新学習指導要領により、「お金の教育」が本格化
新学習指導要領によって、すでに始まっている中学校に加え、高等学校でも「お金の教育」に関する授業が本格スタートする。ただ、多くの教職員にとって「お金」に関する事柄は自身からも遠く離れたものであり、どのように授業をすればいいのか戸惑う向きも少なくないのではないか。こうした中、早くから学校という空間にお金の教育を浸透させようと啓発活動を続けているのが税理士の大河内薫さんだ。
大河内さんは現在、自分で税理士事務所を経営する傍ら、YouTubeやオンラインサロン、学校での授業のほか、書籍などを通してお金の教育に関する啓発活動を行っている。もともと大河内さんは演劇を学ぶために日本大学芸術学部に入学。その後、自分の将来を考えるうちに「1人でも稼げる」仕事を目指すようになり、難関国家試験の資格を持とうと思い至った。そこから税理士試験に挑戦、見事突破し、芸術学部出身の異色の税理士が誕生したのだ。
税理士にイメージされる堅苦しさを払拭すべく、「スーツを着ない」税理士として活動し、世間で知られる存在となった大河内さん。なぜお金の教育の必要性を説くようになったのだろうか。
「税理士になって仕事をするうちに、多くの人が税金に対してほとんど知識を持っていないことに疑問を感じ始めました。3年前に税金に関する本を執筆した際、調査をしたのですが、フリーランスの方をはじめ、自分の想定よりもはるかに多くの人たちが税金について何も知らなかった。その原因を探っていくと、そもそも、税金に関して教わる場所がないということがわかったのです。教育の現場でも、税金に対して何も習わないですよね。税金だけではない。お金に関しても、ほとんどの人が何も知らない。ならば、教育から変えなければ、世の中も変わらないと思ったのです」
大河内さんがお金の教育について啓発活動を開始したのは2019年ごろから。YouTubeやオンラインサロン、書籍で情報発信をするうちに賛同者が集まり、しだいに学校の授業にも呼ばれるようになった。今年9月には著書『貯金すらまともにできていませんが この先ずっとお金に困らない方法を教えてください!』を刊行。世代を超えて、多くの人から受け入れられ、ベストセラー街道をひた走っている。
「年金2000万円問題をきっかけに、老後の資金にスポットライトが当たってから、世間の関心もより高まったと思います。ただ、書店に行けば税金や資産形成などに関する本はたくさんあるものの、良書であっても、きちんと理解するには難しい面もあります。そこで僕は、わかりやすく漫画にすることで、多くの人が簡単に内容を理解できるように努めました。お金を学んだことがない人でも一から学べる入門書になったと自負しています」
親も教えられない「お金の教育」の難しさ
大河内さんは、この本をクラウドファンディングを利用して、全国の学校や図書館に1800冊以上を現在までに配布している。ぜひ子どもたちに読んでほしいということだが、20歳前後になってからお金について学ぶ人もい多い中、なぜ子どもの段階からお金の教育が必要だと考えたのだろうか。
「毎日使う日本語や数字は、国語や算数の授業で学ぶのに、なぜ毎日使うお金のことは学校で学ばないのでしょうか。お金は子どもたちにとって、稼ぐというよりは使うもの。しかし、どう使えばいいのか、ということを学ぶ機会がありませんよね。お金の使い方にも教育が必要です。実は世間でよく見られる“お金による事故”のほとんどは教育で防げる、とさえいえますが、お金の使い方をきちんと習っていないから正しく使えないのです。お金を稼ぐ方法も、同様です。しかし、親もお金の教育を受けてきていないので、家庭で教えることも難しい。もしお金に強い日本人がもっと多かったら、今回のコロナ禍による経済的ダメージは今より少なかったのでは、とすら考えています」
2022年度から新学習指導要領により新たに学校教育の現場でもお金の教育が始まる。だが、この新しい授業に戸惑っている現場の先生も少なくないそうだ。大河内さんは、そうした現場の先生たちに対しても、授業のやり方や内容に関してYouTubeやオンラインサロンなどで、わかりやすく理解できるよう情報を発信し、学校教育のサポートを行っているそうだ。
