PCトラブルは当たり前!「完全主義」は捨て去るべき

現在、小中学校の児童・生徒に「1人1台PC」を実現するGIGAスクール構想が急ピッチで進められている。文部科学省は当初、2023年度までの実現を目指していたが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けての臨時休校でオンライン授業の必要性が高まったため、急きょ20年度中(21年3月末)に前倒しされたのだ。

コンピューターを必要とするプログラミング教育全体を俯瞰してみれば朗報だが、教員の準備は大変だ。何しろ、21年度のスタートとともに、児童全員がPCを持つという従来にはない光景が日本全国の教室で繰り広げられるのである。当然、事前に入念な準備がなされるだろうが、意外と見落としがちなことは何か。全国の教員・教育機関にプログラミング教育の研修や教材を提供するNPO法人「みんなのコード」の代表理事、利根川裕太氏は「児童目線」の機材チェックを挙げる。

「授業の実施に当たり必ずPCの動作確認をしてください。その際は、先生用のPCではなく、児童用のPCで確認しましょう。同じ機種だったとしても、設定等で挙動が異なりますから。あとは、調子が悪いPCが出てくることを想定しておいたほうがいいでしょう。1、2台でよいので予備のPCを用意すると安心です。ただ置いておくのではなく、起動して授業で使う教材やソフトを開いておいてください。そうすれば、誤動作やトラブルなどで急にPCが止まってしまった子が『先生、止まりました!』と言ってきたときでもすぐ差し替えられるので、授業の進行を止めずに済みます」

NPO法人みんなのコード 代表理事 利根川裕太
慶應義塾大学経済学部卒業後、森ビルを経て、ラクスルへ。その後、特定非営利活動法人みんなのコード設立。著書に『先生のための小学校プログラミング教育がよくわかる本』(翔泳社、共著)、『なぜ、いま学校でプログラミングを学ぶのか-はじまる「プログラミング教育」必修化』(技術評論社、共著)がある
(撮影:今井康一)

1クラス35人ならば、PCは35台。それだけあれば、1台や2台は調子が悪くなってもおかしくない。しかも、子どもは大人の想像がつかない使い方をする可能性もある。小学校での研究授業の指導も多数実施してきた東京学芸大学ICTセンター教育情報化研究チームの加藤直樹准教授も、PCトラブルは事前に織り込んでおくべきだとアドバイスする。

「『完全主義』でコンピューターを取り扱うことはできません。PCが急に動かなくなることは、前提として考えたほうがいいでしょう。予備PCを用意するのが難しければ、教科書を忘れたとき隣の児童と一緒に見る感覚で、ペアとなって使うケースも想定しておきたいですね」

ICT環境は「インフラ」だから、専門家の支援が不可欠

「PCトラブルはいつでも起こりうる」という心構えを持つことが大切なのは理解できる。しかし、教員はITエンジニアでもPCインストラクターでもない。「想定外」を想定しようにも、その前提が理解できない人もいるだろう。

だからこそ、文部科学省もサポート体制を整えている。いち早く取り組みを始めたのが、日常的に教員のICT活用支援を行う「ICT支援員」の配置推進だ。2022年度までに4校に1人の配置を目指している。また、20年度は、ICTを活用した指導方法などの助言・支援を行う「ICT活用教育アドバイザー」の相談窓口を開設したほか、ICT導入初期の技術サポートを行う「GIGAスクールサポーター」もスタートした。今回の集中連載で取材をした識者3氏とも、こうしたリソースは積極的に活用するべきだと口をそろえる。小学校校長をしていたとき全国に先駆けてプログラミング教育を実施した合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝氏は、次のように話す。

合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝
東京学芸大学卒業、上越教育大学大学院修士課程修了。早稲田大学大学院博士後期課程在籍中。東京都公立小学校教諭、狛江市教育委員会主任指導主事(指導室長)、小学校校長を3校歴任後辞職。現在総務省地域情報化アドバイザー、群馬県ICT教育イノベーションプロジェクトアドバイザー、金沢市プログラミング教育ディレクター等も務める。著書に『学校を変えた最強のプログラミング教育』(くもん出版)、『プログラミングでSTEAMな学びBOOK』(フレーベル館)がある
(撮影:今井康一)

「実際に授業をやろうと考えて準備を始めると、気になる点がたくさん出てきます。中には初歩的すぎて聞きづらいと思う内容もあるかもしれませんが、そのためにICT支援員がいるのですから、何でも相談すべきです。よく『ICTはツールだから』と一見冷静な反応をして、授業内容に応じた使い分けをしようとする先生がいますが、ツールという捉え方は『必要がなければ使わなくていい』という判断につながるのでやめたほうがいいと思います。Society 5.0(※1)時代、ICT環境はもはやインフラであって、PCは使うことが当たり前です。電気やガスが生活を激変させたように、ICT環境に戸惑うこともあるでしょうが、インフラの保守は専門家の役割なのですから、遠慮なく頼りましょう」

※1 Society 5.0:ソサエティ5.0。内閣府が提唱する未来社会像。AIやIoT(モノのインターネット)、ロボット、ビッグデータなどを活用する豊かな社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続くもので、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する

