「ボール投げ」のスコア低下は野球少年の減少が原因?

まずはスポーツ庁による「令和5年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査結果」の図を見てみよう。体力合計点はコロナ禍で大きく下降しているが、特筆すべきは、その前の2018年度時点で、すでに明らかな低下がみられる点だ。

2017年に部活動についてのガイドラインが出されたことも影響しているかもしれないが、これでは小学生も同様に低下していることは説明できない。また「ソフトボール/ハンドボール投げ」のグラフを見ると、数値はじわじわと下がり続けており、とくに小学生男子では顕著だ。

だが、一方で柔軟性を測る長座体前屈の結果のみを取り出してみれば、こちらは小中学校男女問わず、ゆっくりながらほぼ上昇を続けているという好結果だ。

つまり、新体力テストの合計点を見るだけでは、子どもの体力の実態はつかみにくいということだ。表面的なデータが注目されがちな現状を改善すべく活動しているのが、東京家政学院大学教授の田中千晶氏だ。注目すべきは運動だけでなく「日常生活全般での身体を動かす習慣」だとして、国際的な体力の捉え方を踏まえた研究と発信を行っている。

東京家政学院大学で教授を務める田中千晶氏。写真は幼児を対象とした生活習慣調査の様子
(写真:本人提供)

「新体力テストで測っているのは純粋な体力というよりも、現代の子どもの『その時点でのパフォーマンス』、つまり運動のできばえです。これまでどんな行動をしてきたか、それによって身体の動かし方がわかっているかということが表れているのです。ボール投げは確かに、過去と比べると差が大きくなりつつありますね。

しかしこれは、過去にはスポーツ少年団や部活動で野球に親しんだり、ボール遊びをしたりする子どもが今よりも多かったことが関係しているでしょう。日常的にそれらの動きを繰り返すことによって、体力も向上したでしょうが、それ以上に投動作のやり方がわかっている子どもが多かったのです。

重要なのは高い数値を出すことではなく、身体を動かす習慣が身に付いているか、アクティブなライフスタイルを送れる身体を持つことができるかどうか。それがやがて、大人になっても元気に動ける好循環を生むのです」

田中氏が代表を務める団体「アクティブヘルシーキッズジャパン(Active Healthy Kids Japan)」では、子どもや青少年の「身体活動」に着目し、グローバルな視点での現状評価や啓発活動に取り組んでいる。身体活動とは人が体を動かすことを指し、「運動」と「生活活動」の2つで構成されている。健診や人間ドックで説明されたことがある人もいるだろう。

子どもにとって「運動」は体育の授業や部活動を指し、大人にとってはジムでのトレーニングなど、意識的に行うスポーツがこれに当たる。後者の「生活活動」は、通勤通学、家事や買い物など、仕事や暮らしを維持するうえで発生する活動のことだ。アスリートなどでない限り、身体活動に占める割合は運動よりも生活活動のほうが大きくなる。これらの身体活動が十分になされなければ「身体不活動」となる。新体力テストでは数値が下がっている項目もあるが、実は日本の子どもは「生活活動」が世界的に優れていると評価されたという。

「49カ国中、データが示せなかったのは日本とボツワナだけ」

「当団体の2022年のレポートカード(通信簿)による調査では、『活動的な移動手段』の項目の評価が世界1位になりました。これには日本の通学方法が大きく影響していると思います」

国や地域によっては、子どもを一人で通学させること自体が禁じられているケースもある。日本では多くの子どもが徒歩や自転車で通学しているため、生活活動量が高くなりやすいのだ。

「THE GLOBAL MATRIX 4.0 ON PHYSICAL ACTIVITY FOR CHILDREN AND YOUTH」の世界のデータをわかりやすくまとめたフライヤー(C)Active Healthy Kids Japan

「近年は学校の統廃合でバス通学の割合が増えるなどの変化も起きており、その影響も注視する必要があります」と田中氏は言う。実際、下図では「活動的な登校手段」で通学する子どもの割合が大きく下がっていることがわかる。

