通級につなげたほうがいいと保護者に直接伝えてください』と言われることも。担任の考えを単に代弁するのがSCの仕事とは言えないと思います。しかし、経験が浅いSCはそうした場面で教員からの要望を断りきれず、押し切られてしまうこともあるようです」(高畑氏)

さらに深刻なのが、学校で問題が起こったときに、SCがスケープゴートにされやすいことだという。

「担任と保護者の関係がこじれたとき、SCだけで家庭訪問に行かされたり、『保護者説明会に出て』と言われたりすることも。それが勤務時間外だとしても、残業代は出ません。『何かあってもそのときはSCの責任にすればよい』という雰囲気すらある。実際にそう発言される校長先生もいます」(高畑氏)

専門性が軽視される背景には、「評価の仕組み」の問題もある。SCの評価は校長が行い、それを基に次年度の契約更新の有無が決まるが、その評価基準はSCに対して明らかにされておらず、伝えられるのは合否のみ。フィードバックがないため、都SC調査でも「今後のために改善していくこともできない」などの声が上がっている。

「どう評価されているかわからないため、SCの多くが『校長のさじ加減一つで職を失う』 という不安を抱いています。とくに威圧的な言動の多い校長の場合、校長と異なる意見は言いにくい。SCが雇い止めになることを恐れて意見をのみ込んでしまうことで、必要な支援が届かなくなってしまう子が出てくることも考えられます」(高畑氏)

こうした状況を受け昨年、心理職ユニオンは都に対してSCの業績評価基準の開示請求を実施。職務遂行力、積極性、勤勉性、協調性という評価項目が明らかになったが、神内氏は「専門性を評価する内容とはいえません。また、校長が評価する現行の仕組みでは、SCは校長の干渉を受けざるをえず、中立性と専門性を発揮しづらいでしょう」と指摘する。

また、スキルアップも個人の努力に委ねられており、学校に関わる新制度などの情報共有も十分にはなされていないようだ。

「SCも自身の仕事をしっかり理解し、スキルや資質を向上していく必要があると考えます。正しいアセスメントや助言をするために、学校の仕組みや新しい制度も理解していないといけません。しかし、会計年度任用職員にすぎないSCには研修の機会がなく、SC同士で情報交換をしたり、大学院時代のネットワークを駆使したりしてアップデートを図るしかない状況にあります」(高畑氏)

子どもたちを支える理想の「チーム学校」のあり方とは?

こうした環境では、文部科学省が求める“チーム学校”としての連携は難しい。スクールロイヤーでもある神内氏は、「スクールロイヤーも同じなのですが、“チーム学校”の概念がしっかり理解されていないと、問題が起こった際、学校は責任を取りたくないために、表向きは『連携』と言いながら、外部人材に押し付けてしまうことがあります」と話す。

では、理想的な“チーム学校”とはどういうものなのか。高畑氏は、「みんなで子どもを支えて育て、大人も学び合って成長しようとする学校」だと言い、こう続ける。

「担任、生活指導主任、養護教諭、SCなど、立場が異なるメンバーがお互いの専門性や持ち味などを理解することが大前提。そのうえで、対象の子どもについてみんなで意見を交わし、深く理解する。その結果、例えば『通級を勧めたほうがいい』ということなら、保護者と最も信頼関係がある人が伝え、ほかの人は連携しながらそれぞれの立場から支援する。私は以前、こうした現場を経験したことがあるのですが、子どもがみんな生き生きしていて『教育ってすごい!』と実感しました。SCを辞めたいと思いながらもまだ続けているのは、私が経験したような『どんな子にも居場所があり、安心して通える学校』が増えることを願っているからです」

こうした理想の体制の実現のためにも、教員や管理職がSCの役割や専門性を理解する機会を設ける必要がありそうだ。多忙な中、SCについて学ぶ研修などもなければ「チームとして連携を」と言われても、何をどうすればいいのかわからない人もいるだろう。

一方、1月30日の衆議院予算委員会で、岸田文雄首相は「教職の専門性に加えて心理、福祉分野の専門性を身に付けられる教員養成が制度的に可能になるよう改革を進めていきたい」と述べた。確かに教員が心理や福祉について学ぶことは必要だが、すでに波紋を呼んでいるように、この方向性では教員の負担を増やしかねない。“チーム学校”を目指すのであれば、教員とSCをはじめとする外部人材がそれぞれの専門性を発揮して連携できるような支援や仕組みづくりが大切ではないだろうか。

また社会からニーズの強い「SCの常勤化」にも、問題が潜んでいるようだ。実は、都SC調査では、現在と同じく1校につき38日勤務での雇用の安定を求める人が72%と最多で、常勤化を望む人は5%しかいなかった。

自由記述では「この不安定な雇用状態で週5日はリスクでしかない」といった懸念のほか、「心理士として他領域での経験を積むことも大切と感じている。(中略)SCの外部性を保つためにも常勤化は慎重に検討してほしい」という声が見られた。高畑氏も、SCの雇用形態に関する議論が常勤化に傾いていることを危惧する。

「子どもや保護者は、SCが学校の人ではないから話せることもあります。近年、教員との関係に悩む子どもや保護者の相談が増えています。しかし、SCが毎日学校にいることになれば、『SCはどうせ先生の味方なんでしょ』と思って相談しづらくなってしまうおそれもあります」

神内氏も、「常勤化はSCの第三者性が後退するだけでなく、今以上に専門外の仕事を押し付けられるおそれもあります。また、予算を変えずに常勤化となると、SCの雇用は減り、収入も下がるでしょう。不登校やいじめの解決のためにと期待されている割には、それが実現できる労働環境や評価の仕組みが検討されていません」と、現状を問題視している。

子どもや保護者、そして教員も安心してSCに相談できる学校であるためにも、現場のSCの声を反映した労働環境の改善が求められている。

(文:吉田渓、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:maruco/PIXTA)