とはいえ、前述のようにICT支援員はいつもいるわけではない。疑問が生じたとき、トラブルが発生したときにすぐ相談するのは難しいだろう。そうした状況を踏まえ、利根川氏は事前すり合わせの重要性を主張する。

「PCを必ず使うのがプログラミングの授業なのですから、少なくとも初期は、ICT支援員が学校へ来る日に合わせて授業を行ったほうがいいでしょう。事前に調整が可能なのであればそうするべきです。PCのトラブルへの対処を支援員にお願いすることで、先生は授業の進行により集中することができます」

援助要請と能動的援助の力を引き出す好機

想定外のPCトラブルなど、インフラとしてのICT環境を維持するためのコツがのみ込めてくれば、より有効に教育で活用する段階へ進むことができる。そうなると気になるのは、「うまくできない子」をいかに引き上げるか。経験上、差が出るのは避けられないと加藤准教授は明かす。

「算数や国語でも差はありますが、感覚的にプログラミング教育の授業は、体育や音楽に近いくらいの差が出ます。おそらく、授業数を積んで教え方を研究してもなかなか縮まるものではありませんので、『補い方』をどうするかがポイントです。そこの認識が不足していると、できる子はどんどん進めてしまう一方で、できない子がずっととどまるといったように、驚くほど差が広がってしまいます

その差を埋めるにはどうしたらいいのか。利根川氏は、ICT支援員を活用する余地があるという。

「せっかくプログラミングの授業にICT支援員が参加してくれるのであれば、PCトラブルの対処に加えて、苦戦している児童のサポートをお願いするとよいでしょう。先生もICT機器のリテラシーを上げる必要がありますが、ICT支援員に可能な範囲でつまずいている児童の支援に入ってもらうのが理想だと考えています。同じ授業をつくるチームの仲間ですから

リソースがあるのであれば、複数名体制でフォローするのは確かに合理的だ。ただ、日程調整がつかないときや、自治体によってはICT支援員の数が不足することもあるだろう。そんなときは、やはり児童やクラスの雰囲気を見ながら対応する教員「本来の力」が生きてきそうだ。加藤准教授は次のように話す。

東京学芸大学 ICTセンター 教育情報化研究チーム 准教授 加藤直樹
東京農工大学大学院工学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て2004年より東京学芸大学准教授。博士(工学)。ペン入力を採用したインターフェースのデザインやシステムの開発および教育の情報化に関する研究、教員養成へのICT活用、教育の情報化に対応できる教員の養成に取り組んでいる。著書に東京学芸大学プログラミング教育研究会が編集した『小学校におけるプログラミング教育の理論と実践』(学文社、共著)がある
(撮影:今井康一)

「難易度別の課題を出して子どもに選ばせるというやり方もあります。一方で、助け合う雰囲気ができているクラスであれば、できる子とできない子を組ませる方法もいいでしょう。そうすることで、さらに雰囲気がよくなることもあります。例えば、ほかの教科は不得意なものが多いのに、プログラミングだけすごく力を発揮する子がいるんですよ。それをクラスの皆が見ると友だち関係にいい変化が生じることもありますし、それによってその子に自信や積極性が芽生え、ほかの教科も伸びるということもあります

プログラミング教育によって引き出される力。松田氏はさらに一歩踏み込み、児童同士の関係性を豊かにするためのアプローチをする好機だと力説する。

「『やってごらん』と促すと、1人でどんどん取り組む子もいますが、何をどうすればいいかわからず固まってしまう子もいます。ですから私は、プログラミング授業の前に必ず援助要請と能動的援助の大切さを子どもたちに話しています。わからなくて困ったときは教え合おうね。『そんなこともわからないの』なんて傷つくことを言う子はいないよね。教えれば『ありがとう』が返ってきてお互いに温かい気持ちになれるよ、と伝えたうえで、そういう場面があったら同じように声をかけてあげるのです。そうやって子どもたちの行動の価値づけをするのが、プログラミング授業における先生の重要な役割だと思います」

未知の領域であり、初めて「1人1台PC」が実現するため、さまざまなトラブルも予想されるプログラミング教育。それを不可避なものと前向きに受け止め、むしろ教育の好機と逆手に取る感覚が重要なのかもしれない。次回は本連載の最終回。教員自身の頑張りをくじく「周囲の不理解」に対する克服法を探っていく。

第1回 独学?習う?プログラミング授業の準備と現実 <教員のスタンス編>
第2回 中高を視野に「プログラミング授業」は小1から <授業設計の基本思想編>
第3回 プログラミング授業の作り方と教材選びの要諦 <教科・ソフトの選び方編>
第5回 プログラミング「理解ない管理職」の巻き込み方 <コミュニティ編>

実際の授業の前にしておくべきこと
「苦戦している児童のサポートをICT支援員に依頼する」利根川裕太
「PCが急に動かなくなることは考えたほうがいい」加藤直樹
「初歩的すぎて聞きづらいと思う内容もICT支援員に聞く」松田孝

(注記のない写真はiStock)