だが田中氏は全国の割合の推移だけでなく「地域差にも着目すべき」だと言う。

「図にも注釈を入れていますが、大阪府や埼玉県など人口の多いエリアでは、97%という高水準が保たれています。時間が遅くなっても人通りがあったり街が明るかったりするという安全性の高さがそれを叶えていることは、青森県や秋田県での割合の低さからも想像できますよね。男子に比べた女子の割合の低さも、保護者がより心配して送迎しているのではないかと予想できる。そうしたことが読み解けるのは、スポーツ庁の調査によるきめ細かな全国データがあるからなのです」

瞬間的なデータに一喜一憂することは、偏差値に対する態度とも少し似ていて、本質を見落としているのかもしれないと気付かされる。先に述べたレポートカードによる評価がきちんとなされたのも、やはりスポーツ庁による全国調査の資料があったからだ。スポーツの種目や生活の項目を絞ったデータが多い一方で、日本には足りないデータがあることもわかった。

「世界146カ国の11~17歳を対象にした調査では、実に81%の子どもが身体不活動という結果が出ました。とくに女子は84.7%と、男子の77.6%を上回っています。これは大きな問題ですが、さらにまずいのは日本の調査結果が『データなし』と示されたこと。論じるためのデータ自体が存在しなかったのです」

2018年の国際調査でも「国を代表する日常生活全般の身体活動量」が示せなかったのは、49カ国のうち、日本とボツワナだけだったという。そこで田中氏らが妥当性を確認した国際的な質問票を用いて、笹川スポーツ財団が日本でも全国調査を行った。その結果、日本の子どももやはり8割が身体不活動状態にあることが見えてきた。だがこの調査にも限界がある。国の調査のように都道府県別に調べることができず、継続性も不透明なのだそうだ。

「質問内容次第で結果も変わってしまう」継続調査の重要性

コロナ禍と前後して1人1台端末が行き渡り、PCやスマートフォンを含む「スクリーンタイム」が増えたことも、日本の子どもの身体不活動に影響しているだろう。スクリーンタイムについてはスポーツ庁の詳細な調査データがあるが、こちらの見方にも注意が必要だと田中氏は説明する。

「調査項目の質問内容が頻繁に変更されているので、それによって結果も大きく変わってくるのです。2017年度の質問では月~金の平日と土日を分けて『どれぐらい画面を見ているか』を尋ねていたのが、2018年度以降は平日のみの質問になりました。また2019年度は『学校以外で』としていた部分を、2021年度は『学習以外で』とするなどの変更も。子どもたちが真面目に答えてくれるほど、データの中身は変わってきますよね。

もちろん全体としてスクリーンタイムが増えていることに間違いはなく、それが身体活動量にも影響しているでしょうが、表面的な数値だけでなく、こうした点の統一も、データを蓄積するうえでは大切な要素だと思うのです」

田中氏は詳細な調査を続け、データを取り続けることの重要性を繰り返す。

「通学のデータなどは非常に重要なものですが、コロナ禍前を最後に調査がストップしたことで、このままなくなってしまうのではとも危惧しています。広範囲のデータを、継続的に丁寧に収集することは、子どもだけでなく大人にとっても大事なことなのです」

田中氏らが目指すのは、子どもだけでなく国全体の健康意識の底上げだ。身体不活動は、世界保健機関(WHO)によれば死亡危険因子のワースト4位となっている。子どもへの働きかけによって大人の行動も変わり、国民の身体活動量を上げることができる――と同氏は考える。

「2012年度には、より早い段階での活動を促そうと、『幼児期運動指針』が示されました。幼児期ももちろんですが、子どもが身体を動かす習慣を形成するには、学校だけでなく家庭の力も必要です。小学生以上の子どもがいる家庭でも、一緒にサイクリングしたり買い物や犬の散歩で歩いてみたり、大人も意識して子どもと身体を動かしてほしいですね。これは家族間のコミュニケーションにもつながるはずです」

そのためには身体を動かしたくなるまちづくりや、体育嫌いにさせない教育も必要だと田中氏は語る。

「いきなり社会全体や個人の行動を変えることは難しいと思いますが、まずは身体活動の意味や重要性を知ってもらうために、私たち専門家が適切な資料を集め、データを取り、現状を社会に広く知らせることが重要だと考えています」

(文:鈴木絢子、注記のない写真:マハロ / PIXTA)