では、こうした教育の現場、あるいは家庭で、子どもたちが主体的にお金について学べるようにするには、どのような工夫をすればいいのだろうか。
「子どもたちに授業で『お金のこと好き?』と聞くと、ほぼ必ず『好き』という答えが返ってきます。中学生くらいからは少し斜に構えるようになりますが、例えば子どもがおもちゃを買いたくて、お金に関心を持つ。それは自然なことです。もしそうやってお金に興味を持ち、新しいおもちゃを買ってと、親がねだられたときはどうすればよいのでしょうか。ただ、おもちゃを買い与えるのではなく、例えば持っている古いおもちゃをフリマアプリや、フリマサイトで売ってお金をつくり、新しいおもちゃを買うという経験をさせてみてはどうでしょうか。これはお金をつくるというお金の教育になります。あるいは、家庭内起業はどうでしょうか。例えば、家庭内で自分のコーヒー屋さんを開いてみる。お客さんは親です。まず、親はいくらかのお金を子どもに貸してあげましょう。そのお金を元手にして、子どもに豆やカップなど材料の調達から、そのコーヒーをいくらの値段で提供すれば利益が出るのか。すべて委ねてしまうのです。そうすると、子どもは原材料費から、いくらで販売すればどれくらいの利益が出て商売が成り立つのか、というお金の流れを体感することができる。最初にお金を借りているので、金利についても教えることができます。お金の教育は学校の現場だけでなく、親も一緒になって教えていくことが何より重要だと考えています」
お金に対して、きちんと向き合える子は強い
これからお金の教育を学校の現場に浸透させていくにはどうすればいいのだろうか。
「国語や算数、英語について、子どもたちに得意か苦手かを聞けば、必ずどちらかの答えが返ってきます。なぜなら、それらは学校で学んだ科目だからであり、知っているからです。ところが、お金に関して得意かどうかを聞くと、『よくわからない』となってしまう。そもそも学んできていないから、答えようがないのですね。もし義務教育にお金を学べる科目があれば、“お金とは学ぶもの”という意識になり、必然的に向き合い方も変化し、世界は変わっていくはずです。現実的にお金の教育は受験科目ではないので、それほど重要とは見なされないかもしれません。しかし、受験してやりたい夢に近づくことと同様に、夢をかなえるためにはお金と上手に付き合うこともまた必要です。お金に強い子は、夢をかなえることにも強くなれるといえるかもしれません。義務教育の科目としてお金の教育が採用されること自体が、非常に意義があることだと思っています」
子どもたちがお金について学ぶことで、どのような大人になってほしいのか。大河内さんは次のように語る。
「あくまでもお金は道具です。道具だからこそ、人間が操るものでなければならない。子どもたちには将来、お金に縛られるような人生を送ってほしくないのです。お金は、きちんと使い方を知っていれば、怖いものではありません。投資だってお金の使い方の1つです。子どもたちには、正しくお金を使えるようになってほしいですね」
これから学校でお金の教育が浸透していけば、お金の仕組みを理解し、どうやって稼ぎ、どう使っていけばいいのかという、生きていくための知恵を得ることができるはずだ。
「若い世代の起業家の方と話すと、フリマアプリを使用してお金の仕組みを学んだと語る人もいます。僕も出前授業をはじめとして、学校でのお金の教育をサポートすることで、一緒に盛り上げていければと考えています。オンライン授業でもいいですね。お金の教育は、格差なく浸透することが必要だと考えているので、学校以外でも、子ども食堂のような子どもがたくさんいるところなどで、授業ができればと思います。お金の教育は、人生において長期的に役立つものです。僕も教育現場にお伺いしたいと思っています」
(文:國貞文隆、写真:すべてArtBiz提供)